表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/237

87

結局、僕は、畑から虫を一匹連れてきてしまった。

だけど、この虫、なんだか僕に話しかけたそうにじっと見ているし。

どうしても、退治されたくなかったんだ。


誰かに見つかったら、確実に退治されてしまうだろう。

もしかしたら、僕も、虫を呼び込む悪いやつだ、と思われてしまうかもしれない。

そんなことになったら、ルクスたちにも、ひどい迷惑をかけてしまう。

そんなふうにも考えたんだけど。

それでも、僕は、虫を放り出す気にはなれなかった。


僕は、虫に、ブブ、って名前をつけて、こっそり一緒に暮らすことにした。


ブブは、普段はいつも、僕のマントのなかに入って、胸のあたりにブローチみたいにとまったまま、じっとしている。

勝手に逃げていくことはしない。

本当は、どこかに閉じ込めておかないといけないのかもだけど。

僕には、ブブを閉じ込めることはできなかった。


自分のパンをこっそりひとかけら残しておいて、ブブにはそれを食べさせた。

お腹いっぱいだったら、大事な作物は食べたりしないんじゃないかなって思って。

最初は、パンなんて食べるかな、って思ったけど。

ブブは、もしゃもしゃパンをかじって、あとは満足したみたいに僕の胸でブローチになった。


ブブはいっつも目は開けっ放しみたいに見えるんだけど。

どうやら、僕の胸にしがみついて、寝ているらしい。

ふるふるとふるえる角に、そっと指を触れたら。

びっくりしたみたいに、こっちを振り返った。


そっと指を前に差し出すと、ブブは、面倒臭そうに、ゆっくりと僕の指に乗ってくれる。

そうやって目の前に持ってきて、目を合わせると、何か言いたそうに、口をもぐもぐする。

何を言いたいのか、何も言いたくないのか、それとも、文句を言っているのか。

それも全然分からないんだけど。

それでも、目と目を合わせていると、不思議にそれだけで、気持ちみたいなものが伝わってくるような気になるんだ。


今は、眠い、とか。

用事は、なんだ、とか。

お腹いっぱいだから、ほうっておいてほしい、とか。


あ、今、すっごく迷惑そうな顔してるなあ、とか思いながらも、僕は、ついつい、ブブに構ってしまうんだ。


こっそり野苺の畑にも連れて行ってみた。

いきなり喰い荒らしたらどうしよう、って思ってたけど、お腹いっぱいだったのか、ブブは、知らん顔してブローチになったままだった。

試しに、野苺の実をひとつ、食べさせてもみたんだけど。

ブブは、僕の手からだったら苺も食べるけれど、畑の苺には、目もくれなかった。


もしかして、ブブって、ものすごく賢い?

天才虫だね!


僕はすっかりブブと友だちになった。

ブブと友だちになれて嬉しかった。

ブブは僕を困らせるようなことはしない。

他に誰かいるときには、いつもちゃんと隠れていてくれるし、だけど、誰もいないときに僕が呼んだらすぐに姿を見せてくれる。

僕はもうずっとこの先も、ブブを一緒に連れて行きたい、って思った。

いつか、この町を出たら、ルクスたちにもブブのことちゃんと紹介しようと思う。

ルクスたちだって、ブブのこの礼儀正しさを知ったら、きっと、退治しないといけない悪い虫だ、なんて言わないに違いない。


だけど、今はまだ、ブブのことを、他の人に知られるわけにはいかなかった。

もしかしたら、ルクスたちなら、僕が説明すれば、分かってくれるかもしれない。

だけど、町の人たちは、多分、それは難しいだろう。

きっと、僕のことを処刑しようとするだろうし、そうなったら、大変だ。

ルクスたちだって、ひどい目に合わされるかもしれない。

せっかく、ルクスもピサンリも、町の人たちとうまくやっていこうとしているのに。

僕がそれを壊してしまうようなことは、絶対にしてはいけないと思った。


それでも、ブブといるのは楽しくて、僕は野苺畑の世話をしながら、よくブブと遊んでいた。

ときどき、笛を吹いたりすると、ブブもなんだか喜んでいるように見える。

ブブは森から持ってきた土笛よりも、川沿いの村のリョウシュにもらった、ヌシ様の笛のほうが好きみたい。

ヌシ様の笛を楽しい調子で吹き鳴らすと、喜んだみたいに、宙を飛んで、くるくると円を描いたりしていた。


しばらくは、そんな穏やかな日々だった。

朝、ルクスとアルテミシアは集会所へ、ピサンリは畑に行く。

僕は、お留守番と野苺畑のお世話係。

暇だったから、ここの家主に許可をもらって、野苺畑を広げたりもした。


だけど、僕って、隠し事は得意じゃないんだ。

そして、アルテミシアってば、ほぼ毎回、完璧に、僕の隠し事を見破ってしまう。

今回も見つかるのは時間の問題だった。


いつも通り、畑仕事の合間にブブと遊んでいるとき、ふと何かの気配を感じて振り返った。

そこには、アルテミシアが、目を丸くして僕らを見ていた。

ブブはとっさに僕の後ろに隠れたけれど、多分、意味ないだろう。

それにしても、アルテミシアって、気配を消して近づくのの天才だ。


アルテミシアはゆっくりと僕に近づいてくると、隣にしゃがんで言った。


「君の友だちを紹介してくれないかな?」


う。バレてるのに、これ以上隠すなんて無理だよね。

僕が恐る恐る指を差し出すと、ブブも恐る恐るそこへ乗っかった。


「へえ。君か。はじめまして。」


アルテミシアは生真面目にブブに挨拶をすると、もう一度僕のほうを見た。


「君の友だちなら、ルクスやピサンリも、紹介してほしいと思うよ?」


……だけど、あのふたりに言ったら、ブブは、退治されてしまう……


答えられずにうつむいた僕の頭に、アルテミシアはそっと手を置いた。


「大丈夫だから。

 だけど、隠し事はよくない。」


「………分かった。」


そう言うしかなかった。


夕方、ルクスとピサンリが帰ってきた。

夕食の支度をしていると、いろんな人たちが、いろんなものを持ってきてくれる。

今日の夕飯もなかなか豪華だ。

この人たちみんなに、僕は嘘をついているんだと思うと、胸が痛い。

けれど、なかなか言い出せず、ただ時間だけ過ぎていく。


テーブルに着いて、みんな今日あったことをいろいろと楽しそうに話すけど、僕はただ黙っていた。


「なんだ、今日は元気ないな?」


「最近、少し元気になってきたと思っておったのじゃがのう。」


ふたりに心配そうな目をむけられて、僕は、うっ、となった。

ちらっとアルテミシアのほうを見たけど、アルテミシアは知らん顔をしてご飯を食べている。


僕はひとつ深呼吸をしてから、改めて顔を上げた。


「あの。僕、新しい友だちができたんだ。」


「ほう!」


ルクスとピサンリは同時に言った。

ふたりとも、とても嬉しそうな顔になる。

そのまま期待するような目を僕にむけてくる。

僕はますます言いにくくなった。


「…けど、その…」


ぶ。ぶ。ぶ。ぶ。ぶ。


言い淀む僕の目の前に、突然、ブブが飛んできた。


「うわっ!こら、こんなところまで、どこから!」


ルクスとピサンリはブブをはたき落とそうと、その辺にあったものを振り回した。


「やめて!」


僕はブブをマントのなかに庇って、ふたりを見上げた。

ふたりはびっくりした目をして、そんな僕を見下ろしていた。


「…新しい友だちって、もしかして…?」


ルクスは僕を見下ろして言った。


「ブブ、というんだそうだ。」


ずっと黙っていたアルテミシアが、にやっと笑って言った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ