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僕らはゲストハウスに一部屋もらって、しばらく滞在することになった。
村の人たちはただでさえ窮屈な暮らしなのに、ますます窮屈なことにさせてしまったのだけれど。
誰一人文句も言わず、いつまでも滞在してください、と言ってもらえた。
「みんな親切で助かったね。」
「ここはルクスの人気が高い。
昔、先王の圧制に苦しんでいたころ、ルクスがその人々を救うために旗揚げしたのがここだった。
そのとき、あの村長は、皆に先んじて、ルクスに協力を申し出てくれたんだ。」
アルテミシアはそのときのことを教えてくれた。
「…だけど、俺は、あれをやって本当によかったんだろうかと、いまだに思っている。
あのときは、ああするしかないと思ったけれど…」
村の人たちの前ではあんなに元気だったルクスだけれど、部屋に戻って僕らだけになると、途端にとても疲れた顔になった。
「村長は、何も言わない。
けど、村長の息子を殺したのは俺だ。」
ルクスは自分の両手をじっと見つめて言った。
「俺は、この手で、たくさんの人を斬った。
あのときは、それが最善の道だと思っていた。
だけど、今は、もっと違う道を選ぶこともできたんじゃないか、って思う。」
ルクスの手は小さく震えていた。
それを抑え込むように、ルクスはぎゅっと拳を握った。
「いまだに、この手には、あの感触が残っている。
きっと、それは一生、消えない。
だけど、俺は、それをずっと背負っていくべきなんだ。
この手で斬った大勢の人に償うためにも。
奪った命よりたくさんの命を助けなくちゃならない。」
「君はずっとそうしようとしている。
これまでも。
そして、多分、これからも。」
アルテミシアは慰めるようにルクスの拳を両手で包み込んだ。
僕も反対側のルクスの拳を両手で包んだ。
「そのとき、一緒にいなくてごめん。
だけど、今度は、一緒に、違う道を探そう?」
ルクスの拳はぎゅっと固く握りしめていて、手のひらに爪が食い込んで、血がにじんでいた。
僕はその拳にこっそり治癒の魔法をかけた。
「この痛みを、今度は僕も一緒に味わうよ。
だから、ひとりで痛みを堪えないで。」
初めてその話しを聞いたとき、僕は耐えきれなくて嘔吐した。
あのときの苦しい気持ちは、今も忘れられないけど。
ルクスは多分、その何倍も、辛い気持ちを抱えているだろう。
村長さんだって、辛い気持ちは忘れられないと思う。
だけど、僕らを迎え入れてくれた。
今はその事実を有難いと思うしかない。
「前にこの村の近くに出ていた怪異は、戦でなくなった人たちの魂だったんだよな?」
アルテミシアは僕に尋ねた。
「うん。何か強い思いを残した人の魂だった。
だけど、その声を聞いて、代わりに思いを果たすことで、闇の塊になってた魂は、光になったんだよ。」
あれからも、コツコツとそれは続けられていたはずだ。
おそらくは、僕のやるより、もっと上手に。
その秘術を使うのに適性のある人も集められていたし、彼らに訓練を施す機関も作られた。
それだけじゃなくて、たとえば、あちこち話しを聞き回って、思いを果たせず仆れた人たちのことを調べる専門の調査官も大勢任命されていたはずだ。
悲しい魂はとても大勢いたから、それ全部の思いを果たすのはそう簡単なことじゃないだろうけど。
それでも、ルクスとアルテミシアは、ありとあらゆる方策を用いて、それを推し進めていたと思う。
「あの闇の塊が、その黒い壁、になった、のかなあ…」
確かにあの闇の塊は恐ろしかった。
僕はあれが巨大化して、壁みたいに大きくなったのを想像した。
だけど、なんでそんなに急に大きくなったんだろう?
「残した思いを果たしきれない魂は、確かにまだ残っているだろう。
しかし、どうしてそれは今、なんだ?」
誰にともなく尋ねたアルテミシアに、僕は答えた。
「周りが思いを果たしていくのに、なかなか順番が来ないから、怒った、とか?」
「確かに。
それもないとは言えないだろうけど。」
アルテミシアは窓から外を見た。
外はもうすっかり暗くなっていたけど、そこに森が広がっていることは、見えなくても分かった。
「それも、エエルが溢れてることに、なにか関係ある?とか?」
僕は恐る恐る尋ねた。
アルテミシアは、うーむ、と唸って首を傾げた。
「あたしにも分からない。
けど、それも、考えには入れておくべきかもしれない。」
なんにせよ、明日、実際にそれを見に行ってからだな、と言いながら、アルテミシアはさっさと自分のベットへむかった。
「今日はもう寝よう。
からだを休めるのも大切だ。」
「そうだね。」
僕も反対側の端っこのベットに行って、寝支度を始めた。
ブブも僕のベットに潜り込んで一緒に眠る。
すりすりとすり寄ってきて、だっこしたら、とても温かい。
ルクスも無言のまま自分のベットに横になった。
しばらくそのままじっとしていたけど、ブブの寝息以外、聞こえてこない。
みんなとても疲れているはずなのに、眠れないみたいだった。
「確か、この村には強い結界があったはずだな?」
少ししてアルテミシアがそう聞いた。
「うん。おっちゃんが、そんなようなことを言ってた気がする。」
この村に前に来たとき、確か、村の周りは柵で囲んであって、表と裏に二か所、門があった。
門と言っても、柱を組み合わせただけの、扉のない開けっ放しの門だったんだけど。
それは強い結界を作っていて、その内側には悪いモノは入り込めないんだ、っておっちゃんは教えてくれた。
そのせいで、村長の息子のトゥーレは、村に帰れなかったんだ。
闇の塊になってしまっていたから。
ということは、闇の塊、というのは、村にとって、悪いモノ、ということなんだろうか。
元々ここの人なんだけど。
まあ、なんというか、あの闇の塊は、何をするわけでなくても、そこに出ただけで、ものすっごく恐ろしかったけど。
「今もその結界は生きているのかな。」
「どうかな。
来る途中に門や柵は見当たらなかったっけ。」
どこもかしこも森になってしまってるからなあ。
だけど、よくよく考えたら、僕ら、疑似アマンから出た場所から、ゲストハウスまで、すぐ近くだった。
もしかしたら、出てきた場所が、既にもう、村結界の中だったのかもしれない。
「明日、それも、探してみる?」
「そうだな。」
村の結界かあ。
結界って、僕は、あまりよく知らない。
だけど、アルテミシアは研究院の所長さんをしてたから、そういうことにも詳しいのかな。
すー、すー、と静かな寝息が聞こえ始めた。
「ルクス、眠ったな。」
アルテミシアが小さく呟くのが聞こえた。
「なんのかんの言って、結局、どこへ行ってもすぐに眠れる。
これだけは、心底、うらやましいよ。」
そんなことを言うけど、声はちょっと笑ってるみたいだった。
「だねえ。」
森で道に迷おうと。
郷のみんなとはぐれようと。
ルクスはいつも、ちゃんとしっかり眠るんだ。
「君も負けないように、おやすみ。」
「うん。」
久しぶりだなあ、アルテミシアの、おやすみ。
ちょっとほっこりしたなあ。
隣でもうとっくに眠っているブブの髪をそっと撫でる。
あったかくてやわらかくて、とっても気持ちいい。
ちょっとなんか、僕だけ、ずるしてるみたいだ。
そんなことを思っていたら、いつの間にか、僕も眠りについていた。




