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そのままブブは楽しそうに木の周りを飛び始めた。
木もからだをゆらして、ブブと遊んでいる。
ふたりの笑い声は混じり合って、楽しい合唱になった。
「どうした?
君たちは、一体誰と話しているんだ?」
アルテミシアは、きょろきょろと辺りを見回してそう尋ねた。
「え?誰、って。アニマの木の精霊、かな?」
この光の人、多分、そうだと思うんだけど。
「アニマの木の精霊?
今、それは、ここにいるのか?」
「…うん。」
そっか、アルテミシアには、アニマの木の精霊は見えてないんだ。
「この間も、そうだったんだ。
突然、ブブは笑い出して、楽しそうにその辺を飛び始めた。」
アルテミシアは思い出したみたいに言った。
そうか。
そのとき一緒にいた人たちの中にも、アニマの木の精霊が見える人はいなかったのか。
アルテミシアは呆然と呟いた。
「単なる幼子の一人遊び、だと、思ってた。」
ブブは見た目が幼児だから、それも仕方ないかもしれない。
「ブブは、こんな見た目だけど、立派な一人前の使い魔なんだよ。」
僕もときどき忘れそうになるけどさ。
それから、はっと気づいた。
前に、ヘルバの家で見た本に書いてあったこと。
アニマの木には主が宿っていて、たくさんの清んだエエルを集めれば、その主を呼び出せる。
やっぱり、この光の人は、この木の主だ。
たくさんの清んだエエル。
確かに、ブブのもつエエルは、とても清んでいるし、ブブは精霊並にたくさんのエエルをもっている。
「あの。
もしかして、あなたは、この木の主ですか?」
後から思うと、ずいぶんまぬけなことを尋ねたもんだと思うんだけど。
もしかしなくても、そうに決まってるんだし。
わざわざそんなことを尋ねた僕に、アニマの木の主は、ええ、多分、と頷いた。
「と言っても確信はありません。
気付いたら、わたしはここにいました。
その前は、どこにいたのか。
いや、どこにもいなかったのか。
なにも、思い出せません。」
木の主は、大きなアニマの木を見上げて、そっとその幹に手を置いた。
「ただ、この木から、わたしは離れることはできません。
誰もいないとき、わたしはこの木と一体化して、そのままうつらうつらしています。
だから、わたしは、この木なんだと思います。」
この辺りがこんなふうに森になってから、まだ一年も経ってない、と聞いた。
つまりだから、このアニマの木も、生えてから、一年も経っていない、はずだ。
アニマの木の主の姿は、落ち着いた大人のようだ。
声や話し方は、僕らよりまだもう少し年上の人のように思える。
存在している長さと姿とは、必ずしも一致はしないけど。
いきなり存在の始めから、こんなふうな大人の姿になったりするものだろうか。
もし、ここで生まれたばかりの精霊なら、もう少し、幼い姿をしていそうにも思う。
もっとも、その辺り、僕は経験も知識も少ないし。
はっきりそうだ、と言い切る自信はないんだけど。
アニマの木は、これまでもいくつか見て来た。
だけど、木の主、に会ったのは、初めてだ。
アニマの木の主、というものは、いったいどういう存在なのか、僕も、よく知らない。
精霊、なんだろう、とは思うんだけど。
アマンから来たのか、それとも、元々この世界にいたものなのか。
木そのものが変化したものなのか、他の何かが、主になったのか。
それもよく分からない。
ただ、話しは通じそうだし、最大の難関だった、どうやって喚びだすのか、ってところは、計らずしも、難なくクリアしてしまった。
「ただね、わたしは、どうしてもここにいたい、そう思ってここにいる、のだと思います。」
アニマの木の主は、自分からそう言った。
「ここに、いたい?」
「ええ。
ここに、いたい。
この地を、護りたい。
そんな強い思いが、あるんです。
どうしてそう思うのかは、自分にも分からないのですが。」
この地を護りたい。
「確かに、この辺りに漂うエエルには、その思いを強く感じます。
食糧が豊富にあって、生きて行くのに困らないのは、そのエエルのおかげかもしれません。」
祝福というのはエエルの起こす魔法だ。
アルテミシアはそう言った。
だったら、この地はアニマの木の祝福のおかげで、これほどに豊かなのかもしれない。
エエルは強い意志に染まって、魔法を起こす。
だったら、この土地は、アニマの木の主の意志によって起こされた魔法で護られている、のかもしれない。
「あなたの意志が、ここを楽園にしているんです。」
木の主は、ほう、とため息のような声を吐いた。
「わたしは、ただここにいて、みなの幸せを祈るだけのものです。」
ただ、みなの幸せを祈る。
それこそが、この楽園を創り出す大きな魔法になるんだ。
ほかになにも望まない。
ただ純粋にそれだけを祈る気持ち。
アニマの木の主に会って僕はそんなことを思った。




