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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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どこどこどこどこ、どこどこどこどこ…


うーん…

誰だぁ?

こんな朝っぱらから太鼓叩いてるのは…


どこどこどこどこ、どこどこどこどこ…


って、まだ、暗いじゃないか。

朝じゃなくて、夜中だよ…


どこどこどこどこ、どこどこどこどこ…


もう!うるさいなっ!


思わず起き上がった僕は、目の前の光景に、思わず声が出なかった。


なに?あれ?


最初は雨雲かと思った。

いやしかし、雨雲にしてはいやに低い。

それに、奇妙な音も聞こえていた。


ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、…


ひとつひとつの音は小さいんだろうけど、それが、大量に重なって、轟きのように聞こえる。


かしゃかしゃかしゃ…


うんとうんと遠いはずなのに。

そのとき、僕の目には、無表情な大きな目と、ぴんと尖った角、もぐもぐ動く変わった形の口が見えた。


それはまさしく、災厄、だった。


黒雲のように拡がるそれは、ちょうど日の上るほうからやってきていて、朝日が遮られているから、薄暗く感じたんだって分かった。

いや、だけど、そんなこと、分かったって、どうしようもない。


僕は、慌てて周りで寝ている仲間たちを起こした。


「ルクス!アルテミシア!ピサンリ!起きて!大変だ!」


そのとき、ほんの一瞬だけ、あれ?って考えが頭を過ったけれど、そんなのすぐに忘れてしまった。


アルテミシアはぱっと起き上がって、僕の見たあの災厄を、ただ目を見開いて見ている。

だよね。僕だって、最初、悪い夢かと思ったんだ。


ピサンリはもう一回ゆすったら起きた。

なかなか起きないルクスの耳元で、起きて起きてと叫び続けたら、うーん、なんだ?って、ようやくぼんやりと目を開けてくれた。


「…あれは、虫か…?」


アルテミシアは誰に尋ねるというわけでもなく呟いた。


「虫じゃ。」


ピサンリの答えがひどくまぬけに聞こえた。


「はあ?虫ぃ?

 んなもん、怖けりゃ、アルテミシアにどっかやってもらえ…」


寝ぼけたルクスはそんなことを言ってもう一度マントにくるまろうとしたけど。

その頭を、アルテミシアは、容赦なく、ぽかっ、と殴った。


「あいてっ!

 …ったく、なにしやがる…」


しぶしぶ起きたルクスは、僕らにつられるように、同じ方を見た。


「うげっ。

 なんだ、ありゃ?」


「だから、虫、じゃ。」


律儀に答えるピサンリを無視して、ルクスは、跳ね起きた。


「あの辺は、畑のある辺りだな?」


「あれが、災厄、というやつか?」


呆然としたまま、アルテミシアはルクスに尋ねた。


「んなもん、今、悠長に話してる場合かよ。」


ルクスは身支度もそこそこに、馬に飛び乗った。


「待て!あたしも行く。」


アルテミシアもルクスの馬の後ろに飛び乗った。


「お前らは、ここにいろ。いいな?」


ルクスはそれだけ言うと、僕らの返事も聞かずに馬を走らせて行ってしまった。


ピサンリとふたり残された僕は、あっ、と今さらながらに気づいた。


「あの、おっちゃん、は?

 どこへ行ったの?」


はて?とピサンリも首を傾げる。

きょろきょろとふたりして辺りを見回したけれど、逃亡者の姿はどこにもなかった。


「…もしかして、恩人に挨拶するために、ひとりで町へ帰ったとか?」


「…そうかもしれん。」


どのみち、僕らは一緒には行けないし、だったら、夜の間に、町へ行ってしまったのかもしれない。


「…あそこにいるんだ。

 大丈夫かな?」


「虫は人は襲わんじゃろう…」


どこどこどこどこ、どこどこどこどこ…


そんなことをしている間も、あのどこか不吉な太鼓の音は続いていた。


「ねえ、なんだろう?あの太鼓…」


僕はピサンリを振り返って尋ねた。

けれど、ピサンリは、はて?と首を傾げた。


「太鼓?」


「太鼓の音。聞こえない?」


「はて。聞こえんのう…」


もうなんだか慣れてしまった。こういう状況。

つまり、この太鼓の音は、あれだ。ダメなやつだ。


ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、…

かしゃかしゃかしゃ…


虫の群れは、ここからは結構離れていると思うんだけど、それでも、その音は届いていた。


「災厄が、やってきた、のかな?」


ピサンリは、何も答えなかった。

だけど、答えてもらうまでもなかった。


僕らはなすすべもなく、ただ、その光景を見ているだけだ。

あんな虫の大群を相手に、何をすればいいのか分からない。


そのときだった。


いきなり、ぶわっ、と、虫の大群のなかに、赤い炎が巻き起こった。

ちり、ちり、と、虫は、ほんの一瞬明るく光ってから、炎のなかに落ちていく。


「畑に、火をつけたの?」


僕は恐ろしくて、声が震えた。

だけど、ピサンリは、いや、違う、と言った。


「あれは、赤い火。

 ルクス様の秘術じゃ。

 畑は燃えん。」


赤い火?

確かに、あの火は元気な森には拡がらなかった。


「だけど、赤い火って、白く枯れた森を浄化するときにしか使えないんじゃ…?」


確か、普通のものを燃やすことは、できないんだよね?


「あれは、浄化の火。

 穢れた物を燃やし尽くす炎じゃ。」


穢れた物?


「まさか!あの虫って、あの森みたいに、何か、病気みたいなのに罹ってるってこと?」


「わしにも、よう分からん。

 ただ、あの火に焼かれるということは、あの虫は、ただの虫ではない、ということじゃ。」


えええええーーーっ…


なんだか、ただならない事態だ、ってことは分かるんだけど。

次から次へと起こる出来事に、僕はついて行けなくて、ただただ混乱していた。










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