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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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目が覚めたら、もう、夕方になっていた。

窓から差し込む日差しは傾いて、柔らかくなっている。

僕と同時に、ブブも目を覚ました。


アルテミシアもルクスも部屋にはいなかった。

僕はブブをだっこして、階下に下りていった。

食堂を覗くと、まだ人は大勢いて、けどみんな疲れた顔でぐったりしていた。

結局、あの話し合いは平行線のまま、まだ、続いているらしかった。

何人かは離脱したのか、人数は少し減っていた。

その場にいて、眠り込んでいる人もいた。


ルクスはその中心にいて、相変わらず難しい顔をしていた。

アルテミシアの姿はなかった。


僕は厨房を覗いてみた。

すると、そこには何人か人がいて、食事の支度をしていた。

アルテミシアもそこにいた。


「やあ。目が覚めたかい?」


アルテミシアは僕らに気づくと明るく笑ってみせた。

暗い顔をした食堂の人たちと違って、厨房にいる人たちは、みんな明るく元気に動いていた。


「アルテミシアは?ちゃんと眠ったの?」


僕は心配になって尋ねた。

僕の行ったときには、まだアルテミシアは来てなかったし。

目を覚ましたときにも、アルテミシアの姿はなかったから。


アルテミシアは、あはは、と笑って答えた。


「ちゃんと眠ったよ?

 だから、ほら、こんなに元気。」


確かに、顔色もいいし、声にはりもあって、元気そうに見えるけど。

アルテミシアはお芝居が上手だからな。

でも、何もかも疑ってかかるのも妙だし。

そんなことをぐるぐる考えていたら、目の前に、ほい、と小皿を差し出された。


「スープを作ったんだ。

 食べてみて。」


僕はお皿を受け取って、ブブに差し出す。

ブブは一口飲んでにっこりする。

ブブの残したのを僕も飲んだら、とても美味しいスープだった。


「これ、根っことお芋のスープだ。」


懐かしい、森の味だ。

いろんな種類の草の根っこと、それからお芋がたくさん入っている。

土の中で蓄えらえた栄養たっぷりのスープだった。


「ふふ。

 ここの周りってさ、食材の宝庫なんだよ。

 森の民の棲む森にだって、こんなにたくさんの食材のあるところはないよ。」


「アルテミシア様に食材になる植物をたくさん教えていただきました。」


アルテミシアの隣でお芋の皮をむいていたおばさんが言った。


「肉もね、アルテミシア様が、たくさん鳥を撃ってくださって。」


見ると、厨房の端に、羽をむしった鳥が何羽か置いてあった。


「今夜はご馳走にしましょう。」


それを聞いてブブは、わーい、と歓声を上げた。


「本当に、ここは楽園ですよ。」


竈からパンを取り出しながら、しみじみとおじさんが言った。

焼きたてのパンのいい香りが辺りに漂う。

ブブが鼻をひくひくさせる。

おじさんは、パンをひとつ取って、ブブの手に持たせてくれた。


ブブはあちあちと言いながら、パンにかぶりついている。

おいしー、と嬉しそうに叫ぶと、厨房にいた人たちみんなが笑った。


「おいしいものをお腹いっぱい食べれば、きっと、みんな、いい考えを思い付くよ。」


むこうで洗い物をしていたおばさんはそう言った。


ご馳走を山盛りにしたワゴンを、僕らは食堂へと運んだ。

ほかほかのできたてのご馳走の匂いに、難しい顔をしていた人たちは、いっせいにこっちを見た。


「ほらほら。

 ごはんだよ。

 場所をあけて。」


アルテミシアはそう言って食堂の中央に突き進むと、むっつり腕組みをしているルクスをぞんざいに押し退けた。


「今日はもう、たっぷり食べて、さっさと寝る。

 話し合いはまた明日。」


ルクスは最初ちょっとアルテミシアを睨むようにしたけど、すぐに、ふっと、力を抜いて、そうだな、と笑った。


「腹が減ってはなんとやら。

 とにかく、せっかく作ってくれたんだし、食うか。」


ルクスの一言が合図になって、みんな食事をする気になった。

大人の話し合いだから、と言って、部屋においやられていた子どもたちも集まってくる。

そのままなし崩しに、宴会になった。


アルテミシアはみんなのお皿に食べ物をとりわけたりして、せっせと働いている。

僕も精一杯それを手伝う。

ブブも、小さな手にお皿を持って運ぶのを手伝ってくれた。


お腹がいっぱいになると、難しい顔をしてにらみ合っていた人たちも、ふっと、力を抜けたみたい。

みんなやっぱり疲れていたのか、早々に部屋に帰っていった。


嵐のような食事が済んで、ほっとした僕らは、ゆっくりと自分たちの食事を始めた。

食事はたっぷりあったから、僕らの分もちゃんと残っていた。

ブブも、少し落ち着いたのか、ようやく僕から離れて、自分で好きなものを取って食べていた。


食べながら、僕は、アルテミシアに、昼間ブブに見せてもらった夢の話しをした。


「残留思念?」


その言葉にアルテミシアも驚いていたけれど、何か思い当たることもあるのか、うんうんと頷いた。


「エエルが人の感情の影響を受ける、というのは事実だ。

 そして、そのエエルによって増幅された感情に、人もまた飲まれるんだ。」


「そうなの?」


アルテミシアはもうとっくにそのことを知っていたらしい。


「君は誰よりそれを実践しているじゃないか。」


アルテミシアは僕を見て言った。


「君や、郷長のやっていた祝福。

 あれが、そうだ。

 君の送る祝福の思いに、周りのエエルは反応して、増幅する。

 エエルに増幅されたその思いは、辺りの人に伝わって、だからみな、幸せな気持ちになる。」


はあ。なるほど。


「祝福かあ。確かに。」


うなずく僕にアルテミシアは苦笑した。


「君は、負の感情を以って魔法を使わないからね。

 まあ、気付かないのか。」


「負の感情?

 僕にだって、そういう感情もあるよ?」


「ないとは言わない。

 けど、君の魔法の原動力は、いつも、慈しみだったり、優しさだったりするから。

 エエルは、人の感情を受けて、変化し、魔法を起こす。

 負の感情にも、そんなふうにエエルを動かす力はある、ということだな。」


…よく、分からない。


負の感情というのは、悲しい気持ちだったり、辛い気持ちだったり、そういうのを言うのでしょう?

怖い、というのも、負の感情だよね。

だとしたら、僕はしょっちゅう、怖い、って感じてる。


ただ、魔法を使うとき、僕は、怖い、って思って使ったことは、あんまりない、かもしれない。

アルテミシアの言っているのは、そういうことなんだろうか。


「しかし…そうか…だとしたら、魔法を使う者は…」


アルテミシアは、何か考え込んでしまったようだ。

その顔は、すっかり、研究院の所長に戻っていた。


僕はアルテミシアの思索の邪魔をしないように、黙って食事に集中した。


すると、少しして、アルテミシアのほうから、話しかけてきた。


「話しは変わるんだけどさ。

 この間、ブブに連れて行ってもらったアニマの木なんだけど。

 それはそれは、立派な木だった。

 あたしは、君みたいに、エエルに敏感じゃないんだけど。

 何かの道具や装置の力を借りなくても、あたしにも、そこから溢れるエエルを感じ取れるくらい。

 それはそれは、すごい木だった。」


多分、なんだけど、とアルテミシアは続けた。


「この恵みも、その木のお蔭なんじゃないかな。

 そうでなけりゃ、あんなにたくさんの食材が集まってるなんてこと、あり得ないと思うんだ。

 とにかくさ、あの木は、この村の人たちを護ろうとしているんじゃないかな。」


村を護るアニマの木、か。


「その木に、僕も、会ってみたいな。」


何気なく、そうつぶやいたときだった。


「あるじさま、き、あいたい?」


横からブブのそう言うのが聞こえた。

すっかりごはんに夢中になっていたから、好きにさせていたんだけど。

いつの間にか、隣に戻っていたらしい。


「ブブ、つれていく。」


「そうだな。ブブ、もう一度、あの木のところに案内してもらってもいいかな?」


アルテミシアに尋ねられて、ブブは、うん、と元気よく頷いた。


「けど、ブブ、大丈夫なの?

 その木は、境界の外にあるんだよね?」


境界の外には、ブブの怖い残留思念もあるんだ。

僕は心配になった。


「だいじょうぶ!」


ブブは元気に手をあげて、大きな声で言った。


それじゃあ、明日の朝、行くことにするかあ、という話しになった。








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