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雪に埋まった平原は、想像以上に恐ろしい場所だった。
ルクスたちの捜索に行ったのは、アルテミシアや僕を入れて、十人。
選ばれたのは、村の中でも体力自慢の人たちばかりだ。
僕らはからだをロープで繋いで、一列になって、雪の平原を進んだ。
吹雪の平原は、四方八方から雪が吹き付けていた。
地面に落ちた雪も、風に舞い上げられて、また吹き付けてくる。
頼りになるはずの星や月も、まったく見えなかった。
方角も分からないし、それどころか、そのうちに、どっちから来てどっちへ進んでいたのかすら、分からなくなった。
左右どころか、上下でさえも、分からなくなりそうだった。
それでも、先頭を歩く村人は、どっしりと安定した歩みを進めていた。
彼にだけは、方角もちゃんと分かっているようだった。
目印になる岩々も、雪をかぶって、すっかり姿を変えていたけれど。
それでさえ、彼にとっては、じゅうぶんに目印になるものらしかった。
着実にゆっくりと、僕らは雪のなかを進んだ。
吹雪は恐ろしかったけれど、村人たちと一緒にいることは、とても心強かった。
温かい暖炉に守られた村の館に、一刻も早く、ルクスたちを連れ戻してあげたかった。
森にだって雪は降るけれど、森ごと埋まって、こんなふうに一面、どっちをむいても真っ白の何もない世界になったことはない。
ルクスはさぞかし恐ろしい思いをしているんじゃないかと、とても心配だった。
僕らは歩きながら、口々に、ルクスや、ルクスと一緒に行った人たちの名前を叫んだ。
僕はピサンリとルクスの名前を交互に叫んだ。
風の音に僕らの声は消されてしまいそうだと思ったけど。
むしろ、風が僕らの声を運んでくれるかもしれない、とも思った。
今回、ピサンリが一緒にいてラッキーだった、と村人は言っていた。
森が大好きなピサンリは、これまでにも何度も森へ行っている。
前にも一度、真冬に雪に閉ざされたときに行ったこともあるから、と。
そのとき、帰れなくなったピサンリは、雪の中に穴を掘って風を避けながら、三日間、雪を食べて凌いでいたらしい。
どんな困難な状況でも諦めない。
しぶといのが平原の民のいいところだ、と村人は言って、豪快に笑った。
村人のなかには犬を連れている人もいた。
犬は匂いで探すことができるらしい。
この雪のなかで、匂いなんてするのかなとも思ったけど。
前に、雪の穴にいたピサンリを見つけたのも、この犬だったそうだ。
真っ白い息を吐きながら迷いのない足取りで歩いていく犬を見ていると、なんだかすっごく頼りになりそうだと思った。
雪の中は足を取られてとても歩きにくかった。
それでも、村の人たちに励まされて、僕らは歩き続けた。
もう、どのくらい歩いたのか分からない。
あまり話していると、体力を消耗しそうで、途中から、僕らはみんな、無口になっていった。
ただ、ときどき、誰かが、ルクスや、他の人たちの名前を呼んでいた。
すると、次第に風が止み、吹き付ける雪もマシになっていった。
吹雪は峠を越えたらしい、と誰かが言った。
みるみるうちに雲が吹き払われて、明るい月が顔を出した。
すると、月明りが一面の雪に反射して、辺りは眩しいほどの銀色の世界になった。
僕は息を呑んで、その光景を見回していた。
こんな景色を見たのは初めてだった。
その一面の白のなかに、ぽつり、とひとつ、赤い光が見えた。
「ルクス!!ルクス!!!ルークースーーー!!!」
アルテミシアも、僕と同時に、その光を見つけていた。
光にむかって、アルテミシアは、何度も何度もルクスの名前を呼んだ。
すると、光のほうからも、声が聞こえてきた。
「…ル……シア…」
「ルクス!」
間違いなかった。
アルテミシアはもう周りも見えていないように駆けだした。
つられて僕らも一緒に駆けだした。
ルクスは手に赤い火を灯しながら、雪原を馬に乗って走っていた。
その姿は、みるみるうちに近づいてくると、いきなり馬から飛び降りて、こっちに駆け寄ってきた。
「ごめん。
心配かけた。」
ルクスはそう言うと、アルテミシアと僕とを一緒くたにして、ぎゅっと抱きしめた。
ルクスの匂いが鼻のなかにいっぱいになって、僕は、すごくほっとした。
ルクスは、村人たちにむかっても、平原の言葉で何か言った。
それを聞いた村人たちは、全員、あちこち叩きながら歓声を上げた。
「他の連中も皆、無事だ。
この先の雪洞に避難している。
吹雪がひどくなる前に、そうしたほうがいい、ってピサンリが言って。
大急ぎで雪洞を掘ったんだ。」
やっぱり、ピサンリが一緒にいてくれたのがよかったようだった。
「少し風が収まったから、今のうちに様子を見に行くと言って、出てきたんだ。」
「あの…、さっき手に点けてた、赤い火…」
僕はルクスの手を指さして言った。
「ああ、あれか?
目印になっていいんじゃないかって思ってさ。」
ルクスはこともなげに言って笑った。
「あれって、ピサンリの赤い炎?」
「を、ちょっと改良してみた。
あれは熱くはないんだ。光るだけ。」
ルクスはそう言いながら、もう一度、掌に光を灯してみせた。
「何度も赤い炎をやってるうちにさ、これいろいろといじったら、違う術もできんじゃねえかと思ってさ。
雪の中だといい目印になるだろ?」
僕はルクスに尊敬の眼差しをむけた。
「すごいね。ルクス。
術を習得するだけじゃなくて、違う術まで編み出すなんて。」
「編み出した、まではいかないかな。
ちょっとした応用に過ぎないよ。
俺、あの魔導書を読み込んでいたからね。」
「まどうしょ?」
「ああ、例の本だよ。
あれには、紋章の絵がたくさん載ってただろ?
紋章ってのには、規則性があって、それを理解してしまえば、多少の応用は効くんだよ。」
……
僕にはちょっと、ルクスの言ってることは、よく分からなかったけど。
ルクスはすごい、ということはよく分かった気がした。
「そんなことより、皆のところに案内するから。
ついてきてくれ。」
ルクスはそう言うと、馬の手綱を取って歩き始めた。
僕らもそれについて歩き始めた。
どこまでも真っ白い平原をルクスは迷いのない足取りで歩いていた。




