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ゲストハウスには村人たちが集まって暮らしていた。
お城の鎧さんたちが、大勢やってきても、滞在できるように。
この建物はそのために作られたものだ。
部屋もたくさんあるし、立派な食堂は、村人全員が集まって話し合いができるくらい広かった。
僕らはまず、その食堂に案内された。
「皆の衆、ルクス様ご一行じゃ!」
村長さんのその声に、食堂にいた人たちの視線が一斉にこちらに集中した。
その強い光に、僕は思わずおろおろとアルテミシアの後ろに隠れてしまった。
「おう!ルクス様!」
皆、口々にルクスの名前を叫ぶと、いきなり床にひれ伏した。
「あ。いや。それはやめてくれ。」
ルクスは慌てて引き留めようとしたけど、誰も、顔を上げようとしなかった。
「ルクス様、よくぞご無事で。」
みんな口々にそう呟く。
泣いている人もいるみたいだ。
「ルクス様は、我らをあの暴君の圧制から解放してくださった恩人じゃ。」
「なのに、そのルクス様を王都から追い払うなど。」
「なんという愚か者どもよ。」
みんな下をむいたままだったけど、その口調はとても悔しそうだった。
ルクスはちょっと苦笑して答えた。
「俺のこと、まだそんなふうに言ってもらえるなんて、有難いことだ。
けど、俺は追い出されたわけじゃない。
自分から、王都を出て行ったんだ。」
「王の討伐隊、と名乗る輩が、王城に押しかけたと。
我ら、その報せを受けたときには、ルクス様の行方はもう既に分からなくなっておりました。」
「御身がご無事かどうかも分からず。」
「万にひとつのことなどありますまい、と互いに励まし合うておりましたが…」
「なにせ、情報はなにひとつなく。」
「聞こえてくるのは、根も葉もない噂話…」
そう話しながら、ますます泣き出す人が多くなっていった。
「あー…、ごめんな?心配かけて。
その、討伐隊?とは、俺は直接会ってないんだ。
というか、そんなやつら、やってきたのか?
城の連中は、怪我とか、しなかったかな。」
「お城の兵士は、無抵抗で開城したそうです。
それが、王の厳命だと言って。」
「なんともまあ、骨のないことじゃ。」
「わしらなら、最後の抵抗をしてみせたのじゃが。」
怒りに震えるように拳を握りしめる老人に、ルクスは慌てて慌てて手を振った。
「いや。抵抗はしないように、と、俺が言ったんだ。
それは、よかった。
俺の言ったことは、守ってくれたんだな。」
ルクスはちょっとほっとしたみたいに笑った。
「なんか、そういう不穏なやつらがいる、って聞いてさ。
三十六計なんとやら。
すたこらさっさと逃げだした、というわけだ。」
ルクスは明るく言って笑ってみせたけど、それを聞いた村人たちは、みんなますます泣き出してしまった。
「なんとまあ、温情の篤い。」
「やはり、素晴らしい王様じゃ。」
「そんなことも分からんとは、王都の者は愚か者ばかりか。」
ルクスはちょっと困ったように苦笑した。
「いやいや~。
まあ、そんなことはもう、いいじゃないか。
それより、みんな、困ってないか?
ここに、みんなで集まって暮らしてるんだって?」
「ええ、はい。
あの森に村を覆われてからは、そうしております。」
村人たちは、ルクスの質問に答えて、あれからあったことを話してくれた。
最初は、ある日突然、村のあちこちに、木が生えてきたんだそうだ。
けど、取り立てて邪魔になる位置じゃなかったし、ほとんどはそのままにされていた。
そうしたら、その木がみるみる大きくなって、あっという間に、村は森に覆い尽くされてしまった。
その時点で、村長さんは、村人全員にゲストハウスに避難するように言った。
みんなそれを守ったから、疑似アマンに迷い込む、なんてことはなかった。
元々、そんなに広い村じゃないし、人数も、そこまで多くない。
まとまりがよかったのも、幸いだった。
「森に覆われたとき、これは、ルクス王のお怒りのせいだと、そういうことを言う者もおりました。」
お許しください、と村人たちは頭を下げた。
ルクスはぱたぱたと手を振った。
「いや、そんなこと、謝らなくてもいいし。
こんな森にいきなり覆われたんじゃ、みんな、さぞ怖かっただろう?」
「…申し訳ありません、確かに、始め、皆、日々拡がっていく森に恐怖を感じてしまいました。」
「いや、謝らなくていいって。
怖くて当然だ。
俺だって、あれは怖かった。」
あっけらかんと笑ったルクスにつられるように、村人たちもみんな笑った。
少しだけ場の空気が和らいだところへ、ルクスは、どうかみんな椅子に座ってくれ、と言った。
最初、村人たちは、なかなか床から立とうとはしなかったけど。
ルクスが何回も言うと、とうとう、しぶしぶだけど、みんな椅子に座ってくれた。
村人たちは、老若男女、幼い子どもも、お年よりもいる。
ルクスが来たという報せを聞いて、部屋から慌てて駆け付けてくれた人もいるみたい。
これで、村人全員だ、ということだった。
その中には、知っている顔もいくつもあった。
ここから去った後に生まれてきた子どもたちもいた。
少年たちも一人前の大人になって、親になっている人もいた。
ここもあれから、時間が経っているんだなって思った。
それでも、変わらずに、僕らのことを、温かく迎え入れてくれる。
有難い人たちだと思った。
ルクスはそのみんなの顔を見回して、明るい笑顔を浮かべた。
「みんな、暮らしには困ってないか?」
ひとりひとり、確かめるように、視線を止めて見つめていく。
ルクスと目が合った人たちの中には、涙ぐむ人もいた。
その姿は、やっぱり、ルクスって、立派な王様なんだな、って思えた。
「はい。
この周囲の森は、なかなかに便利な森でもあって、食糧も水も、その辺をちょっと回るだけで容易く手に入るのです。」
代表するみたいに、村長さんがにこにこと言った。
そっか。そんなに困ってないならよかった。
確かに、みんな顔色もいいし、健康状態もいいみたいだ。
「木の実に草の実。それから泉の水。
まるで森の民のような暮らしじゃが、むしろ前より、肌つやも良うなりました。」
確かに。
ここに来る途中にちょっと思ったけど。
この辺りの森は、実りの豊かな森だった。
「だけど、みんな森の民なわけじゃないし。
暮らし難いことはないか?」
「なになに、畑もろくに実らず、ほんのわずかな実りさえ王様に取り上げられていた、あの頃を思えば、よほど、よい暮らしじゃ。
それに、わしら平原の民は、どんなことにも順応する。
適応力の高いのが、取り得じゃ。」
確かに。見事な適応力だ。
「さっき、ここが森に覆われたのを、俺の怒りだ、って思った、って言ったっけ?
ってことは、それって、俺が王都を出た後だったんだな?」
ルクスは頭の中で計算しながら言った。
「なら、ここが森になってから、百日は経ってない、くらいか?」
「月が三度、巡ったくらいでしょうか。
王都の噂は、ここにも届いておりました。
王都に働きに行っていた若い者たちが、混乱する王都からここへ戻ってきていましたから。
そして、結局、それは幸いでした。
森の中に食糧を探しに行くにも、若い者たちがいてくれたおかげで、たいそう助かりましたから。」
「そうか。
百日の間、よく辛抱しながら、ここまで上手く適応した。
みんな、あっぱれだ。」
ルクスはそう村人たちを褒め称えた。
そう言われた村人たちは、心底、誇らし気だった。




