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虫を追い払ったお礼に、って町にご招待された僕らは、まず宿屋へ連れて行かれた。
歓迎会は夜になるらしくて、僕らは部屋に入って、しばし休憩することになった。
ルクスとピサンリは、ろくに休憩もせずに、道具や旅に必要な品物の調達に出かけていった。
アルテミシアは、水を汲んでくると言って、水袋を持って出て行った。
僕はぐったりとベットに横になって、そのまま寝かせてもらっていた。
揺れなくてごつごつしてないだけで、もう、最上の寝心地だった。
しばらくして戻ってきたアルテミシアは、からっぽの水袋をぶら下げていた。
「水を汲むには、お金が必要らしい。」
へえ、町って、そうなんだ。
お金はルクスとピサンリが全部持って行ってしまったから、今、ここにはなかった。
僕も、汲みたてのお水が飲めるかなって、ちょっと楽しみにしてたんだけど。
仕方ない。それは、ふたりが戻るまでおあずけだった。
しばらくして、ピサンリが戻ってきた。
ピサンリは食材をいろいろと買いに行くと言っていた。
大きな袋を持って出かけたんだけど、その袋もからっぽだった。
「…ぃゃぁ…わしとしたことが…いろいろと忘れておるのう。」
あとはなんだか曖昧に濁してしまった。
最後に帰ってきたのはルクスだった。
ルクスも手ぶらで戻ってきた。
「…俺たち、平原の民の暮らしは、なんも知らないんだな。」
ただ、それだけ言って、ため息を吐いていた。
ピサンリも、ルクスも、どうやら、買おうとしたものは買えなかったらしい。
川沿いの町の人たちからお金ももらってきたんだけど、ここで物を買うには足りなかったようだ。
ここでは、ありったけのお金を持ち寄って、それで、ようやく、塩と水だけ、買うことができるみたいだった。
夕方になって、お迎えの人が来てくれた。
僕らは髪を梳かして、準備をして待っていた。
久しぶりのまともな食事だと思っていた。
僕らの連れて行かれたのは、この町の集会所というところだった。
広くて立派な建物で、ちょっとびっくりする。
そこの大広間、は通り抜けて、奥の一室に僕らは招き入れられた。
部屋のなかには大きくて立派なテーブルが設えてあった。
座るのも申し訳ないくらい立派な椅子も人数分用意してあった。
僕らが席に着くと、町長という人が現れた。
やたらにこにことルクスから順番に僕らの手を握っていく。
ちょっとじめっとした手だった。
町長が現れると、僕らの前に水の入ったコップと、何かの穀物の粉で作ったパンが並べられた。
小皿に入ったソースもある。
さあ、どうぞ、と町長は僕らに促した。
まずは有難く、お水をいただいた。
ずっと喉が渇いていたから、思わず一息に飲み干してしまった。
おかわりがほしいな、って思ったんだけど、きょろきょろしても、頼めそうな人がいない。
町長に言ってみようかとも思ったけど、僕は平原の言葉は話せない。
隣にいるピサンリかアルテミシアに頼もうにも、椅子と椅子の間が広くて、小さな声じゃ届かない。
だからって、まさか、お水頼んでほしい、なんて大きな声を出すのも無作法だ。
仕方なく、僕は黙っていた。
そうだ。パンをいただこう。
お水はそのうちもらえるだろうと高を括って、僕はパンをいただくことにした。
しかし、こんな固いパンは初めてというくらい固いパンだった。
千切ろうにも、僕の指の力じゃ千切れない。
齧るにも、文字通り、歯が立たなかった。
苦戦はしながらも、ピサンリとアルテミシアは、少しずつこのパンを食べている。
なんと、ルクスは、三口でこのパンを平らげていた。
だけど、全然、足りなさそうだ。
僕はこのパンはこそっとルクスに進呈した。
歓迎会のご馳走はまだかな。
肉より野菜がたくさんだといいな。
そんなことを考えながら、僕は次のお料理を待っていた。
けれども、そんな気配は微塵もない。
そのうちに、町長は、なにやら、ルクスに話しかけ始めた。
ルクスはそれに、少し顔をしかめて答える。
平原の民の言葉だから、何を言っているのかは分からないんだけど。
ルクスの表情を見ていると、あまりいい話しじゃないのかな、とは思った。
アルテミシアとピサンリは話しの内容も分かるはずだったけど、わざとなのか知らない顔をしていた。
それより、ご飯はまだかな?
まさか、これだけ、ってことはないよね?
なんてこと思うなんて、僕って欲が深いのかな?
ご馳走の想像をしていたら、突然、ルクスの大きな声が聞こえた。
ルクスは椅子を蹴るようにして立つと、そのまま部屋を出て行こうとしている。
僕はびっくりしたけど、アルテミシアとピサンリも、立ったから、慌てて一緒に立った。
アルテミシアとピサンリは、ルクスの後を追うように、部屋から出てしまう。
僕も慌ててそれについていった。
……歓迎会は?
……ご馳走は?
とりあえず、そんなことを聞いていい雰囲気じゃなかったけど。
宿に戻った僕らは、部屋に集まって話すことになった。
ルクスは走って水をいっぱい買ってきてくれて、僕のカップになみなみと注ぎながら、いくらでも飲め、って言ってくれた。
「町長と、喧嘩したの?」
ひとりだけ話しの分からなかった僕は、ルクスにそう尋ねた。
ルクスは、ふん、と鼻を鳴らして答えた。
「あの虫の退治をするなら、この町への滞在を許可してやる、って言われたんだ。」
「虫の退治?」
って、あの畑を襲う虫だよね?
僕ら森の民は、本来、食べるため以外に、他の生き物の命はとらない。
べつにきまりとかじゃないけど、ずっと昔から、そうなんだ。
あの虫は、畑を喰い荒らす悪い虫かもしれないけど。
だからって、僕らはあの虫は食べないから、殺すことはしない。
ルクスだって、あのとき赤い火を使ったのは、虫を退治するためじゃなくて、あくまで脅して追い払うためだったに違いない。
だって、赤い火は、普通の生き物に危害は加えないんだから。
赤い火が虫を退治してしまうことになって、ルクスだって、内心驚いたはずだ。
「こんな町、さっさとオサラバじゃ。」
ピサンリが珍しく怒ったみたいに言った。
「だけど、出て行くんなら、あの火の使い方を教えろ、と言われただろ。」
アルテミシアはため息を吐いた。
「ふん。あんなやつらに紋章を習得することなどできんわ。
たとえ万が一できたとしても、エエルの石はひとつしかない。
それを置いて行くわけにはいかんじゃろう。」
そっか。赤い火を使うには、あの不思議な石で紋章を描かないといけないんだよね。
確かに、それを置いて行けと言われると困る。
「あやつにわしらを歓迎する気持ちなど微塵もないじゃろう。
ただ、利用できるものは利用したいというだけじゃ。」
ピサンリはまだ激しく怒っていた。
ルクスは僕らの顔を見回してから、ふっと力を抜くように笑った。
「お前ら、腹、減ってないか?
あれじゃ、全然、足りなかったろ?」
「歓迎会にしてはしょぼかったのう。」
「まあ、中座したのはこちらなんだから。」
「いいや。
待ってもあれ以上のものは出てこんかったじゃろうよ。」
ぷりぷり怒っているピサンリをアルテミシアも苦笑しながらなだめていた。
「…出してもらうものに文句を言うのは無作法だけど。
僕もね、あれはちょっと少ないな、って思ったよ?
そんなこと思うなんて、僕って欲が深いのかなって思ってたけど。
僕だけじゃなかったんだ。」
「当たり前じゃろう!
お前様、何も食べておらんかったのに。」
ピサンリはぷりぷりしながら、僕のカップに水を注いでくれた。
みんな、見ててくれたんだな、って思った。
「しかし、狩りに行くにもなあ…」
「見張りがおるのう。」
アルテミシアとピサンリはそう言って顔を見合わせた。
「さっき、俺が水を汲みに行ったときにも、ぴったりと張り付いていたな。」
ルクスもため息を吐いた。
「赤い火を寄越さんうちは、ここからは出て行かせん、ということじゃろうな。」
ピサンリはだんっと机を叩いた。
僕ら全員、揃ってため息を吐いた。




