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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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旅立ちの朝は、村人が全員で見送りに来てくれた。

ルクスのこと敬遠してた人たちも、みんな来てくれて、なんだかちょっと嬉しかった。


僕らのために、村の人たちは、新しい馬車を一台、用意してくれた。

この間の冬至祭りに飾った木をまるまる一本、このために使ってしまったようだった。

そんな大事なものを僕らのために使ってもらって、僕らはすごく恐縮したんだけど、村長さんは笑って首を振った。


「これはきっと皆さんのお役に立つことでしょう。」


村長さんはそう言って、ピカピカの馬車をお披露目した。

大急ぎで作らなくちゃならなかったから、村中の人、総出で作ってくれたらしかった。

あちこちに動物や花の彫刻も施してある、素敵な馬車だった。


「賢者様は、この村に幸せをもたらしてくださいました。

 賢者様の行く道に、我らの思いが少しでもお役に立ちますように。」


その村長さんの言葉は、僕らの族長の祝福にも、どこか似てる気がした。


馬車につける馬は、ルクスとすっかり仲良くなって、相棒、と呼んでいた馬をもらった。

村で一番足の速い、立派な馬だ。

馬を世話していたのは、ルクスのことをすごく気に入っていた人だった。

彼はルクスの肩をしっかり抱いて、ぼろぼろ泣きながら、何度も何度も、その背中を叩いていた。


ルクスは平原の民の言葉で話しかけて、それから、ひとつうなずいてにこっと笑った。

すると相手は、もっとぼろぼろに泣いて、ルクスにしがみついた。


「これからはこの馬が、賢者様にどこまでもついて行きましょう…

 しかし、わしは馬がうらやましい。わしも馬になって賢者様とご一緒したい。

 そうはいかんから、馬にわしの心を預けます。

 そう言うておる。」


ピサンリはこっそり僕に通訳してくれた。


村の人たちはそれぞれ手に保存食や防寒着や、旅に役立ちそうな物を、いろいろと抱えてきていた。

そしてそれを次々に馬車へと積み込んでくれた。

あっという間に馬車は荷物でいっぱいになった。


「あたしたちの旅は、あまり荷物は持たないんだけどね?」


アルテミシアはちょっと困ったように僕にそう耳打ちした。

僕は、あの郷の民の出立を思い出した。

本当に必要最低限のものだけ、ひとりひとり背中に背負って、持ちきれないものは全部、置いていった。

保存食と言えば、小さくて軽いレンバスだけだし、着る物も、今着ている物以上は持たない。

せいぜい、すっぽりからだを覆うマントを着るくらいだった。

今は、着替えに寝袋、料理の道具まで、馬車にぎっしり積んであった。


「でも、これは、ここの人たちの優しい気持ちだから。」


「そうだね。」


アルテミシアだってそれはすっごくそう思っていただろう。


アルテミシアは出発の前に、自分の作っていた保存食を全部、村の人たちに配ってしまった。

いろんなことを教えてくれた、いろいろとお世話になったお礼だ、って言って、一軒一軒、持って行った。

昨夜はすっかり空っぽになった貯蔵庫を見て、ちょっと満足げに頷いてたんだけど。

今朝になって、村の人たちがお返しだって持ってきてくれた保存食は、多分、アルテミシアがあげたより、もっと多かった。


「賢者様のくださった物は、からだによいお薬になるものばかり。

 大切に食べます、と言うておる。」


またまた、ピサンリが通訳してくれた。

アルテミシアは、村流の保存食に、あれこれ薬草を混ぜてみたらしい。

せっかく美味しいものが、薬臭くなって、僕は、うへって思ったんだけど。

村の人には喜ばれてたみたい。


「お館の薬草畑は、わたしたちが、ちゃんとお世話いたしますから、どうかご安心ください。」


村長さんは僕にむかってそう言ってお辞儀してくれた。

自分が話しかけられるとは思ってなかった僕は、ちょっとぎょっとして、不格好にお辞儀を返した。


「あ、あの、えと、よろしく、お願いします。」


ずーっと、平原の言葉に囲まれてたところに、ふいに分かる言葉で言われて、びっくりしたんだ。


ピサンリが御者台に座って、僕ら三人は歩いて馬車について行く。

荷物がいっぱいで、馬車にはもう乗るところはなかった。

だけど、そもそも僕ら、荷物は背負って歩いて行くつもりだったし。

手ぶらで歩けるだけ、楽になったというものだ。


もっとずっと後になって。

僕らの辿った道は、歴史という名前がついて、子どもが学校で習ったりもするようにもなるんだけど。

その初めの章は、大抵、この日の村からの出立のところから、始まっている。

その前の、笛を失くして仲間に置いて行かれた辺りは、賢者様の物語にしては、ちょっと格好悪い、とでも思われたのか、あまり知られてはいない。


森の賢者は、どこからともなくやってきて、森に一番近い村にしばらく滞在し、村に井戸を作ったり、畑に助言をしたりした。

そのおかげで、村の暮らしはずいぶんよくなった。

村人は、賢者に村の長になってくれと言って引き留めたけれど、賢者はそれを断って、次の村へと旅立っていった。

そこで、村人は、賢者のために馬車を作り、精一杯の気持ちと一緒に送り出した。


僕らが村で過ごした約一年は、こんなふうな文章になって、子どもたちは、それを覚えさせられたりするんだ。






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