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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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アルテミシアってね、なんでもできるんだよ、本当。

ちょっとそれを忘れていた。

ピサンリもルクスもぽかんと口を開けたまま、アルテミシアの描く紋章を眺めていた。

アルテミシアはほんの一瞬の迷いもなく、大きくて複雑な紋章を描き上げた。


アルテミシアの描いた紋章は、完成すると、きらきらと輝いて、そのままくるくる回りだした。


「え?なんだ、あれ?」


それはルクスの使う秘術とは違う。

見たことのない術だった。


紋章は高速で回転し始めると、下にあった鍋の中身を吸い上げだした。

金色のどろっとした液体を吸い込んだ紋章は、ますます眩しい金色に輝いた。


いったい、なにが、起こってるんだろう?


どきどきとびくびくが、僕のなかに膨れ上がっていく。

そう、まるで、今目の前で膨れ上がっていく紋章のように。


紋章は膨れて膨れて、それに耐えきれなくなると、今度は拡大を始めた。

くるくる、くるくる、回りながら、ぐんぐん大きくなっていく。

とうとう、それはまるで、突然わいてきた雲のように、辺り一面を覆い尽くし…そして、弾けた。


世界は金色の霧に覆われて、輝いた。

そっちも、こっちも、ちら、きら、と金色の小さな粒が光る。

綺麗、なんだけど…これ、盛大に吸い込んじゃったけど、大丈夫かな…


「ルクス!風を、呼べ。」


突然、アルテミシアがそう叫んだ。

と、同時にルクスにむかって、ひょいとエエルの塊を放り投げた。

いきなりだったけど、ルクスはなんとかエエルの塊を落とさず受け止めたようだ。

お、おう、とルクスの返事が聞こえた。

と、そこにルクスの描いたらしい紋章が現れた。


紋章はすぐに弾けて、ひゅうと心地いい風が吹いた。

風は金色の霧を巻き込んで、町のほうへと吹いていく。


一言も言葉を交わさなくても、ルクスにはアルテミシアのやりたいことが分かっている。

もちろん、アルテミシアだって、ルクスのやりたいことは分かっている。

久しぶりにふたりのそんなところを見た。


いつの間にか辺りの霧はすっかり晴れていた。


「うーん。

 一回じゃ、流石に綺麗にはならないか。」


アルテミシアは額に手をかざして、町のほうを眺めていた。

町には相変わらず瘴気が立ち上っているけど、なんとなく、その濃さが薄れているような気もした。


「今のは、なんじゃ?」


ピサンリはようやく我に返ったというようにアルテミシアに尋ねた。


「お前、紋章、使えたのか?」


ルクスも目を丸くしてアルテミシアを見ていた。


「あれは、万人に使えるようにしてあるんだもの。

 そりゃ、あたしにだって使えるさ。」


アルテミシアはあっさり言って軽く肩を竦めた。


「とにかく、あのままじゃ、町に入るのも難しいからね。

 それに、町の人にとっても、浄化は悪いことじゃないだろ?」


「っそ、それはそうじゃ!

 というか、町の浄化?

 そんなことが可能なのか?

 流石賢者様じゃ。」


ピサンリはアルテミシアの手を取って、ぴょんぴょん飛び跳ねた。


「これならあの町の人たちもきっと助かるじゃろうて。」


「いや。残念ながら、こんなことじゃ、大して変わらないよ。」


アルテミシアは嬉しそうなピサンリにあっさりと首を振った。


「瘴気の大元を絶たなくちゃ。

 少し祓ったくらいじゃ、またすぐに戻ってくる。」


「瘴気の大元、か。」


ルクスも頷いた。


「それで?明日は、あたしらも、町へ行くんだろ?」


あっさりとアルテミシアはルクスにむかって尋ねた。

お、おう、とルクスは慌てたみたいに答えた。


「ピサンリの知り合いに話しはつけてきた。

 明日も俺とピサンリのふたりで運ぶつもりだったが…」


「瘴気は薄めたから、あたしたちも大丈夫だ。

 明日は一緒に行く。」


アルテミシアは断言した。

お、おう、とルクスはもう一度頷いた。


「君は、どうする?」


アルテミシアは僕にはそう聞いた。

もちろん、一緒に行くと、僕は答えた。

アルテミシアは、そうか、って笑った。


「さっき、何か、運ぶ、って言ってたよね?」


僕はルクスに尋ねた。ルクスは、ああ、って頷いた。


「あの町に小さな幸せを運ぶのさ。」


「小さな、幸せ?」


「それが森の民の生き方ってもんだよ。」


「森の民の、生き方?」


聞き返した僕の頭をアルテミシアは子どもにするみたいに撫でた。


アルテミシアとルクスは、明日何をするのか、やっぱり何も言わなくても、分かってるみたいだった。

僕はちょっと悔しいけど、このふたりの境地にはまだ至らない。

いつか、こんなふうに僕も、何も言わなくても、アルテミシアやルクスのやりたいことを、分かれるようになるのだろうか。


アルテミシアはそんなことを考えている僕の目を覗き込むようにして笑いかけた。


「一緒に来るんなら、君には是非、土笛を吹いてもらいたい。」


「土笛を?

 …それは、構わないけど…」


いったい、何のために?

やっぱり、僕は、言ってもらわないと分からないみたいだ。

だけど、アルテミシアはその説明はなしに、注文を続けた。


「できたら景気のいいやつを頼む。

 ほら、前に、村で一度、鳥を呼んだやつがあったろ?」


「鳥を呼んだ…」


僕は記憶をたどって考えた。

あの、村の花壇の歌に合わせて吹いたときのかな。


「あれなら、なんとなく、覚えているかな…」


細かいところは怪しいけど。

多分、吹き始めたら思い出せると思う。


「なあに、少しくらい間違ったって、誰にも分りゃしないんだから。

 思い切ってよろしく。」


ぱしっ、と背中を叩かれて、僕はけほっとむせる。

間違ったって分からない、って言われてもさ…

僕としては、なるべくなら正確に再現したいんだけど…

ちょっと頑張って思い出さないと…


アルテミシアは言うだけ言うとそそくさと夕飯の支度を始めてしまった。

ピサンリもそれについて行く。


ルクスは僕の傍に来て、こっそり耳打ちした。


「ったく、うちの姫には敵わないな?

 結局、俺たちふたりは、永遠に姫の下僕ってこった。」


下僕かあ。

うん。そうだね。


「なんか言ったか?」


むこうにいたアルテミシアがこっちを振り返って叫んだ。


「なにも!」


ルクスと僕は同時に叫び返していた。











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