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その夜のことだった。
がらんがらんというけたたましい音に、僕は飛び起きた。
お天気もいいし、馬車やテントは暑いし、僕ら全員、地面に敷物を敷いて直に寝ていた。
焚火はいつの間にか消えていたけど、月明りがあって、辺りの様子は見えていた。
見ると、音に驚いたように立ち竦む数人の人影があった。
僕以外の三人は、僕より早く起きて、一斉に人影のほうを睨んでいた。
ピサンリは鍋の柄杓を武器みたいに両手に構えていた。
「ていっ!」
奇妙な気合の声と同時に、ピサンリの姿はそこから消え失せた。
と思ったら、こんっ、こんっ、こんっ、と小気味いい音がして、ぐえっ、ぐはっ、と悲鳴が上がった。
何が起きたんだ?
わけも分からずぼんやり見ている僕の目の前で、人影は腕やら足やら腰やらを抑えながら、ほうほうの体で逃げていく。
ふっふっふっふっふ。
ピサンリは伝説の剣のように柄杓を掲げると、僕らのほうを振り返って、高らかに宣言した。
「盗賊共は、追っ払ったぞ!」
あ。
あれ、盗賊だったんだ。
今頃になって、ようやく僕は事態を理解していた。
「お見事~…」
アルテミシアが、淡々と手を叩く。
ルクスは盗賊たちの去って行ったほうをじっと睨んでいた。
「あやつら、昼間、わしらの馬車をじーっと見ておったからな。
賢者様の真似をして、罠を仕掛けて置いたのじゃ。」
「まあ、あの罠なら、怪我しなくてよかったね。」
鳴子っていうのかな。
すごい大きな音がして、盗賊も驚いたみたいだった。
こつん、こつん、と柄杓で殴られてたけど、あれもまあ、大怪我にはならないかな。
そもそも泥棒に来るほうが悪いんだし。
「ピサンリって、腕に覚えのある人、だったんだ?」
「こう見えて、わしもひとりで、生まれ故郷の街からここまで旅をしてきた者じゃからな。
身を護る術くらいは心得ておりますわい。」
ピサンリは柄杓をくるくると回すと、ふんっ、とポーズをとって見せた。
うわー、すごい、器用だー。
僕は思わず拍手していた。
「あの程度で撃退できる盗賊でよかったけどな。」
ルクスはちょっとため息を吐いて言った。
「もっとも、俺たちの悪い噂のおかげで、盗賊もびびってたかもしれんな。」
「悪い噂?」
「確か、口から火を噴いて焼き殺す、とか言ってたかな。」
アルテミシアもそう言った。
「え?誰が?」
思わず聞き返してから、ルクスの顔を見て、口から火を噴くところを想像してしまった。
「まさか、そんな、怪物じゃあるまいし…」
「…聞こえておったのかの?」
ピサンリはちょっと気まずそうに上目遣いでルクスとアルテミシアを順番に見た。
ふたりとも苦笑いをして頷いた。
「馬車のなかにまで聞こえるくらい大きな声のやつが結構いたよな。」
「あんまり想像力豊かだから、思わず感心したのもあったな。」
「半分くらいは面白がって言うとるんじゃ。」
ピサンリはちょっと情けない顔をしたけど、ルクスはけろっと笑い飛ばした。
「まあ、その噂のおかげでびびってくれるんなら、いいかって思ったけどな。」
そっか。
昼間、あの町のなかを馬車で移動してたとき、ルクスとアルテミシアは外の人たちの話し声を聞いてたんだ。
僕は何を言っているか分からなくて、ただ、ぼんやりしてただけだったけど。
「しっかし、盗賊の心配をしないといけないようになるとはねえ。」
アルテミシアは馬車を見上げて、ちょっとしみじみ言った。
森には盗賊なんていなかったし、一応、その言葉くらいは知ってるけど、遠い国の話しにしか、正直、僕ら思ってなかった。
ルクスもちょっと下をむいて、そうだな、と呟いた。
「おい、ピサンリ。
お前、あの町に信用できるやつって、いるか?」
突然、何を言い出すのか、ルクスはピサンリにそう尋ねた。
「信用できるやつ、かの?
それだったら、何人か心当たりはあるが…」
ピサンリは考えるように首を傾げた。
「じゃ、明日、そいつに俺を会わせてくれ。
おい。明日、俺はピサンリと二人、町へ行ってくる。
お前らは、ここで留守番していろ。」
ルクスはアルテミシアと僕を見て言った。
「留守番?
でも、もしまた盗賊が来たら…」
ピサンリもルクスもいなかったらちょっと怖いな、って思った。
「大丈夫。
あたしだって、狩りくらいはやったことある。」
アルテミシアはにこっと頷いた。
え?狩り?
今、狩りって、言った?
「…ひ…人、だよね…?」
盗賊だってさ。
「大丈夫。急所には当てない。
撃退すればいいんだろ?」
アルテミシアは馬車のなかから小型の弓を取り出してきた。
そうだった。アルテミシアは弓の名手なんだ。
いつも狩りはルクスがやってくれるから、アルテミシアは滅多に弓を使わないんだけど。
実は、落ちてくる葉っぱを連続で十枚射抜けるくらい、弓は上手い。
「君ひとりくらいは護ってやるから安心しろ。」
……いや、それ、なんか、本当は、僕のほうが、アルテミシアに言いたい。
けど、僕は、得物は全部ダメで…、もちろん、素手だともっとダメで…、そもそもお肉は苦手だから狩りをする必要性も感じなかったし…そんなこんなで、なんか、すいません。
「アルテミシアは本気になったら、俺より強いからな。」
ルクスはにっこり笑ってダメ押しをしてくれた。
「おう。任せとけ。」
アルテミシアは僕の背中をばしっと叩く。
僕は、小さくけほけほとむせてしまった。




