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翌朝、僕らは三人で出発した。
ルクスは今日も、話し合いの続きをするらしい。
ちゃんとごはんを食べてよく眠れたのか、今朝はすっかり元気になっていた。
アニマの木のところへ行く、って言ったら、そうか、とだけ返ってきた。
危ないから行くな、とか言われなくてよかった、って思った。
「昨日さ、君から聞いた話をしたんだ。
壁の正体は、残留思念に染まったエエルだ、って。
そしたら、ルクスは、それなら、みんなの強い意志を集めれば、きっとその壁は越えられる、って言いだしてさ。」
道々アルテミシアはそんな話しを始めた。
「そうなの?
その壁って、そうやったら乗り越えられるものなの?」
思わず聞き返した僕に、アルテミシアは苦笑を返した。
「どうかな。
やってみないと分からない、としか言いようがないんだけど。」
「だって、それって、その場に残ってる思い、なんだよね?
思い、には説得は効かないよね?」
たとえば、闇の塊、のような存在に対してなら、気持ちを尋ねたり、心残りを解決してあげることで、その柵を解くことは可能だ。
だけど、残留思念は、そこに残っている感情。
そう思ってる人はもうそこにはいないのに、ただ、思いだけ残っている。
それを、説得してどうこう、いや、そもそも、説得って、どうやってするんだ?
「ルクスは最初からずっと、ここには留まらずに、みんな一緒に進もう、って主張してるからね。」
そりゃルクスだものね。
やっぱり、壁に邪魔されて、その先へ進めない、なんてのは、受け容れられないんだろうね。
「昨日までは、壁のところは大回りして行けばいい、って言ってたんだ。
だけど、もしかしたら、その壁に打ち勝てるかもしれない、ってなったらさ。
なんとしても、みんなの力で乗り越えるんだ、ってね。」
ルクスらしいと言えばルクスらしいんだけど。
「だけど、ここに残りたい、って人たちも、けっこう、いるよね?」
「ルクスは、壁を破るには、なるべくたくさんの人たちの心をひとつにしなきゃ、って思っててさ。
みんなをなんとか説得しようとしてるんだ。」
「…それは、大変だ。」
「まあね。
さて、今日の話しは、どうなるのかな。」
アルテミシア、なんだかちょっと他人事みたい。
「ルクスのこと、心配じゃないの?
こっち来ちゃって、よかったのかな。
一緒にみんなのこと説得してあげる、とか…」
「あたしは、自分の意志で、ルクスについていく、って決めてるけど。
ルクスのこと、全部が全部、正しい、って信じてるわけじゃないし。
ルクスだって、間違ってることもある、と思ってる。
あたしは、ルクスと一緒に間違うのにも、意味はあると思うけど。
誰かに、そうしろと言うつもりはないな。」
アルテミシアは淡々と言って軽く肩をすくめた。
………。
アルテミシアも一緒になって説得すれば、もしかしたら、もっと大勢がルクスに賛成してくれるかもしれない。
そうなれば、反対だ、って人も、仕方ないな、って気になるかもしれないのに。
アルテミシアはそれはやらないって言うんだ。
黙ってたら、アルテミシアは、逆に僕に尋ねた。
「じゃあ、君は?
ルクスのために、皆を説得する?」
「それは、だって、僕は、残りたい人は残るのがいいと思うもの…」
「あたしだってそう思う。」
アルテミシアはにやって笑った。
「あたし自身はルクスと行くけどね。
もうどうしようもない行き止まりで立ち止まったら、首根っこひっ捕まえて、連れて戻るやつも必要だろ?」
ああ、そうか。そういうことなんだ。
なんか、すとん、と分かった気がした。
どこまでも、ルクスについて行く。
それは、アルテミシアの覚悟だ。
アルテミシアは、もう旅の最初から、ずっとその覚悟をもって、ルクスと一緒にいる。
ルクスの選ぶ道が、正しいかどうかじゃない。
もし、ルクスが間違うなら、一緒に間違う。
そして、引き返すときには、一緒に引き返す。
アルテミシアのそういうところ、僕は強さだと思う。
そんな強さは、僕にはなかったものだけれど。
ただ、この先は、僕も、ルクスと一緒に行こうと思っている。
もう二度と、ルクスひとりに、辛いことを背負わせはしない。
そう誓ったから。
だけど、ルクスと行くなら、闇の壁をどうにかするしかない。
どうにかなるのかな。
大回りか。
そっちのほうが、まだなんとかなりそうじゃない?
………。
朝早く出発して、お日様がちょうど一番高く上るころ、僕らはそのアニマの木に辿り着いた。
そこへ近付く前からもう、とてつもなく素晴らしい歌が、響き渡っていた。
そもそも、トゥーレの辺りは、前から精霊の歌がよく聞こえる場所だ。
この辺りの歌は、僕らの郷の歌とも、王都の精霊の歌とも違う。
独特な調子と音階の、少し不思議な歌だ。
どこかもの淋しい、それでいて、あたたかい。
泣きたくなるような、慰められているような、そんな気持ちになれる歌なんだ。
アニマの木は、それはそれは立派な木だった。
一年もたたずにこんなに立派な大きな木になるなんて、聞いたこともない。
それはつまり、この世界の普通、の範疇にあるものじゃない、ってことだ。
この木は、アマンに届いた根っこから、大量のエエルを吸い上げている。
それはこの木を大きく育て、それから、周りへ放出される。
これだけ大きな木なら、きっと、中にはアマンへと繋がる通路もあるに違いない。
たくさんの精霊が、この木の通路を渡って、こちら側へと来ているだろう。
精霊はいるだけでたくさんのエエルを周りに放出する存在だ。
この辺りの濃いエエルは、そんなふうにもたらされたものなんだ。
それにしても、この辺りに漂うエエルには、この地を護る意志、のようなものを感じる。
それはつまり、この木の意志、なのかもしれない。
「こんにちは!」
木に着いたブブは、いきなりそう、声をかけた。
いったい誰に話しかけたんだ?とちょっと驚く。
僕らに挨拶をしたわけじゃないのは確かだ。
すると、ゆっくりと木がからだを揺らし始めた。
ゆらゆら揺れる木漏れ日の光が、静かに人のような形にまとまっていく。
「こんにちは。」
人の形をした光は、落ち着いた声で、挨拶を返した。
「わ。」
驚いて僕が少し後退ると、ブブが隣でくすくす笑った。
「またきたよ。」
ブブは平然と光に話しかける。
「よくきたね。」
答えた光の声には、嬉しさみたいなものが混じっていた。
「ブブ、あるじさま、つれてきた。」
ブブは少し得意気に言った。
「君が主様か。
よくきたね。」
その声は僕らのことも歓迎してくれているみたいだった。




