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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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73(改)

そのときだった。

突然、湖のほうから、キィエーーーッという叫び声が聞こえた。

僕は堪りかねて両耳を抑えてうずくまった。


リョウシュはぎょっとしたように顔を上げてから、首を傾げて呟いた。


「ヌシ様?」


そっか。

リョウシュにも、あの声は聞こえているんだ。


「ここで大人しくしていろ。」


リョウシュは僕らを振り返ってそれだけ言うと、大急ぎで牢屋を出て行った。

なにか、のっぴきならない事情ができて、これ以上、僕らには構っていられなくなったみたいだった。


リョウシュが僕らだけ残してどこかへ行ってしまったので、僕は、ルクスとアルテミシアのほうをむいて改めて座り直した。


「なんだか、ふたりとこんなふうにゆっくり話せるなんて、久しぶりだね。」


それが思った以上に嬉しくて、僕はにこにことふたりを見上げた。


ルクスは泣きそうな顔をして笑いながら、僕の髪をちょっと乱暴にかき混ぜた。


「バカだなあ。お前だけでも逃げろって伝言したのに。」


「君は、ヌシ様に対しても、何もしてないんだから。」


アルテミシアはルクスにくしゃくしゃにされた僕の髪を直してくれながら苦笑いした。


僕は、ふたりにこんなふうにされるのが、もう嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


たとえ魚の餌にされるとしても三人一緒がいい。

もっとも、あのヌシ様は、僕らを食べたりしないだろうって、僕は思っていた。


「あんの化け物魚。今度会ったら、塩焼きにして食ってやる。」


ルクスは威勢よく腕を振り回した。


「ダメだよ。ヌシ様なんだから。」


僕はびっくりして止めたけど。

あの大きな魚を塩焼きにしたら、いったい何人分のご馳走になるんだろう、ってちょっと想像していた。

いや、でも、どうやって焼くんだろ?

あんなの焼ける竈なんて、ないよ?

超!巨大な焚火とか?


あ。切ってから焼いたらいいのか。


いやいやいや、食べたらダメだって。ヌシ様なんだから。

僕はぶんぶんと頭を振って、余計な想像を追い出した。


そのときだった。

ふいに、ふわっと届いた風の匂いを、僕はくんくんと嗅いだ。


「…雨が、近いね?」


牢屋の中には、すごく嫌な臭いが籠っていたけれど、それでも、濃い雨の匂いは、感じ取ることができた。


「来るな。」


ルクスも頷いた。

アルテミシアも頷いた。


「結局、湖の堰を破ることはできなかったな。」


アルテミシアはそう言ってため息を吐いた。


「それはもう、仕方ないよ。

 だけど、もしかしたら、あの堰は、破らなくてよかったのかもしれない。」


「屋敷の人たちを避難させないと。

 それから、町の人たちも。

 念のため、川から遠くに離れた方がいい。」


ルクスは僕らを見回して言った。


「俺は町へ行く。

 馬に乗れば、すぐだからな。」


ルクスはよっこいしょと立った。


「屋敷の人たちは、あたしが誘導しよう。」


アルテミシアも立ち上った。

僕はまた嬉しくなってにこにこしてた。

やっぱり、ふたりとも、最初からそのつもりだったんだね?


「とにかく、リョウシュがどっか行ってくれたのはラッキーだった。」


ルクスはアルテミシアの髪を止めているピンを勝手にひとつ抜き取った。

それを牢屋の錠前に差し込んで、しばらくかちゃかちゃとやると、ぱちん、と錠前は簡単に開いた。


「昨日から徹夜だったからさ。

 もう少し、座って休んでいたかったんだけどな。」


ルクスはそう嘯いて、大きく背伸びをしてから、肩をこきこきと鳴らした。


「どうせなら、もうちょっとゆっくりできるところだとよかったんだけど。」


アルテミシアはそんなルクスをちょっと呆れたみたいに見ていた。


「全部済んだら、柔らかいベットで一日寝ているさ。」


「ごめんね?

 僕は、滝のおかげで、ひとりだけゆっくり休めたよ。」


思わず僕はふたりに謝ってしまった。


そうしたら、ふたりして、いやいや、と手を振った。


「いいんだよ、お前は。

 それで?どっちについてくる?」


「ルクスの方がいいんじゃないか?

 町にはピサンリもいるだろう?」


ピサンリ!

なんだかその名前が懐かしいよ!


だけど、僕は、ううん、と首を振った。


「どっちにもついて行かない。

 僕にも、やりたいことあるから。」


ふたりは、えっ、と同時に驚いた顔をした。


「危ないことじゃないだろうな?」


ルクスは眉をひそめて僕を見た。

僕はルクスに安心して、と笑ってみせた。


「危ないことはないよ。大丈夫。」


「君のこと、信じてないわけじゃない。

 だけど、君にはいつも、安全なところにいてほしい、って。

 そう願うことを、やめられないんだ。」


アルテミシアはちょっと悲しそうに笑った。


「本当に大丈夫。

 僕自身は頼りないけど、僕には頼りになる友だちがいるから。」


僕は胸を張ってみせた。


「それに、リョウシュだって、やっぱり、ほっとけないでしょう?」


「あいつは、自分でなんとかするんじゃないか?」


ルクスはちょっと面倒そうな顔をしたけど、アルテミシアに、こらっ、って叱られて、軽く肩を竦めた。


「だけど、あのリョウシュは、あたしたちの言うことなんか、聞きやしないよ?」


アルテミシアは心配そうに僕を見た。

うん。分かってる。と僕は頷いた。


アルテミシアとルクスはちょっと目を見合わせて、やれやれ、って声に出して言った。


「じゃあ、いろいろ済んだら、また合流だな。」


「町へ帰ったら厨房を借りて、美味しいもの、作ろう。」


「いいねえ。

 僕、大きなプリンが食べたい!」


そう言ったら、ふたりはまた顔を見合わせた。


「あの、にっこにこ顔して、プリン食べたい、とか言われると、やっぱり、まだなあ…」


「いや、一人前の大人だって、プリンは好きだろ。うん。」


あれ?

プリン、ダメだった?


いいや。

町に帰ったら、ピサンリに頼もう。


ルクスはもう一度だけ、僕の髪をくしゃっとかき回すと、先に牢屋を出て行った。

アルテミシアは、僕の髪をもう一度直してから、軽く胸に抱きしめてくれた。


「いっといで。」


「うん。」


僕は力一杯うなずいて、牢の外へと走り出した。






最初に投稿したものに、少しだけ変更を加えました。

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