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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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朝までずっと僕はそうやってブブをだっこしていた。

隣に座って、アルテミシアも、一晩中、僕らにつきあってくれた。


朝の光のさすころ、ブブの寝息もすっかり落ち着いて、熱も下がったみたいだった。

僕はいつの間にか眠ってしまっていて、気が付いたら、毛布をかけてあった。

アルテミシアは僕の眠っている間に、どこかへ行ったみたいだった。


ふと、誰かの視線に気づいて目を開けると、ブブがぱっちりを目を開けて、僕の顔を見つめていた。


「あ。

 目が覚めたんだ。」


僕はブブの背中を抱え直した。

ずっと同じ姿勢だったからか、腕が固まったみたいになっていた。


「あるじ、さま。」


ブブは僕の顔をじっと見ると、目をぎゅっとつぶって、何か力を込めるみたいにした。

すると、ふわっと、僕の腕から痛みが引いた。


「あれ?

 今の、ブブがやってくれたの?」


だけどブブはそれには答えずに言った。


「あるじさま。おなかすいた。」


「あ。そうだね。昨日から何も食べてないもんね。」


僕はブブをベットに座らせると、椅子から立ち上った。

腕のついでにあちこち治してくれたのか、固まっているはずの腰も、全然痛くなかった。


ブブはベットに座らされたのは不満だったのか、僕の服の裾をぎゅっと握った。

僕はちょっと苦笑して、ブブをもう一度抱き上げた。


「下まで、こうやって連れて行こうか。」


すると、ブブはちょっと考えてから、よじよじと僕によじ登って、肩車に落ち着いた。

まあ、ブブがそれがいいなら、それでいいや、と思った。


ブブを肩車して下りていくと、食堂に人が大勢集まっていた。

みんな朝食もとらずに、何か深刻そうな話しをしていた。


ルクスはその真ん中にいて、難しい顔で腕組みをしていた。

僕らが行くと、ちらっとこっちを見たけど、何も言わなかった。


僕は、食堂の隅っこの席に腰を下ろして、しばらく様子を見ることにした。


「無理だ。

 危険を冒すくらいなら、ずっとこのままでいいじゃないか。」


「それじゃあ、お前はもう、王都にいる家族とは会えなくてもいいって言うんだな。」


話しているのを聞いていて、どうやら、闇の壁をどうするのか、話し合っているみたいだって気付いた。


意見は概ねふたつに分かれていて、闇の壁をどうにかしたい、という意見と、危険を冒すよりこのまま静かに暮らすほうがいい、という意見みたいだった。


だけど、どちらも自分たちの意見を話すばっかりで、あまり、話し合い、にはなってなかった。


「…おなか、すいた。」


頭の上で、ブブが小さく呟いた。

だけど、今ここにいる人たちは、朝食どころじゃないみたいだ。

僕は、何か食べるものをもらえないか、厨房に行ってみることにした。


厨房に近付くと、いい匂いが漂ってきて、ぐつぐつと何かを煮る音が聞こえた。

覗き込むと、アルテミシアが、小さなお鍋で、おかゆを炊いていた。


「ああ。目が覚めたかい?」


アルテミシアは僕らを見るとにこっとして、近付いてきた。


背伸びをして僕の肩の上のブブに手を伸ばす。

ブブは素直にアルテミシアのほうにからだを曲げて、額にアルテミシアの手が届きやすいようにした。


「どうかな?熱は、下がったみたいだな。」


ブブの熱を確かめたアルテミシアは、にこっとしてから、またお鍋のところに戻っていった。


「今、おかゆが煮えるから。

 食堂は今、取り込み中だから、ここで食べて行くかい?」


厨房にはお料理を作るための台と背もたれのないスツールがいくつかある。

アルテミシアは手早くをそれを並べて、僕らの席を作ってくれた。


有難く席に着くと、アルテミシアは、おかゆを木椀に入れて、ブブの前に置いた。

水の入ったグラスと、ベリーをたくさん入れたボールも並べる。

それから、自分も僕らの前に腰を下ろした。


ブブは、お匙を持って、ふぅふぅと覚ましながら自分で食べ始めた。

それを見てから、僕は、ベリーに手を伸ばした。


アルテミシアもベリーをひとつつまんで、いきなり大あくびをした。


「昨日は寝不足だね。

 君たちも、これを食べたら、もうひと眠りするといい。」


「あの話し合いには、参加しなくても、いいのかな。」


僕に尋ねられたアルテミシアは、ふーむ、と首を傾げた。


「参加したいなら止めはしないけど。

 あの話し合いには、決着は着かないと思うよ。」


それから、首を左右に振ってこきこきと鳴らした。


「結局は、行きたいやつは行くし、行きたくないやつは行かないだろう。

 行きたくないやつを無理やり連れて行くことも、行きたいやつを無理やり引き留めることも、できないさ。」


アルテミシアは、ふぅ、とひとつため息を吐いた。


「あれはね、行きたくないやつらが、行きたいやつらを、なんとか引き留めようと頑張って、行きたいやつらは、行きたくないやつらを、なんとか連れて行こうと頑張ってる。

 だけど、どっちも、無理なんだ。

 無理なことなのに、言うことを聞かない相手に対して腹を立てる。

 だけど、きっと、時間をかけて分かるのは、無理だ、ってことだけだろう、って思うよ。」


なるほどなあ。


「そんなこと、もめたって仕方ないね。」


「そう。仕方ない、んだ。」


アルテミシアは、ふふ、と笑った。


「なら、その時間、あたしは回復に使おうと思う。

 今のままじゃ、万全の体勢とは言えないからね。」


確かに。

僕らもそうするとしよう。


「…アルテミシアは?行きたい?行きたくない?」


だけど、それは聞いておきたかった。

アルテミシアは少しも迷わずに言った。


「行きたくはない。けど、行く。

 ルクスはきっと行くだろうから。

 あたしは、ルクスの行くところに行く。」


そうだった。

昔から、アルテミシアはずっと、そうなんだ。


「君は?どうする?」


尋ね返されて、僕はちょっと迷ってから答えた。


「行く。

 行きたくない、けど、行く。

 でも、ブブは置いて行く。」


僕がそう言ったときだった。

隣でおかゆに夢中になっていたブブが、突然顔を上げてきっぱりと言った。


「ブブ。いく。」


「え?でも、ブブは、無理しないほうが…」


言いかけた僕にむかって、ブブはきっぱりともう一度言った。


「いく。」


あんまり力を込めたからか、口から飛び出したおかゆが僕の顔に飛んできた。

だけど、僕は、それよりも、ブブのからだのほうが心配だった。


「だって、気を失うくらい怖かったんでしょう?

 昨日だって、あんな熱を出して…」


「行きたいやつを、無理やり引き留めることはできないさ。」


アルテミシアは僕らを宥めるように横から言った。


「だけど、ブブ。君は、無理しないほうがいい。

 無理をしてついてきてかえってみんなを困らせることになる。」


そう言われても、ブブは頑なに首を振った。


「いく。」


これはもう本当に、行きたいやつを無理やり行かせないことはできない、かもしれない。


僕は少し、聞き方を変えてみることにした。


「ブブは、行きたい?」


「いきたくない。」


だよね?


「じゃあ、行かなくても、いいんだよ?」


「いく。」


「行きたくないんじゃないの?」


「いきたくない。」


「行きたくないところに、無理して行くことないんだよ?」


「いく。」


どうにも埒があかない。

アルテミシアと僕は、多分同じ気持ちになって、顔を見合わせた。








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