表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/237

36

気が付くと、馬車のなかで揺られていた。

からだを起こすと、御者台のほうから、ピサンリがのんびり言うのが聞こえた。


「もう少し、横になっておるとええ。

 このまま夜通し走って、村に戻るそうじゃから。」


すっかりお天気はよくなっていて、金色のお日様が眩しい。

辺りは夕方の景色だった。

思ったより時間は経ってなかったのかな。


「昨日は大変じゃったのう。

 お前様、あれから丸一日、目を覚まさなかったのよ。」


のんびり言うピサンリに、僕はちょっと目を丸くした。

丸一日?

って、今はもう、あれから一日、経ってるってこと?


「昨日は皆、疲れ果てておって。

 馬車に戻って、保存食だけ食べて休んだのよ。

 今朝早く、森を出発したんじゃが。

 お前様は、その間ずぅっと眠ったきりよ。」


そうだったんだ。


「その。ごめん。迷惑、かけた。」


「なんのなんの。お前様は鶏がらみたいに軽いから、運ぶのも造作ない。

 しかし、丸一日眠っておったからの。

 腹、減っとらんか?」


そう言いながら、ピサンリは、干し芋の入った袋を投げて寄越した。


「水は、ほれ、そこの皮袋にある。

 お茶を淹れることはできんが、あの森の水じゃもの。

 きっと、お前様のからだも、楽にしてくれようよ。」


僕はお礼を言って、皮袋の水を少し飲んだ。

それから、干し芋を取り出して、端っこをちょっと齧った。


「今はそれで我慢しなされ。

 村へ戻ったら、上手い飯を作ってやろう。」


うん、と僕は黙ったまま頷いた。


お腹はあまりすいていなかった。

けれど、何か、温かいものがほしいとも思った。


胸のずんと奥のほうに、なにか、重たい塊を感じる。

それは、あの森にいたときから、ずっと感じていたものだった。


「食べたら、もう少し眠るとええ。

 辛いときは、とにかく眠ってやり過ごすのよ。」


眠くはないんだけど。

そう思いながらも横になる。

座っているよりは楽だった。


「そうそう。お祭りの木も一本、いただいてきたぞ?」


ピサンリはひとりでしゃべり続けた。


「先頭の馬車に載せてある。

 帰ったら、急いで冬至祭りの支度じゃ。」


冬至祭りかあ。

僕は去年の冬至祭りを思い出した。

まだ、僕らは郷にいて。

郷のみんなも、そこにいた。


「灯を、灯すんだ。」


僕はぼそっと言った。

ほう、とピサンリの言うのが聞こえた。


「僕らのお祭りはね。

 森じゅうの木に、明りを灯すんだよ。」


「それは、綺麗じゃろうなあ。」


ピサンリはのんびりと言った。


「森の民の祭りを見てみたいのう。

 いつかまた、森に森の民は帰ってくるじゃろうか。」


「…どうかな…」


彼の地へ旅立った森の民は、もう帰ってこない。

僕らの間じゃ、そう言われていた。


「今年の祭りの木は、賢者様方に、森の民風の飾り付けをしてもらいますかのう?」


「森の民風って、取り立てて、特別なことはなにもないよ。

 ただ、明りを灯すだけだから。」


燭台を取り付けておいて。あとは、日没と同時にそこへ灯をつけていく。

飾り付けなんて、ただ、それだけなんだ。


「ほう。

 それならば、平原の祭り風をみなさんに見ていただくとしましょうかのう。

 わしらのは、小さな木彫りや、色とりどりの糸で作った花を、たくさんたくさん、飾り付けるのじゃよ。

 それから、家の中にものう。

 草を編んで動物の形にしたり…小枝や草を使って、小さな森を再現したり…」


「なんか、そっちのほうが、楽しそうだね?」


「そうですかのう?

 そんなことを言われたら、わし、張り切ってしまいますのう。」


ピサンリは、あはは、と笑った。

その笑い声を聞いていたら、ほんのちょっとだけ、からだが楽になった。


「祭りはいいのう。

 ご馳走も、今年は一段と腕によりをかけて作ろうかのう。

 しかし、村じゅうのみなが、賢者様方に食べていただきたいと、それぞれの得意料理を持ってくるじゃろうから。

 賢者様、今から少しからだを鍛えて、たくさん食べられるようにしとかんといかんぞい。」


「たくさん食べるのに、からだを鍛えないといけないの?」


妙なことを言うなあと僕はピサンリを見た。

ピサンリは、はは、と軽く笑った。


「お前様はそんなひょろひょろで、食事もほんのぽっちりしか食べられんからの。」


「僕、べつに、そんなにひょろひょろでも、食べないわけでもないよ?」


そりゃ、ルクスは僕よりよく食べるけどさ。

平原の民は、もっともっと食べるけどさ。

僕のこれは、普通、だよ。


「郷のお年よりは、もっと食べないし。

 何日も水しか飲まない人だっているんだから。」


「そういえば、じいさまも、そうじゃったのう。

 もっともあのお人は、水ではなくて、酒ばかり飲んでおった。」


「…それ、なんか、からだに悪そう…」


「わしも、そう思うての。

 あれこれと、じいさまの好物をこしらえては、持って行ったのじゃが。

 いっつも、ほんのぽっちりだけ食べて、あとはわしに食えと言う。

 本当に、困ったお人じゃったのう。」


ピサンリは本当に困ってる風はなくて、どこか懐かしそうに、ふふ、と笑った。


「お前様を見ていると、ときどき、じいさまを思い出すのよ。

 森の民だということ以外は、取り立ててどこも似ておらんのじゃが。

 なんじゃろう、放っておけん感じというかの。」


「それって、世話が焼ける、とか、そういうこと?」


「世話が焼ける?

 ふむ。そうじゃのう。」


ピサンリはまた、あははと笑った。


「わしは、存外、世話好きなんじゃろうの。

 じいさまも、お前様も、世話を焼いていても、いっこうに苦にならん。

 むしろ、もっともっと、何かしてやりたい、と、思いますのう。」


あははは、と僕はちょっと苦笑した。

なんだか、お世話をされてるのも、申し訳ないんだけど。


「気にせんでええ。

 もっと、お世話させてくだされ。

 わしは喜んでやっておりますのじゃ。」


と…、そう、言われましても…


ピサンリは僕の気持ちを軽くしようとして、こんなふうに言ってくれてるのかもしれないな。

僕、やっぱり、もうちょっと、しっかりしないと。


「もうちょっとしっかりしよう、なんて思わんでええ。

 お前様は、じゅうぶんに、ようやっておられるよ。」


まるで、心の中を読んだみたいにピサンリにそう言われて、僕はびっくりした。

それから、あはは、とさっきよりちょっと普通に笑えた。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ