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あれから、この町の人たちは、余所者を憎んでいる。
余所者は災厄を連れてくると、思っている。
余所者は苦手、ってとこは、ちょっとだけ分かる気もする。
僕らだって、知らない人のことは、苦手。
だけど、この町の人のやってることは、ちょっと違うと思う。
なんだか、このおっちゃんは、とばっちりを受けているだけだって感じる。
「虫を呼ぶなんて、そんな不思議な力、あるもんなの?」
なんだか腹が立ってきて思わずそう言ったら、またみんなから怪訝な目をむけられた。
「……。
これは、ちょっと、違っているかもしれんが。
しかし、単純に、虫を呼ぶ能力、とだけで言えば、お前が笛を吹けば、虫やら鳥やら、集まってくるのも、その能力と言えないこともないかもしれん。」
ルクスはゆっくりとそう言った。
げ。げげげっ。
なんだ、一番ヤバいのは、僕じゃないか。
「僕はだけど、そんな、畑を喰い荒らす虫とか…」
呼んだりしないよ?
「もちろん。君はそんなことはしない。」
アルテミシアは僕を庇うように言って、ルクスをちょっと睨んだ。
ルクスは睨まれて、ちょっと言い訳するみたいになった。
「ぃゃ、…だから、俺は、能力的には存在する、って言いたかっただけなんだ、けど…」
「それで?そこの平原の民には、そんな能力はあるのか?」
「今からそれを聞こうとしてたんだよ!」
ルクスはちぇっ、って言ってから、逃亡者のほうを見た。
逃亡者いわく。
そんな能力は、ないらしい。
まあ、だろうなあ、とルクスもため息を吐いた。
「どう見ても、普通の、人の好さそうなおっちゃん、だよなあ。」
僕ら、平原の民とも、だいぶ、お知り合いになったからさ。
人を見る目?も多少はついたかな?って思う。
うん。僕も、そのルクスの感じ、賛成するよ。
「だいたい、虫呼び込んで、町の人困らせて、おっちゃんに何かいいことあるの?」
うーん、とルクスは考えてから言った。
「なんか、そういう、人が困るのを見て喜ぶ性癖、みたいなのを持ってる?とか?」
「絶対にないとは言わない。
しかし、あたしには、この人は、そんなふうには見えない。」
「人は見かけによらない、とは言うがのう。
わしにも、こやつは、そんなふうには見えんのう。」
アルテミシアとピサンリも首を傾げた。
俺だって、見えないよ、とルクスはちょっと拗ねたみたいに言った。
おっちゃんは、おっちゃんにとっては多分、わけの分からないことをしゃべっている僕らを、ずっと曖昧な笑顔を浮かべて見ている。
何を言っているのか分からなくて不安、って気持ちはよく分かるから。
僕は、やっぱり、余計なことを今言うのはやめようって思った。
「そうだなあ。
となると、やっぱ、とっととこんなとこオサラバして、故郷へ帰るのが一番って気、してきたなあ。」
ルクスはふうとため息を吐いてから、おっちゃんにもそう言ったみたいだった。
おっちゃんは、ルクスの話しを、うんうん、って頷きながら聞いてたけど、ちょっと困った顔をして、首を横に振った。
それから、ぼそぼそと言いにくそうに何か言った。
ルクスは、はあ?ってちょっと怒ったみたいに、それにも、何か言い返したけど。
それでも、おっちゃんは、もう一度首を横に振った。
ルクスは、ちっ、と舌打ちをして、こら、とアルテミシアにたしなめられた。
「ダメだって?」
僕は話しの成り行きを確かめたくてピサンリに尋ねた。
ピサンリは、そうなんじゃ、と悲しそうに説明してくれた。
「帰ろうにも、路銀がない、と。」
「ロギンって何?」
「平たく言えば、お金じゃ。
旅をするための費用じゃな。」
「そんなら、僕らと一緒に行けばいいじゃないか。
僕らも少しくらいなら、町の人たちからもらったし。」
「ルクス様もそう言うたのじゃけどな。
お金のこともあるが、それよりも、ここを去るなら、どうしても一目会うてお礼を言いたい人がおる、と。」
「お礼?」
「世話になった人がおるのじゃと。
家を貸して、畑の仕事を世話してくれた恩人じゃ、と。
お金も、その人たちに預けてあるんじゃと。」
「その夫婦は、おっちゃんのことを、実の息子のように心配して、いろいろと世話をしてくれたのだそうだ。」
アルテミシアが、付け足すように教えてくれた。
「故郷に帰ってしまっては、その恩人にももう二度と会えんかもしれん。
だから、どうしても、一目会うて、挨拶をしたい、のじゃと。」
ピサンリはうーんと唸ってからため息を吐いた。
「息子みたいに心配してる人なら、わざわざ危険を冒して挨拶なんか来てくれなくてもいいって、言うと思うけど。」
「ルクス様もそう言われたのじゃけどのう。
それでは、どうしても、自分の気が済まない、と。
自分にとっても、実の親のように思うて来た人たちじゃから、と。」
うーん…
なんとまあ、頑固なことだ。
だけど、その気持ちも、分からないことは、ないんだ。
ずっとここで暮らしてたなら、その間に、いろいろ、あるよね。
「とりあえず、行くにしても明日だ。」
ルクスはそろそろ夕方になりそうなお日様を見て言った。
「だけど、見つかったら、また捕まっちまうだろうし。
下手すりゃ、その場で処刑、なんてことも、あり得る。」
ルクスは難しい顔で言った。
僕は、怖くなってちょっとぶるぶると震えた。
「それでも、どうしても行く、ってんなら、これ以上、引き留めることもできないわな。」
「あたしたちも、明日、一緒に行くか?」
尋ねたアルテミシアに、ルクスは、いや、と短く答えた。
「俺たちは、行かない。
俺たちだって、見つかったら処刑されるかもしれない。
あの町は迂回して先へ進もう。」
「おっちゃんのことは、見捨てるの?」
それも、なんだか、冷たい、って気がする。
「見捨てるんじゃない。
お互いの行先が違ってるだけだ。
俺たちは、おっちゃんに合わせるわけにはいかないし。
おっちゃんを俺たちに無理やり合わさせるわけにもいかないだろう?」
ルクスは静かな声で僕に言った。
ルクスの言うことは、間違ってはいない、って思った。
だけど、なんだか納得できない、って気持ちもあった。
「まあ、まずは、腹ごしらえをするかのう。
それから、一晩、ゆっくり眠るのじゃ。
そうすれば、また、よい考えもわいてくるやもしれん。」
ピサンリは僕を慰めるように言った。




