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突然始まった祭りに、町の人々は大いに沸いた。
村から持ってきた保存食は、次々と料理されて、振る舞われた。
果実で作ったお酒も振る舞われて、みんないい感じに陽気になった。
ここの人たちだって、やっぱり、お祭り好きな平原の民なんだ。
楽しそうにしている人たちを見ると、村の人たちと変わらないなって思う。
僕は陽気な歌を次々に吹いた。
ルクスも竪琴を出してきて、僕の歌に合わせて弾いてくれた。
ルクスはいつもアルテミシアの歌の伴奏をしているから、誰かに合わせるのが絶妙に上手い。
ルクスって、どっちかと言うと主旋律を突っ走るタイプに思うから、この伴奏が上手いのは、ちょっと意外な特技だと思う。
僕らの周りには大勢の人だかりができて、みんな楽しそうに歌を聞いてくれた。
誰かが歌に合わせて踊りだすと、あっという間に踊りの輪になった。
楽しい気持ちが渦を巻く。
笑い声が沸き起こる。
すると、ぽかり、ぽかり、ふわり、ふわりと、透明の泡が、あっちこっちで弾けるのが見えた。
「あ。
あれ、なんだろう?」
僕は隣にいたルクスをつついて指さしたけど。
笛を吹くのをやめた途端に、すっとその泡は見えなくなっていて、ルクスが、なんだ?と振り返ったときには、もうその泡はなくなっていた。
「どうした?」
「いや。あの…
今、光る泡、みたいなのが、あったんだけど…」
僕はうまく言えなくて、ちょっと口ごもる。
確かにあったし、確かに見えたんだけど、今は、ない。
それをどう説明したものかと、迷っていると、ルクスは、そんなことより、と言った。
「みんな、どうしたんだ?って顔で、お前、見てるぞ?」
あ。そうだった。
僕が突然笛を吹くのをやめたからか、踊っていた人たちも足を止めてこっちを見ている。
せっかく楽しそうだったのに。ごめんなさい。
僕は慌てて、また笛を吹き始めた。
すると人々はまた踊りだして、その踊りが盛り上がってくると、また透明な泡が飛び始めた。
僕はルクスにそれを伝えたいんだけど、笛を止めるわけにはいかなくて、なかなかうまくいかない。
だけど、こんなにきらきらとたくさん飛んでいるのに、どうしてルクスは気づかないんだろう。
透明な泡は踊る人たちのところから噴き出して、風に乗ってふわり、ふわり、飛んでいく。
ときどき、かぷ、かぷ、と小さな音を立てて弾けたら、どうしたことか、その周りにいた人たちが、にこっと笑顔になるんだ。
本当に、あれは、なんだろう?
不思議な泡を気にしながら、僕は笛を吹き続けた。
吹くのをやめるとあの泡も見えなくなるから、もっとあれを見ていたくて、吹くのをやめなかった。
まあ、いいや。
後でちゃんと説明できるように、今のうちにあの泡、もっとよく見ておこう。
それにしても、こんなにたくさん泡が飛んでいるのに、町の人はまったく気にしていない。
ここの人たちにとってこれは、いつものこと、なのかな。
大勢で踊ると綺麗な泡が飛ぶなんて、すっごく素敵な風景だと思う。
世界には、僕の知らないことって、本当にたくさんあるんだなあ。
いつの間にか心地よい風も吹き始めて、すると、泡はますます遠くまで拡がっていった。
きっと、そこでも、かぷ、かぷ、って弾けて、離れたところの人も、笑顔にしているんだろう。
本当に、素敵な泡だなあ。
そうしているのがあんまり楽しくて、僕は時間も忘れて、笛を吹いていた。
はっと気づくと、もういつの間にか夕方になっていて、そろそろ食材も尽きたのか調理場の人たちも、その辺に腰掛けて休憩していた。
「ちょっと、休みな。
朝からずっと、吹き通しだろ?」
アルテミシアはそう言って僕にカップを渡してくれた。
そこには金色のぷちぷち弾ける泡の出る飲み物が入っていた。
「これは?」
「ここの町の名物だと。
さっきあたしももらって飲んだけど、なかなかいける。」
「そうなんだ。」
僕は恐る恐るカップに口をつける。
ふわっと穀物の香りがして、なんだか爽やかな飲み物だった。
「美味しい…のかな?」
あまりにも体験したことのない味に、思わず首を傾げたら、アルテミシアは笑い出した。
「そのうち味に慣れたら美味しいと思うようになる。
そうだ。これもどうぞ。」
そう言って干したフルーツの載った皿を渡してくれた。
「ずっと何も食べてないだろ?」
「うん。そうだった。
よく考えたら、お腹、ぺこぺこだ。
今、気づいた。」
そう言ったら、アルテミシアはまた笑った。
ルクスも同じように飲み物とフルーツをもらっていた。
ずっと付き合ってくれたルクスに、僕は、有難う、とお礼を言った。
「なんで礼を言うんだ?」
不思議そうに聞き返すルクスに、僕はとびっきりの笑顔で言った。
「ルクスのおかげで、すっごく吹きやすかったんだ。
ずっと、疲れたとも思わずに吹いてられたのは、ルクスが一緒にやってくれたからだよ。」
「へえ。
そりゃ、よかったな。」
ルクスも笑ってそう言うと、ごくごくと喉を鳴らして、カップを空にした。
「アルテミシア、これ、おかわり、あんのか?」
「あるけど。
ほどほどにしておいたほうがいいぞ?」
アルテミシアはそんなことを言いながらも、ルクスのカップをまたいっぱいにしてきてくれた。
「なんかさ。これ、美味いよな?」
そう言って、またごくごくと一息に飲んでしまう。
なんだかずいぶん、気に入ったみたい。
でも、僕のほうはそうでもなくて、ちびちびと飲むことにした。
僕が笛をやめても、今度は、あの泡は消えていなかった。
だから僕は、アルテミシアとルクスに、泡を指差して聞いてみた。
「ねえ、ルクス、アルテミシア。
あの泡、綺麗だね。」
「泡?」
ルクスはカップのなかの飲み物を見る。
確かにそこにも泡はあるけど。
「そうじゃなくて。あの泡、だよ。」
僕はルクスの腕を引っ張って、泡を指差した。
「泡?」
ルクスはもう一度繰り返して首を傾げた。
「あそこに、泡が見えるの?」
アルテミシアは、僕にそう尋ねた。
頷いたら、そっか、と笑った。
「多分、それは、君にしか見えてない。」
「僕にしか、見えてない?」
え?そんな、僕の目、どうかしちゃったの?
不安になってアルテミシアを見たら、アルテミシアは大丈夫、って笑った。
「郷にいたころ、おばあちゃんに聞いたことある。
楽しいって思ってる人たちがいると、そこから泡みたいなものが噴き出しているように見える人がいるんだ、って。」
「今まではこんなの見えたことなかったんだ。
だけど、今、初めて見えて、だから、ここの人たちの特技かと思ってた。」
「それは、ここだけの特別じゃないよ。
たった今、君の目が、それを見えるようになったんだ。」
「たった、今?」
それを見えるように、なった?
「なんで?」
「さあ。それはあたしにも分からない。」
…だけど、なんだか他の人には見えてないものを見えてるなんて、ちょっと怖い…
「僕、変になったのかな?」
「全然、変じゃないよ。
そういう泡の見える人は、将来、族長になれる素質があるんだ、って。」
族長?
「だったら、ルクスには見えてるよね?」
だって、ルクスは、将来族長になるって言われてたんだから。
だけど、ルクスは、いいや、と首を振った。
「俺には見えない。」
そうなんだ…
「まあ、族長の素質なんて、それだけじゃないんだろうし。」
僕はそんなことを言ってみたけど、なんだか気まずくなって、もう泡の話しはやめることにした。
踊りの輪のほうは、すっかり盛り上がっていて、僕らが少し休憩していても、止まることはなかった。
みんなの踏み鳴らす足音が、音楽になっていて、それに合わせて、みんな踊り続けるんだ。
と、踊りの輪のなかから、ひとりの少女が飛び出して、手を叩いて歌い始めた。
そのリズムは、踊りの足音、そっくりそのままだった。
すると、踊っている人たちも、声を揃えて歌い始めた。
短い節を繰り返し繰り返し歌う。
踊りの輪には加わらずに、周りで見ているだけだった人たちも、この歌が始まると、一緒に手を叩いて歌っている。
これは、多分、この人たちの歌なんだ。
アルテミシアも一緒に歌い始める。
ルクスも歌に合わせて竪琴を弾いた。
僕もしばらく聞いていたら、すっかりその歌を覚えてしまった。
せっかくだし。僕も仲間に入れてもらおう。
笛を吹き始めたら、ほっほ~、と誰かの歓声が聞こえた。
拍手が沸き起こって、みんなに喜んでもらえてるらしいって分かった。
僕はもう夢中になって、また笛を吹き続けた。
こうして夜更けまで、お祭りは続いていた。




