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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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念のため、飛行絨毯からは下りて、歩いて行くことにした。

手荷物は全部、絨毯が運んでくれる。

僕らは身軽に森の中を歩きだした。


そこは本当に居心地のいい森だった。

命の気配に満ち溢れている。

光と影が絶妙な具合のバランスで存在しているんだ。

明るい光は、とても大切なものだけど。

安らげる影もまた、命にとっては必要なものだ。


「ここは、楽園のようだな。」


アルテミシアが呟いた。

きっと、僕と同じように感じていたんだと思う。


「ここは、疑似アマン、というのとは違うのか?」


ルクスはそう言って僕を見た。

僕は、ちょっと考えてから、慎重に答えた。


「多分、違う、と思う、けど。

 でも、僕も、疑似アマンにそれほど詳しいわけじゃないから…」


疑似アマンってのは、もっと、エエルの奔流が渦巻いている感じ。

だけど、この森は、あまりにも穏やか過ぎて、疑似アマンには到底思えなかった。


「この世界とアマンとは、実はとてもよく似ているのかもしれない。」


歩きながらぽつぽつとアルテミシアは話した。


「ただ、大きく違っているのは、圧倒的に、こちら側の世界は、エエルの消費量が多いということだ。

 アマンは常にエエルに満ち溢れて、おそらく、足りなくなる、ということはあり得ない。

 けれど、こちらの世界は、生物も無生物も、消費量が産出量を大きく上回る。

 故に次第にエエルは不足し、やがて枯渇して、世界の崩壊すら招く。」


「前の滅びを生き残ったやつらは、エエルをなるべく使わないように、魔法を封印したそうだな?」


「そうだ。

 それのために、魔法の体系は、今やほとんど失われてしまった。

 おそらく、そのときは、今ほどのエエルの回復はなかったんだろう。」


「今回はせっせせっせとエエルを汲み上げてはばら撒いてくれる大賢者様がいたからな?」


ルクスはにこにことこっちを見る。

僕は、うっ、と目を逸らせた。


「…ごめん。

 僕、エエルは多ければ多いほどいいんだと思ったんだ。」


アルテミシアは軽く首を振った。


「いいか悪いかは、今の時点では、判断できないな。

 しかし、少なくとも、エエルが多ければ、世界の崩壊は遠退く。」


「多過ぎれば、世界の混乱を招くけどな。」


ルクスの付け足した言葉に、僕はまた、うっ、と首をすくめた。


「俺たちは、生きてるだけで、エエルをずっと消費している。

 この世界も、存在してるだけで、エエルをずっと消費している。

 けど、エエルを使うってのは、悪なのか?」


ルクスは真面目な顔をしてアルテミシアを見た。

アルテミシアは、少し考えてから、ゆっくりと答えた。


「それも、一概には言えないだろう。

 アマンの精霊たちは、ほとんどエエルを消費することなく、大量のエエルを生み出す存在だ。

 けれど、彼らは、限りなく、この世界に憧れて、こちら側へと渡ってくる。

 そうしてやってきてくれるから、この世界も救われるのだけれど。

 彼らは何も、この世界を救うためにこちら側へ来るわけじゃない。

 彼らの惹かれるなにか、は、確実にこの世界に存在しているんだ。

 エエルを大量消費するこの世界にはあって、アマンにはないもの。

 もしかしたら、それを生み出すために、この世界は、エエルをたくさん必要としているのかもしれない。」


たとえば笛の音。それから、歌。

多分、それ以外にも、きっと、たくさんあるんだと思う。

この世界にはあって、アマンにはないもの。

精霊たちの憧れるもの。


それを語るとき、精霊たちは、本当に楽しそうな、幸せそうな表情をする。

楽しい、とか、幸せ、とか、嬉しい、とかは、多分、精霊にも僕らにも、共通する気持ち。

そして、楽しいとか幸せとか嬉しいとかの気持ちは、きっと精霊も大好きなんだ。


ルクスは、ふぁ~あ、とため息を吐いた。


「俺たちも、アマンの精霊たちみたいに、そこにいるだけでエエルをばんばん出せたらよかったのにな。」


「それは、そもそもの、存在の始めからの、生まれ持った特性の違い、だからな。

 そればっかりはどうしようもない。」


アルテミシアは淡々と断言した。


「でもね、もしかしたら…

 違うから、いいのかもしれない。

 違うから、精霊は僕らに憧れる。

 違うから、僕らは精霊に助けてもらえる。

 お互いに、お互いのことを、いてくれてよかった、大切だ、って思える。」


思ったことを、つっかえつっかえ僕は言葉にした。

ルクスとアルテミシアは、僕がこんなふうに話しても、じっと聞いていてくれる。

昔から、そうだったから。

このふたりだと、僕は、思ったことを話しやすい。


ルクスは僕をじっと見た。

アルテミシアも僕をじっと見た。

僕はあわてて視線を泳がせた。


「…なんて、ごめんなさい。

 分かったふうなこと言って。」


「いや。」


ルクスは首を振った。


「そういちいち謝るな。」


アルテミシアはちょっと怒ったみたいに言った。


「なんか、俺、分かった。

 お前が、大賢者様、な理由。」


からからと、ルクスは明るく笑った。

だな、とアルテミシアも頷いた。


「…だから、やめてよね、その、大賢者様…」


僕は顔をしかめた。


しばらくそのまま歩き続けた。

僕らは誰も何も言わなかった。

だけど、不思議と居心地は悪くなかった。


きっと、この森が、いいんだ。

森にいれば、それだけで僕らはほっとするんだなって、思った。


ときどき、ルクスは立ち止まって、お日様を見て方角を調べた。

それから、こっちだ、と言って、真っ直ぐに指差した。

その方角へ、僕らはまた歩いた。


お日様があれば、方角が分かる。

それは元々、平原の民の旅の技術だ。

僕らはそれをピサンリに教えてもらった。


本当は、時間とか、季節とかによって、少しずつ、修正しないといけないらしい。

どうにもそのあたりの細かいことが、僕には覚えられなかったんだけど。

ルクスは、完璧に使いこなしていた。


ピサンリは今頃、どうしているかな。

もう、アマンには着いたかな。

ヘルバとは会えたのかな。

アマンを旅するのは、いくら旅慣れたピサンリでも、困ってやしないかな。


そんなことを考え始めると、なんだか、ぐずぐずと、淋しくなった。

こんなに明るくて気持ちのいい森の中だけど。


こんなふうに落ち込むのを、ピサンリはきっと望んでないはずなのに。

僕は、多分、これからもときどき、淋しい、って思うんだろう。


気持ちは簡単には止められない。

淋しいも、悲しいも、あんまり好きな気持ちじゃないけど。

だからって、消せるもんじゃない。

いっそ、消してしまえば楽になると思うんだけど。

どこかで、消さずにちゃんと、淋しいや悲しいも、感じたほうがいいんだ、って気持ちもある。


好きでなくても。

辛くなっても。


明るくて気持ちのいい森の中を、僕は黙って歩き続けた。


淋しいのは僕がちゃんとピサンリのことを大切に思っていたからなんだ。

ぼんやりとそんなことを思っていた。

















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