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術を発動させるには、エエルの塊で紋章を描かなくちゃいけない。
エエルの塊はひとつしかないから、術を使えるのも、ひとりずつだ。
最初、ピサンリは、全部、自分ひとりでやろうとしていたんだけど。
何人かが術を習得して、交代で森へ行くほうがいいのではないかということになって。
それで、志願者が何人か、術を習うことになった。
ルクスもそのひとりだった。
ピサンリは、僕には絶対にダメだと言って、教えてくれようとしなかった。
アルテミシアは、自分から、気が進まない、と言って、習おうとしなかった。
そうしてみんな、習い始めたんだけど。
これが、なかなかに、大変だった。
とにかく、紋章が複雑怪奇で、覚えられない。
ほんの一瞬でも、途中で手を止めれば、そこまで描いたところ全部、するすると消えてしまう。
滞りなく手を動かすためにも、紋章の形を完璧に覚えてしまわないといけないんだけど。
皆、それに、四苦八苦していた。
脈絡のない迷路みたいな図を、なにもない宙に描くんだ。
ほんの少しでも間違えたら、術はちゃんと発動しない。
というか、下手をすると、爆発したり、水が出たり、まったく違う術が発動したりもする。
最初、みんなは、地面に棒を使って紋章を描く練習をしたんだけど。
その時点で、ほとんどの人は脱落した。
それから、いよいよエエルの塊を使って描いてみたけれど。
結局、最後まで習得したのは、ルクスだけだった。
そのくらい、難しいんだ。
ルクスと言えば、小さいころから、いずれうちの郷の族長になるだろうって言われていた。
これが、族長たちの使う秘術ならば、ルクスには、じゅうぶんにその素質もあったのかもしれない。
なんなく術を習得したルクスは、どこか誇らし気に見えた。
僕はそんなルクスを本当に立派だと思っていた。
ふたりが術を使えるのだから、ピサンリとルクス、ふたりは交代で白枯病の森へ行くんだろうと思っていた。
けど、実際には、ルクスは毎回、休みなく、白枯病の森へ行った。
ピサンリはルクスに休むように言ったんだけど。
ルクスは笑って、これは俺の役目だから、と言い張った。
それに、村の人たちも、なんとなく、ルクスがいると、安心みたいだった。
赤い炎を使うルクスは、皆から、赤の賢者様、と呼ばれて、信頼の目をむけられるようになっていた。
森の白枯病を根絶するためには、何度も何度も、森へ行かなくちゃならなかった。
僕も一緒に行きたいって言ったけど、ルクスもピサンリも、それはダメだと言って、連れて行ってくれなかった。
前のときみたいに、大勢で馬車で移動するのではなくて、少人数が馬で移動する。
アルテミシアも僕も、馬に乗れなかったから、一緒に森には行けなかった。
確かに、僕はルクスやピサンリにとっては、足手まといにしかなれないのかもしれない。
そう思うと、僕も、無理やりにでも、ついて行きたいとは言えなかった。
次第に冬の気配が濃くなり、雪が降り始めた。
雪が積もる前に、と言って、ルクスは森へ行く頻度が上っていった。
ピサンリや村の人たちに聞いた話だと、あと少しで、白枯病の森はなくなるらしかった。
だけど、ここのところ、ルクスは、森へ行きっぱなしで、戻ってもまたすぐに森へと出かけていく。
ほとんど休息らしい休息を取っていなくて、僕はそれが心配だった。
けど、それを言ってみても、俺は丈夫だから、問題ない、と返されるばかりだった。
アルテミシアも、ルクスのことは心配していた。
だけど、言ったところで、聞きゃしないよ、と笑っていた。
ただ、ルクスが森へ行くと、毎日、たくさん、料理を作った。
今日、ルクスが帰ってくるかどうか分からなくても、毎日、作り続けていた。
その日も、ルクスは森へ行っていた。
今回はピサンリも一緒に行っていた。
白枯病の森は、あともう一か所で、最後らしかった。
これが終われば、あとはもう、冬の間、ずっとルクスは館にいるに違いない。
そう考ると、なんだか少し、嬉しいようなほっとするような気持ちだった。
アルテミシアも同じことを考えていたのかもしれない。
今日の夕飯は、いつにもまして、すごいご馳走だった。
昼過ぎから、吹雪だして、みるみるうちに、真っ白い雪が積もった。
この雪じゃ、馬も足を取られて、走りにくいかもしれない。
アルテミシアと僕は、窓の外を見ながら、そんなことを話していた。
ルクスはいつも、だいたい、三日くらいで戻っていた。
今回も、もうそろそろ、戻ってくるはずだった。
いつもなら、夕飯には間に合うくらいに帰ってくるんだけど。
今日は少し遅くなるかな、くらいには思っていた。
けれど。
待っても待っても、帰ってこない。
アルテミシアは、スープを何回も温め直したけれど。
そのうち煮詰まって、味が濃くなってしまったけど、それでも、ルクスは帰ってこない。
ルクスの好物の焼いた肉は冷えて固くなり、僕の好物のサラダも干からびてしまった。
それでも、ルクスたち一隊の戻ったという報せはこなかった。
真夜中過ぎに、村長さんは一団を伴ってやってきた。
どうやら、ルクスたちは、この雪で、道に迷ってしまったのかもしれない。
これから探しに行こう、ということらしかった。
アルテミシアは、もちろん、行くと言った。
僕だって、もちろん、一緒に行くと言った。
今回は、誰も、僕らに、足手まといだからついてくるな、とは言わなかった。




