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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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お祭りの翌朝。

なんだか、町の風は入れ替わったみたいに清々しかった。

昨日は楽しかったな。


僕らは、ピサンリの友だちの家に泊めてもらっていた。

彼らは夫婦と子どもひとりの家族だ。

ふたりともにこやかに、僕らを歓迎してくれた。


子どもはまだ言葉を話さない幼い娘だった。

僕はなぜかその子どもに気に入られてしまって、子どもは四六時中、僕についてきた。

朝目を覚ましたら、なぜか、僕の隣に寝ていて、思わずびっくりして叫んでしまった。


朝食をご馳走になってから、僕らは川の様子を見に行くことにした。

出かけようとすると、子どもは母親の腕に抱かれたまま、僕のほうに手を伸ばして、大声で泣き叫んだ。

幼い子どもを連れて行けるような場所じゃないから仕方ないんだけど。

なんだか悪いことをした気になってしまった。


マントをすっぽり被って歩いていたら、心なしか、道端でむけられる視線は、以前より柔らかくなった気がした。

ときどき、きゃあ、と叫ぶ少女にも出会ったけど、悲鳴ではなかったと思う。

どうも、と軽く会釈したら、もう一回、きゃあ、って言われた。


川の水は、本当に少なくなっていて、川底が見えていた。

川底にはなんだかどろどろに崩れたものがたくさんあって、嫌な臭いを放っている。

とにかく臭くて、長く見ていると気分が悪くなりそうだ。

あの中を歩くなんて、絶対に無理だと思った。


川を渡る舟は、こっち側の岸の地面に、少し傾いたまま繋がれていた。

以前はこの辺りにも水があって、舟も水に浮いていたらしい。

川の幅から考えると、なかなかに大きな川だ。

大きくて深い川だから、橋も簡単には架けられなくて、渡るのに舟を使っていたんだ。


渡し守は川の傍にある小さな小屋で暮らしていた。

訪ねて行くと、昨日、一緒に料理を手伝ってくれた家族のひとつだった。

夫婦ふたりで、子どもはいないみたいだ。


ピサンリは渡し守となんだかいろいろと話していた。

ルクスとアルテミシアもその話しに加わっている。

僕がきょとんとしていると、ピサンリが気づいて、皆の話していることを説明してくれた。


川が干上がり始めたのは、今年、温かくなり始めたころだった。

本来だと雪解けの水で水量が多くなるはずなのに、少しずつ流れが減って、そのうちに水が停滞してほとんど流れなくなってしまった。

毎年、今ごろは、確かに雨は少ないけれど、それでも、ここまで水がなくなったことはないらしい。


水がなくなるに連れて、川底にどろどろしたものが溜まり始めた。

あれは、元は町の人たちの捨てたものだそうだ。

水がたっぷりあれば、川下へ流されて、そのうちに魚の餌になったり、川の水に溶けてしまったりして消えてなくなる。

もう何年も、この町の人たちはそうして暮らしてきたんだ。


ところが川の水がなくなると、捨てたものも、うまく流れなくなった。

それでも町の人たちは、今まで通り、ものを捨て続けた。

それを続けているうちに、あんなことになってしまった。


川の上流には大きな湖があって、その湖には今もたっぷり水があるそうだ。

なのに、そこからほとんど水は流れてこない。


どこかで堰き止められているんだろうか。

町の人たちは川を遡って調べたけれど、その湖の手前に堰き止められている箇所はない。

やっぱり、その湖から流れ出すところが怪しいのに間違いなかった。


湖の畔には、リョウシュ、という人の屋敷があるらしい。

そのリョウシュの屋敷があるから、湖にも町の人は簡単には近づけないらしい。

リョウシュは、湖も、自分のものだ、と言っているんだ。


なんでかなあ?

ちょっと見せて、って行けばいいんじゃないの?

だいたい、湖とか、誰かのもの、にするものじゃないんじゃないの?


その辺、平原のきまり、ってよく分からない。


一通り話しを聞いて、僕ら、渡し守の家を出た。

帰り道はまた、どろどろの川底の横を歩いた。

臭いって、慣れたらそんなに気にならなくなることもあるけど。

ここの臭いには永遠に慣れそうにない。


「昔、村の畑には、ここの土を運んで使ったんじゃそうな。」


ピサンリは広い川原を眺めながら言った。


「ここの土はよく肥えていて、よい畑の土になる、と。

 この川の水も、畑にまくと、作物はよう育つ、と。

 そういう話しを聞いたことがある。」


「ゴミを捨てていても、それがちゃんと活かされていたんだろうな。」


アルテミシアは川底を眺めながら言った。


「畑の土は使い続けていると少しずつ痩せてくるから、またここの土を補充する必要もあると思うよ。」


あの嫌な臭いのするどろどろも、ちゃんと健康な土に戻せたら、いい畑の土になるかもしれない。


「村のためにも、ここの川は大事なんだよなあ。」


ルクスはうーんと考えた。


「しっかし、その、リョウシュ?だっけ?

 なんでそんな分からずやなんだ?」


「さて、のう…

 なんでもつい最近、代替わりをしたそうじゃが…

 以前のご領主とは、町の皆もうまくやっておったようじゃが。

 新しいご領主になってから、いろいろと、勝手も違うようで…」


ピサンリはなんだか言葉を濁して話した。

うん。そうだね。その新しい方のリョウシュが厄介なんだ。

というのはよく分かった。

というか、リョウシュ、には古いのと新しいのといるんだ。

家族のなかに同じ名前の人がいると、紛らわしいよね。


「その湖?こっそり行って調べたりできないかな?」


僕がそう言うと、みんな、え?って顔をしてこっちを見た。


「ほら、僕ら、一目見て、平原の民じゃないって分かるじゃないか。

 旅の森の民が間違って迷い込んだ、ってフリしてさ。」


僕らにとって、平原の民のきまりごとなんて、知らなかったって言ってしまえばそれまでだ。

というか、今も半分くらい分かってないし。


平原の民の平穏を脅かすつもりはない。

平原を旅する以上は、平原の民のきまりごとに従うのは当然だと思う。

だけど、今の場合、町の人たちを困らせているのはそのリョウシュのほうだ。

だったらそんなきまり、知らないふりしちゃってもよくない?


「ここ、入っちゃいけないなんて、思わなかった。」


わざとらしく明るく言って、てへ?と首を傾げてみせたら、みんな、笑い出した。


「ときどき君は、とんでもないことを言い出すよな。」


え?僕、そんなにとんでもない?


「まあ、俺はそういうの、嫌いじゃないけどな?」


ルクスは僕の髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。

だから、それやめてってば。


「だってさ、森だって、荒地だって、誰でも歩いていいものじゃないか。

 この森に入っちゃダメ、とか、僕ら、言わないよ?」


僕はむうと口を尖らせた。

そんなに笑わなくてもいいじゃないか。


「それでも、君も、余所の家には勝手に入らないだろう?」


ちょっと呆れたみたいにアルテミシアに言われた。


「そりゃあさあ、家には勝手に入らないよ?

 だけど、湖全部家だなんて、広すぎるでしょ?」


「金持ちとはそういうもんよ。」


ピサンリはちょっと諦めたように言った。


「だとしても。

 みんな川に水が流れてこなくて、こんなに困ってるのに。

 川の水はみんなのものだよ。」


僕はちょっとむっとした。


「確かになあ。」


ルクスは小さくため息を吐いた。


「まあ、他にいい案もないし。

 お前のその妙案に乗ってみるか。」


妙案って!その言い方はないんじゃない?


「案外、そんなところから、道は開けるかもしれんしなあ。」


アルテミシアもあんまり気乗りはしなさそうにしながらそう言った。






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