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翌朝、ピサンリとルクスは馬に乗って行ってしまった。

僕はアルテミシアとお留守番だ。

アルテミシアはなにやら馬車から道具と薬草を取り出して、せっせと薬の調合を始めた。

僕もアルテミシアを手伝ったりしてたんだけど。

なんだか、いちいちやり方を聞きながら手伝うより、アルテミシアにお任せしてたほうが、かえって邪魔にならないんじゃないかって思えてきて。

とりあえず、火の番だけ引き受けて、焚火の傍でぼんやりしていた。


遠く、荒れ野を、風が渡っていく。

前は風に混じって、草や花の歌がよく聞こえていた。

どんなに荒れた土地でも、まったく草がないなんてことはないし。

風に乗って、遠く、遠くの歌声も、聞こえていたんだ。


だけど。

今は、もう聞こえない。

耳をすませても。何の歌も。

ただ、風の音だけ、ひゅうひゅうと聞こえていた。


僕は久しぶりに土笛を取り出して吹いてみた。

いつもは周りで聞こえる歌に合わせて吹いていたんだけど。

今は何も聞こえないから、昔、故郷の森で吹いていた歌を吹いた。

これだけは、何も聞こえなくても、吹くことができたから。


遠くには、ぼんやりあの町の影が見える。

今日もうっすらと、何か暗いものが立ち上っている。

あれが、ピサンリの言っていた、瘴気、なんだろうか。

ルクスとピサンリは、今日、あの瘴気の中へ行って、大丈夫なのかな。


だけど、あの町の人は、もうずっと、あの瘴気の中で暮らしているんだ。

具合が悪くなったりは、しないんだろうか。

いや、具合が悪くなったりは、もうしているんだ。

この冬、病気が流行ったり、作物がとれなくて大変だった、って。

そんなことを言ってたじゃないか。


なんとか、ならないものかな。

あそこにはピサンリの知り合いもいるって言ってたけど。

その人たちは、無事に暮らしているのかな。


「ほう?

 ほう!

 ほっ!ほう!!」


と、突然、アルテミシアの叫び声がして、僕は我に返った。


「どうしたの?」


アルテミシアはさっきから僕が番をしていたお鍋をかき混ぜながら、ほう!ほう!と繰り返していた。


「これはすごいぞ。

 こんな金色のは初めて見た。

 君はいったい何をしたんだ?」


アルテミシアは柄杓で鍋の中身をすくって僕のほうへ差し出してみせた。


「何、って…僕は、何も…」


確かに、その柄杓の中には、金色のどろっとした液体が入っていた。

だけど、僕は特別何をしたわけでもないから、ただ首を傾げていただけだった。


「…これは、いったい、何の効果だろうな…」


アルテミシアは液体を匙にとって少し味見をしてから、ふぅう!と叫んだ。


「こりゃすごい!

 これなら、いけそうだ。」


「…なんか、すごい薬ができたの?」


アルテミシアがあんまり嬉しそうだから、僕もちょっと嬉しくなった。

すると、その僕の目の前に、ずいっと匙が差し出された。


「君も味見してみろ。」


「…いただきます…」


なんの薬なんだろ、ってちょっと思ったけど、アルテミシアの作るものに悪いものはないだろうと思って、僕は恐る恐る匙を口にくわえた。


「う、ん…?う、うへえ。」


これは、不味い!


「あはははは。

 良薬口に苦し、って言うだろう?」


アルテミシアは明るく笑っていたけど。

苦い、というか、不味い、っていうか、とにかく、変な味!


「よしっと。

 じゃあ、次だな。」


アルテミシアは上機嫌で薬の鍋を火から下ろすと、次の草を刻み始めている。


僕はため息を吐いて、気分治しにまた土笛を吹き始めた。


「え?

 ちょ、え?」


けど、またアルテミシアの妙な声に引き戻された。


「どうしたの?」


「そうか。

 君の笛か。」


僕らは同時にそう言っていた。


「僕の笛が、どうかした?」


僕は首を傾げた。

アルテミシアもちょっと首を傾げた。


「うーん…よく分からないんだけど…

 君の笛が鳴っていると、薬草たちの効果が上るんだ。」


「薬草たちの効果?」


「多分、君の笛の音には、そういう力があるんだな。」


「うそ…そんな力、あったことないよ?」


この笛とはもうずっとずっと一緒だけど、そんな力を発揮したことなんか一度もなかった。


「気のせいじゃない?」


「いや。気のせいじゃない。

 今確かに、あたしの目の前で起きたことだからな。」


アルテミシアは刻んでいた薬草をこっちへ見せた。

確かに、さっきまで緑色だったはずなのに、奇妙な金色の光がそこから溢れていた。


「アルテミシアの腕が上ったんじゃないの?」


「あたしは、何も特別なことはしていないさ。」


「僕だって、何も特別なことはしてないよ。」


僕らは目を合わせて、それから、同時に笑い出した。


「まあ、いいやあ。どっちだって。

 とにかく、これなら、きっと、役に立つ。」


アルテミシアはものすごく嬉しそうだ。

僕も、どっちだって、まあ、いいやあ、と思った。


その日は一日、盗賊に襲われることもなく、無事に過ごせた。

夕方、ルクスとピサンリはくたくたになって戻ってきた。


帰ってきたふたりに、アルテミシアは、あの金色の液体を盃に入れてそれぞれに手渡した。


「なんだ、これ?」


ルクスは液体の臭いをちょっと嗅いで、思い切り嫌そうな顔をした。

あ、しまった、僕も、飲む前に臭いを嗅いだらよかった、って、ちょっと思った。


「いいからいいから。飲んでみな?」


アルテミシアはにこにこと掌を差し出してみせる。

ピサンリのほうが先に、くいっと盃をあおった。


「う、ぐへっ、!!!!!!!」


平原の言葉だったけど、なんとなく、叫んでいる内容は分かる。

不味い!って言ったんだ、あれ。


ルクスはますます嫌な顔をした。

そのルクスに、アルテミシアが詰め寄った。


「いいから、飲みな。

 あたしの作った薬をよもや、捨てる、なんて、しないよね?」


ルクスはこそっと盃をさかさまにしようとしてたんだけど、慌てて、自分の唇に当てた。


「うっ。ぐはっ。なんじゃこりゃ!!!」


……そこまで、不味かったっけ?


「瘴気の中和薬だよ。

 不味く感じるってことは、それだけ瘴気の影響を濃く受けてるってことだ。」


アルテミシアは真面目な顔をして言った。


「…そんなもん、作ってたのか…?」


ルクスは真面目な顔に戻ってアルテミシアをしげしげと見つめた。

アルテミシアは、ふふん、とちょっと得意気に笑った。


「だけど、これだけじゃないさ。」


そう言うとルクスのポケットに手を突っ込んで、エエルの塊を勝手に取った。


「おい、ちょっ、何をする?」


「いいから、見てな?」


アルテミシアはそう言うと、いきなりエエルの塊で綺麗な紋章を描き始めた









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