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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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僕らは牢屋で牢番のおじいさんから、ここの、ゴショダイサマ、という人の話しを聞いた。


その昔、ゴショダイサマ、たちは、森の民の知恵を学びたいと、はるばるこの地へとやってきた。

ところが、そのゴショダイサマたちの行く手を阻んだのが、あの大きな川だった。

森の民の棲む森は、この先なのに。

ゴショダイサマたちは、川を渡ることができなくて、何か月もそこに足止めをされていた。


そこへ森の民の旅人が通りかかった。

森の民は、ゴショダイサマたちの話しを聞くと、川に綱を張って、吊り橋を作ることを教えてくれた。

ゴショダイサマたちは、森の民の力を借りて吊り橋を作った。


ところが、吊り橋では、ゴショダイサマたちの乗ってきた馬車を運ぶことはできなかった。

ゴショダイサマたちは、なんとかして馬車を運びたいと考えた。

馬車にはゴショダイサマたちの暮らしにとって、欠かせないものがたくさん載っていた。

馬車自体も、ゴショダイサマたちにとっては欠かせないものだった。

すると、森の民は、川原に生えていた木を使って、筏を作ることを教えてくれた。


筏なら馬車も運ぶことができる。

こうして、ゴショダイサマたちの一行は、初めて川のこちら側に辿り着いた。

そして、そのときから、川を渡るための渡し舟の仕組みもできた。


川の周囲の土地はとても肥えていて、ゴショダイサマたちは家を作り、畑を作り、道を作って、そうしてあの町ができた。

ゴショダイサマたちの行く手を阻んだ川は恵みをもたらす幸せの源でもあった。

森から流れ落ちる滝を水源に持つこの川の水は、元々、とても美味しくて、飲むとそれだけで軽い病気なら治ってしまうくらい不思議な水だった。

いや、僕らにとってそれは不思議でもなんでもない。

森の水っていうのは、そういうものなんだけど。


ゴショダイサマは、川の水を壺に入れて、大きな街へ持って行って売ることを思い付いた。

飲めばからだも丈夫になり、病気もたちどころに治ってしまう、不思議な森の水。

こんな不思議な水があれば、街の人たちだって大助かりすると思ったんだ。

森の水はたちまち評判を呼び、持って行っても、持って行っても、すぐに売り切れるくらい大人気になった。


ゴショダイサマは水を売って得たお金で、畑のための道具や種をたくさん買った。

そうしてそれを町の人たちに分けてあげた。

町の人たちはぴかぴかの素敵な道具をもらって、種もたっぷり手に入れた。

あとは肥沃な川沿いの土に、森から流れてくる水を使えば、畑はいつも大豊作だった。


すると、ゴショダイサマは、食べきれない作物も、街へ持って行って売ることにした。

町の畑で作られた作物は、とてもよいものが多くて、街でも高く売れた。

こうして町の人々の暮らしはますますよくなっていった。


安心して暮らせるようになると、町の人々は、ここまで皆を導いてくれたゴショダイサマに、お礼としてこの場所に屋敷を作り、棲んでもらうことにした。

ゴショダイサマは、最初は特別扱いされることを拒んだそうだけど、大切な水源を守る役目を引き受けて、町から離れたこの場所で暮らすことにしたんだ。


そうして、ゴショダイサマは、皆から頼まれて、この土地のリョウシュになった。


どうやら、リョウシュというのは人の名前じゃないらしい。

この土地の王様、みたいな感じ?

あ。そっか。ゴショダイサマ、は、最初の王様、という意味か。


でもまあ、僕にとってはすっかり名前みたいなものだから、もうこのままでいいっか。

どっちにしても、僕には平原の民の言葉は分からないんだし。

リョウシュとも直接話すことなんか、ないだろうから。


この屋敷には、町から大勢の人がシヨウニンとして働きに来ているらしい。

今も水を壺に詰めて、町へ運んで売る仕事をしている人たちもいる。

それから、あの鎧を着た人たちも。僕らの世話をしてくれた少女も。

他にも、リョウシュの畑の世話をしたり、料理を作ったりする人もいるそうだ。


あの最初に通りかかった旅人の森の民も、ゴショダイサマと親しくなって、よくその屋敷を訪れていた。

ゴショダイサマは元々知恵者だったけど、森の民にもいろいろと教わって、ますます賢くなった。

そうして、町の人々の間で起こるいろんな問題を、見事に解決した。

だから、ゴショダイサマは町の人々からとても頼りにされていたんだ。


うん。なんか、ゴショダイサマって、僕らにとっての族長みたいなところもあるよね。

皆を導く勇気があって、賢くて頼りになる。

ルクスみたいな人だったんだね。


やがて、ゴショダイサマが年を取ると、ゴショダイサマの子どもがリョウシュの跡を継いだ。

そして、その次も、その次も、子どもたちが跡を継いだ。

今のリョウシュは、ゴショダイサマのずっとずっと後の子孫なんだそうだ。


ゴショダイサマの頃は、屋敷ももっと狭かったらしいけど。

リョウシュの代替わりの度に、屋敷を大きく拡げていって、とうとう今みたいなすごいことになったらしい。

代々のリョウシュもいろんな人がいたみたいだ。


ゴショダイサマのころから、町の人たちは喜んでゴショダイサマのことを手伝いに来ていた。

それは今も変わらない。

ゴショダイサマのころには、農具や種をもらっていたけど、今は、お金をもらうらしい。

町のなかにもたくさんお店ができて、お金があれば、いろんなものが買えるからだ。

僕らも薬草を売ってお金をもらって、お砂糖を買ったりしたっけ。


だけど、何代か前のリョウシュのころから、少しずつ、様子が変わってきた。

そのリョウシュは森の水を溜める場所が必要だと言って、あの大きな湖を作らせた。

あそこは元々川だったらしいけど、その両側を大きく拡げて、湖にしたんだって。

なんとなんと。あの大きな湖が、人の作ったものだったなんて、びっくりだけど。

なんのために、そんなふうに水を溜めようなんて思ったんだろう。


リョウシュは水をくみ上げる水車と、それを運ぶ馬車を何台も作らせた。

そうして、街へもっとたくさんの水を売りに行かせた。

近くの街であまり売れなくなると、もっと遠くの街まで売りに行かせた。

そして、リョウシュは、ますますたくさんのお金を手に入れた。

働き手が足りなくなると、リョウシュは町の人々を働きに来させた。

リョウシュの手に入れたお金は、その人たちの給金になった。

代替わりの度に、湖はますます大きくなり、水車や馬車を増やしていった。


あの大きな大きな湖はそうやって作られたんだ。


だけど、今、あの湖の水は、全部毒になってしまっている。

今もあの水を売っているのだとしたら、それは大変なことだ。

確かに、一口飲んだだけで、すぐにどうこう、ってことはないかもだけど。


「町の人たちの飲み水は?

 どうしているんだ?」


ずっと黙って聞いていたアルテミシアは、おじいさんにそう尋ねた。


「昔は川の水を使っておりましたが。

 今は人も増えましたから、井戸を掘って使っています。

 川にはゴミを捨てる人も増えましたし。」


「川の水は飲んではいないんだな?」


それは、よかった、と言うべきかな。


「もしかして、リョウシュは水をもっとたくさん手に入れるために、湖を堰き止めたのか?」


ルクスの問いに、おじいさんは、むうと唸った。


「流石のご主人様にも、湖を堰き止めることはおできにはなりません。

 しかし、何故か、この春頃から、湖の水は川に流れなくなってしまったのです。」


「わざとじゃないのか?」


「はい。

 ただ、ご主人様はこの事態を歓迎しておられるようです。

 いずれ川が完全に干上がれば、渡るのに舟もいらない。

 いっそ川を埋めて、その上に道を作ればよい、と。」


「しかし、舟が動けなければ、リョウシュだって、水を売りに行けないだろう?」


「今は、湖のあちら側に水車や水汲み場をたくさん作ってあるのです。

 川を渡る必要はありません。

 人が渡る橋は、川の入り口のところに、吊り橋をかけてありますから、行き来にも困りません。」


「あたしがうっかり足を踏み込みかけたのは、その吊り橋だったんだな…」


アルテミシアはぽつりと呟いた。


なるほど。

湖はわざと堰き止められたわけじゃない。

だけど、リョウシュはそのほうがいいと思って、あえてどうにかするつもりはない。

というより、いっそ、このままにしておきたいと思っている、のかも。


「それにしても、ただ吊り橋を渡ろうとしただけで、こんなふうにとっ捕まって牢屋に入れられるなんて。

 なんか変じゃないか?」


「そうさのう…」


ルクスに見つめられて、おじいさんは首を傾げた。


「ご主人様は、水を汲む仕事をしている者の他は湖には近づかないように、とご命令されております。

 水嵩が増して危険だから、とおっしゃるのですけれども…」


「危険なところに近づいて警告されるのは分かる。

 けど、捕まえて、牢屋には入れないだろう?」


確かに。妙だよね。


「やっぱ、なんか、変だよな…」


ルクスもなんだか考え込んでいた。







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