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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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ここの町の人たちは、城壁の外にある畑で働く人が多い。

だけど、あの畑で作った作物は、町の人たちの食べるためじゃない。

どこかへ持って行って売るために作っているんだ。


作物を売ったお金は、畑で働く人たちに分けられる。

それは決して少なくないお金だったけど。

町の人たちは、それでパンを買う。

そのパンはとても高価だ。

家に井戸のない人は、水も買わなくちゃいけない。

その水だって安くない。

そして、町の畑の他に勝手に畑を作ることは禁止されている。

畑を作るための種は、この町ではどこにも売っていない。

種を手に入れるためには、町の畑の作物から取るしかない。

それは、泥棒になるからだ。

余所の町へ行って種を買うこともできない。

ここの町の人たちは、勝手に町を出ることは許されていないんだ。


もっとも、僕らを助けてくれた人の作っている野苺は、町の畑では作っていない。

ご先祖が、もうずっと前からここで作っていたものだそうだ。

それを代々大事に守ってきたんだって。

だから、泥棒でもなんでもないんだけど。

それでも、見つかったら、やっぱり捕まえられるらしい。


だけど、その野苺のおかげで、数日経つ頃には、僕もすっかり元気になった。


ルクスたちは、あれからも紋章を教えるために毎日集会所に通っている。

だけど、紋章を描けるようになった人はまだいないようだ。

誰も描けないのに、エエルの石だけ持ってても仕方ないから、まだ、エエルの石はルクスが持っているみたい。


毎日、集会所に通ううちに、ルクスも少しずつ町の人たちと仲良くなっているようだ。

こういうところ、流石、ルクスなんだよね。


仲良くなった町の人たちは、暗くなってからこっそり、いろんなものを差し入れしてくれるようになった。

苺とか。野菜とか。玉子とか。

僕らは有難くそれをいただいている。

今のところ、お礼にできるものは何もないんだけど。

きっといつか恩返ししようって思ってる。


そのうちに、ピサンリが、町の畑で働くって言い出した。

そうしろって、町の人たちに勧められたみたい。

そうしたらお金ももらえるし、パンだって買えるようになる。

そう言って、ピサンリは畑で働くようになった。


ピサンリは畑でも大活躍をしているらしい。

元々、畑仕事は上手なんだ。

からだは小さいけれど、力持ちだし疲れ知らず。

それに何より、畑仕事が大好きだ。

そんなピサンリは、いつの間にか畑友だちもたくさんできたみたい。

おかげで、夜の差し入れは、ますます増えて、大助かりだった。


アルテミシアは、持ってきていた薬草は全部宿代代わりに渡してしまったけれど、あの後も、あちこちから薬草を摘んできては、せっせと薬を作っている。

その辺の庭に勝手に生えてくる草だって、アルテミシアの手にかかれば立派な薬草だ。

あっという間に、以前持ち歩いていたくらいのストックは、作り直してしまった。


三人の仲間たちの大活躍で、僕らはすっかり居心地のいい暮らしを取り戻していた。

相変わらず、僕だけ役立たずで、申し訳ないんだけど。

そう言ったら、いっつもみんな笑って僕の頭、撫でてくれる。

だけど、早く、頭撫でられるだけじゃなくなりたいなあ。


あれから畑が虫に襲われたことは一度もない。

それには助かっていた。

そういえば、あのとき聞こえた奇妙な太鼓の音も、一度も聞こえない。

もっともあんな不気味な音、そう何度も聞きたいとも思わなかったけど。


もしも今、またあの虫が襲ってきたら、やっぱりルクスは赤い火を使うんじゃないかな。

畑を喰い荒らされたら、ここの町の人たちは困る。

町の人のためならルクスはきっとそうするだろう。


あのとき、ルクスと喧嘩したみたいになったけど、その後、町長はなにも言ってこない。

ルクスがみんなに紋章を教えようとしてるってことは知ってるみたいだけど。

もし虫が襲ってきても、ルクスがなんとかするだろうって思ってるんだろうな。

だけど、僕らは、この町に足止めされたまま、出て行ける見込みはまったくなかった。


おっちゃんとも、あのときはぐれたきりだ。

おっちゃんの恩人、という人は、ルクスとピサンリがあちこちで聞き込んできて、どの人かは分かっているんだけど。

一度直接会いに行ったけど、おっちゃんのことを尋ねても、行方は知らないって言ってた。


老夫婦は、おっちゃんのことはあまり話したくないみたいだった。

何を尋ねても、曖昧に言葉を濁される。

僕らのこと信用できないから、話してくれないのか。

それとも、罪人になってしまったおっちゃんに、あまり関わりたくないのか。

そこのところは、よく分からない。


町の人たちは、おっちゃんのことは、あまりよく思っていないみたいだ。

おっちゃんはあの虫を呼ぶ悪いやつだ、ってみんな言っている。

なんでそう思うの?って尋ねたら、みんながそう言うからだ、ってたいてい返ってくるけど。

最初に言い出した人は誰なのかは、誰も知らない。


もしかしたら、あのとき、どさくさに紛れて、故郷に帰ったのかなあ。

それなら、それで、いいんだけど。

でも、行くなら行くって、一言くらい、言ってくれてもよかったのに、って。

ちょっと思っちゃう。

そんなに親しかったわけでもないんだけどさ。


いつの間にか、夏至祭りの季節も過ぎてしまっていた。

森にいたころには、夏至祭りは冬至祭りと同じくらい盛大にやってたんだけど。

この町じゃ、お祭りはあまりやらないらしい。

なにやかにやとばたばたしているうちに、いつの間にか過ぎていた。


体調も戻ってきて、僕は、野苺畑の世話を手伝いながら、暮らしていた。

畑仕事は、村のお屋敷にいた頃もやっていたし。

苦手じゃない。

もうちょっと元気になったら、ピサンリと一緒に、外の畑に行こうかな。

そんなことを思っていたころだった。


その日、ピサンリは、水袋を忘れて仕事に行ってしまった。

ここのところ日差しも強くて、水を飲まないとからだを壊してしまう。

ルクスもアルテミシアも出かけてしまって、残っているのは僕だけ。

僕は、届けなくちゃと急いで追いかけた。


畑は町の城門の外にある。

獣に食べられたりしないのかな、ってちょっと思うんだけど。

何故かそれほど被害はないらしい。


城門を出た途端に、目の前に広がるのは、豊かな緑、緑、緑の光景。

うん。これこそ楽園だ。

ありとあらゆる作物がここにある。

どれもぷりぷりと瑞々しく、大きくたわわに実っている。

これほどのものを作るこの町の人たちって、本当にすごい。


ピサンリはどの辺で仕事をしているのかな。

そう考えながら、きょろきょろと歩いていたときだった。


突然、きぃぃぃぃん!という音が耳のなかに響いた。

また、あれだ。

僕は両耳を抑えて、そこへうずくまった。

とりあえず、この音の聞こえている間は、動けない。


と、どこからか、どこどこどこ、という音も聞こえてきた。


どこどこどこどこ…どこどこどこどこ…

どこか不気味な太鼓の音なんだけど。

それが聞こえてくると、不思議と、耳のなかのきぃぃぃん、が収まっていく。

僕は深呼吸をひとつして、ゆっくりと立ち上った。


あの太鼓の音は、もしかして、悪いものじゃないの?


どこどこどこどこ…どこどこどこどこ…


今は太鼓の音だけ、聞こえている。

いったいどこから聞こえてくるんだろう。

音の元を辿るように耳をすませた。


その耳に、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、という不吉な音が入ってきた。


これは、あれだ!まずい!


僕はルクスに報せなくちゃと、大急ぎで駆けだした。








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