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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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アルテミシアはああ言ったけど。

何も、必ずしも争いが起こる、と決まったわけじゃない。

前は、ダメだったかもしれないけど。

次もダメだとは、限らないじゃないか。


そのとき、僕はそう思っていた。


「とにかくさあ、なんとかして、ここから出ないとねえ?」


何気なく、そう言ったときだった。


ぶぶぶぶぶ。


それは、何かの羽音のようだった。

虫の羽音にも聞こえるけど。

ただ、虫にしては、とても大きい。


その羽音は次第にこちらに近づいてくるようだ。


僕らは一斉に身構えた。

いくら穏やかそうな森だとしても。

森は、森だ。

必ずしも、いつも安全、なわけじゃない。


それにしても、その羽音は、なんだか、聞き覚えのある音のような気がしてならなかった。


ばさっ!


突然、僕の横の茂みが揺れたかと思うと、それは、僕にいきなり飛びついてきた。


「あるじさまっ!」


え?

へ?

あるじ、さま?


ふわっと抱きとめたそのからだはあったかくて柔らかくて、ちょっとアルボルと似た匂いがした。

そして、悪いモノじゃない、と僕の直感は判断していた。


けれど、アルテミシアの矢は、飛び出してきた相手の首元を、ぴたり、と狙っていた。

ルクスは構えた剣を、相手に届くぎりぎり手前で、引き留めていた。


僕は慌てて、ふたりから庇うように、胸のなかの小さな人を抱きすくめた。

きゃあ、という、なんだかちょっと嬉しそうな悲鳴が聞こえた。


「誰だ?」


まだ警戒を解いていないルクスが低い声で言った。

一応、剣は僕に当たらないように、引いてくれたけど。


アルテミシアのほうは、何も言わず、さっさと警戒を解いて弓を下ろしていた。

それから、こきこきと首を左右に振って鳴らすと、さっき座っていた場所に腰を下ろした。


ふたりが攻撃の姿勢を解いてくれたので、僕はそろりそろりと腕の中を確かめてみた。


その大きな目と目が合った瞬間、きゃあ、と嬉しそうに笑って、いきなり、僕は首にしがみつかれた。

もちろん、敵意は微塵も感じなかったけど。

ちょっと、びっくりした。


その、人?は、不思議な姿をしていた。


背中には小さな透明の羽。

薄くて透き通っていて、うっかり触れると破れそうだ。

羽は小さくて、とても実用の役には立ちそうにないけど。

さっき、ぶぶぶぶぶ、と鳴っていたのは、多分、この羽じゃないかな。


くるくるした黒髪の巻き毛。

真ん丸の大きな目は黒目がちで、鼻はとても小さい。

その代わり口は大きくて、にぱっと開くと、小さな牙が二本、見えた。


人、ではないよね?

けど、獣、でもない?


こんな獣、見たことないし。

それに、口をきく獣、ってのも、見たことない。


確かに、さっき、主様、って言ったと思うんだ。

僕の聞き間違えでなければ。


いや、この羽は、虫?

けど、こんな大きな虫は見たことないし、それに虫にしたって、言葉は話さない。


「あるじさま~。」


その人?獣?虫?はもう一度僕をそう呼んで、すりすりと僕の胸に頭をこすりつけた。

あれ?

よく見るとその頭に小さな触覚?みたいなのが二本ある。

やっぱり、虫、か?


「あるじさま~~~。」


声の後ろにまるでハートマークでもついてるみたいに、甘えた声。

またちょっとアルボルを思い出した。


「ふふふ。

 あるじさま~、つ~かまえた~~~。」


え?


「捕まえた?」


「そう!」


虫?は顔を上げて僕と目が合うとまた嬉しそうに笑った。


「ブブ、さがしたの~。

 そしたら、あるじさま、みつけたの~。

 ふふふ。

 あるじさま~。

 もう、ず~とず~と、ここにいていいよ~~~。」


いや、ちょっと、待って。


「ブブ?」


って、今、言った?

言ったよね。確かに。


「は~~~い。」


その人?虫?は元気よく手をあげて返事した。


僕はもう一度確かめた。


「え?ブブ?」


「は~~~い!」


「ブブなの?」


「は~~~~~~~~~い!!!」


息の続く限り長い返事をして、ブブは、きゃははと笑い転げた。


「あるじさま~~~。

 だ~いすき。」


「いや、あの、ちょっと、ブブ?」


確かに、この感じはブブだ。間違いない。

僕の直感はそう言ってる。

あのどこか聞き覚えのある羽音は、確かにブブの羽音だし。

こんなふうに僕の胸に飛びついてくるのも、間違いなくブブだ。


だけど、それにしても、やっぱりなんだかちょっと、びっくりだった。


僕はまた胸に頭をこすりつけるブブの両肩を持って、その顔を覗き込んだ。


「君は、ブブ、なの?」


「そ~だよ~。」


「あの、ブブ?

 いっつも僕の胸に、ブローチみたいに、くっついていた?」


「そ~だよ~。」


「なんだって、そんな姿になったの?」


その問いに、ブブはちょっと考えてから、にこっとした。


「わ~かんない~~~。」


う。

まあ、そりゃそうか、って気もする。


人?の姿になったブブは、アルボルともそう変わらない幼子だった。

なんだか純粋無垢な雰囲気も、アルボルに似ている。


だけど、その背中の羽と小さな牙は、アルボルにはなかった。

人の形に似ているけど、人とは違う、ように思った。


「霊格が上る、とあの虫使いは言っていたかな。」


ぼそりとアルテミシアの呟いたのが聞こえた。


「え?霊格?

 それが上ると、人の姿になるってこと?」


僕は、アルテミシアに尋ねた。

もしかして、研究院の所長さんなら、こういうの、詳しい?


「どうかな。

 あたしも、こんなことは初めてだ。」


そっか。まあ、そうだよね。


おっちゃんに聞ければいいんだけど。

今、おっちゃんはどこを旅しているのか知らないし。

簡単に連絡もつきそうにない。


けど、おっちゃんも、こんな、人型?の使い魔は連れてなかったよね?


あのとき、精霊を追いかけて、外に行ってしまってから、ブブは、ずっと、戻ってきていなかった。

それが、こんな立派になって戻ってくるなんて。

嬉しい、気持ちもする。うん。きっと、嬉しい。

だけど、びっくり。

でも、ずっとブブとは話してみたかったから、やっぱり、嬉しい、かな。


「使い魔というのは、精霊に近い存在なのかもしれん。」


アルテミシアはそう言った。


そうか。

精霊が人になるみたいに、使い魔も人の姿になる、のか?


「とにかく、捕まえた、ってことは、そいつに頼めば、この森から出られるんじゃないか?」


ルクスに言われて、僕は、ようやくそのことに気付いた。


「ブブ、僕らは、ここから元の世界に戻りたいんだ。」


「は~~~い。」


ブブは即座にいいお返事をして、手をあげた。

すると目の前に、突然、小さな扉がひとつ、現れていた。






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