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村人たちは、ルクスに、もう一度ここから王都に攻め込みましょう、と口々に言った。
「ここにいるわしら、老いたりとはいえど、元は百戦錬磨の兵ども。
王城の腰抜けとは違います。
我らなら、きっとルクス様に、玉座を取り返して御覧に入れましょう。」
胸を叩いてそう主張する人々に、ルクスは頑なに首を振った。
「俺は、そういうのは、もう、いいんだ。
それに、城のやつらだって、俺のために戦うと言った。
それを断ったのは俺なんだから。」
「それは、その者どもが、頼りないと思われたからでは?」
そうだそうだ、とあちこちから声が飛ぶ。
みんな、とても興奮しているみたいだった。
「そんなことはない。
これが必要な戦いだと思えば、俺だって戦った。
けど、どうしたって、必要だとは思えなかったんだ。」
「必要ない、とはおかしなことを。
ルクス様を追い出そうとする輩を追い払うのは、必要なことでは?」
「べつに。
この混乱を俺のせいにしてみんなが納得するんなら、それでいいんじゃないか?」
ルクスは軽い調子で言って笑って見せたんだけど。
よくない、とか、濡れ衣だ、とか、そんな輩こそ追い出してしまえ、とか、みんな口々に叫んだ。
気色ばむ人々に、ルクスは、まあまあ、と宥めるように、手で抑える仕草をした。
それから、こっそり、小さなため息を吐いた。
どうしたら、みんな納得してくれるのか。
ルクスも困り果てているようだった。
そのなかに、ぽつり、と、よく通る声で呟いた人がいた。
「王都に攻め込むねえ。
だけど、今はあの荒野を渡ることすら、不可能だろうに。」
その声は決して大きくはなかったけれど、それを聞いた人々は、みんな一斉に黙り込んだ。
「荒野を渡ることが不可能?」
ルクスはゆっくりとそう聞き返した。
すると、そう呟いた人は立ち上って、今度ははっきりとルクスにむかって言った。
「光る虫のおかげで収まっていた荒野の怪異が、最近また復活しているのです。
しかも、その威力たるや、前の比にもならない。
まるで、真っ黒い壁のように、立ちはだかっています。
王都に攻め込む、云々の前に、あれをなんとかしなくては、まず話しにならない。」
「その怪異のせいで、なにか被害はあったか?」
ルクスは真剣な目になって尋ねた。
すると、村人たちは、口々に答えた。
「いいえ。被害、という被害は、ありません。」
「あれは、森の中へは入ってこないのです。」
「とにかく、ものすごい壁で、見た者は腰を抜かして戻ってまいりました。」
「しかし、あの壁のせいで、王都への道は塞がれています。」
「王都との連絡もしばらく途絶えておりますが、それは、あの壁のせいかもしれません。」
「なに、壁など、ぶち破ってしまえばよい!」
いきなりそう叫んで立ち上ったのは、村一番のお年よりだったけれど。
周りは、無理無理、と呟きながら、一斉に伸びてきた手が、お年よりを席に座らせた。
「荒野の怪異か。」
ルクスはうーんと考え込んだ。
あの怪異たちは、おっちゃんの光る虫のおかげで収まった、と思っていた。
だけど、真っ黒い壁?
いったい、どういうことなんだろう。
「それは、他はいろいろ置いといても、早急に調査すべきだな。」
ずっと黙っていたアルテミシアが、低い声で呟いた。
「だな。」
ルクスも振り返って頷いた。
それから、村人たちのほうをむいて言った。
「俺は、王なんてものには、こだわりはない。
皆を困らせる暴君だってんならともかく、そうでないなら、やりたいやつがやりゃあいい。
むしろ、あの城ん中で、悶々としながら、世界の混乱を見ているくらいなら、自由の身になって、俺自身の力でなんとかする。
そのほうが、よっぽど、性に合ってるんだ。」
ルクスの言葉を聞いた人々は、互いに顔を見合わせた。
「たしかに。そのほうが、ルクス様らしい。」
「そもそも、ルクス様という方は、いつも、そうだったのではないか?」
「しかし、そのような方だからこそ、王様になっていただきたいのだが。」
「ルクス様がそうおっしゃるのなら、やむをえまい。」
ぶつぶつと言いながらも、納得してくれたみたいだ。
「しかし、ルクス様でも、あの壁を何とかするなど、おできになるのですか?」
最初に壁のことを言い出した人が、少し挑戦的な目をルクスにむけて言った。
すると、ルクスは、明るく笑って、いきなり、分からん、と言い切った。
「けど、やってみようと思う。
いや、やってみせる、と思っている。」
最後の言葉には、やや力がこもっていた。
ルクスは両手を広げて、皆の顔を見回した。
「それに、ここには、頼りになる仲間もいる。
皆も、力を貸してくれるだろう?」
それは、依頼でも、懇願でもなく、断言。
皆の協力を少しも疑わないのは、ちょっとルクスらしいと思った。
「だったら、大丈夫だ。
俺に任せておけ。」
強く言い切ったルクスに、ほう、とみんな一斉にため息を吐いた。
それから、どこからともなく拍手が巻き起こり、それは森中に響き渡りそうなくらい、大きく、大きくなっていった。
「やれやれ、仕方ないね。」
アルテミシアは肩を竦めて僕を見た。
「君もまたこき使われそうだけど。よろしくね。」
「僕、なにか、役に立つかなあ?」
僕、ちょっと、自信ないんだけど。
というか、ルクスのあの自信は、いったいどこからくるんだろう。
少し、分けてほしいな。
「なに言ってるの。
ルクスは君のこと、めちゃくちゃ、あてにしてるよ?」
う。
………それは、荷が重い、気もするけど………
「…まあ、あの、頑張ります。」
ふたりにはがっかりされたくなくて、僕は恐る恐る答えた。




