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最初、絨毯はご機嫌に飛んでいた。
だけど、いくつ目かの経由地に着いたとき。
アルテミシアは、軽く首を傾げた。
「…っおかしいな…
ここは、どこだ?」
どこだと尋ねられても、僕には答えられない。
そこは、どこかの森だった。
木々の間から日差しの届く明るい森だ。
禍々しい感じはしない。
だけど、それ以外、僕には何も分からなかった。
経由地なら、来たときにも通っているはずだけど。
その森に見覚えはなかった。
でも、あのときはピサンリのことで頭がいっぱいで、それどころじゃなかったから。
覚えてなくても仕方ない、とも思った。
「僕、なにか、間違ったかな?」
制御装置を操作しているのは僕だ。
っても、装置にときどき手を置くだけだけど。
あとは勝手に絨毯が飛んでくれることになっている。
「いや、君のせいじゃない。
ただ、ここは、予定した経由地じゃないんだ。」
「なんだ?座標が狂ってるのか?」
ルクスのほうが、僕よりはまだましみたいだった。
「…うん…
ここを見てくれないか。
ここには、現在地の座標が表示されるはずなんだけど。」
「???何も表示されてないな。」
ふたりは制御装置を見ながら深刻そうに何か話していたけれど。
僕には途中からなんのことだかさっぱりで、とりあえず、聞くふりをしていた。
「…っというわけだ。」
「つまり、このままじゃ、王都には着かない、ということだな。」
それを聞いて、僕はいきなり焦りだした。
「ええっ?
そうなの?
どうしよう?
引き返す?」
「それも難しいな。」
おろおろする僕とは対照的に、アルテミシアは落ち着き払って宣言した。
「まあ、しゃあねえ。
んじゃ、休憩して、飯でも食うか。」
ルクスはそう言うと、さっさと絨毯から下りて、オルニスからもらった保存食をその辺に広げ始めた。
「え?
それ、匠たちへのお土産なんじゃあ?」
「ほしけりゃ、また頼んだら送ってくれるだろ?」
それはそうだけど。
ルクスはけろりとして、もうぱくぱくと料理に手を付け始めている。
「なんだ、相変わらず、肉は入ってないな。
しかし、しょぼい田舎料理にしては、まあまあだ。
最近、すっかりオルニスの味にも慣れたかな。」
「君はもう少し感謝して食べろ。」
アルテミシアは憮然とそう言ったけど、ルクスの隣に座って、僕に言った。
「君も、食べたほうがいい。
こういうときは、一度落ち着いて、対策を練り直さないと。
それに、不測の事態に備えて、体力はつけておくにこしたことはない。」
「そうだそうだ。
いいから、食え。」
ルクスは僕においでおいでをした。
渋々僕も座って、オルニスのお料理に手をつけた。
うん。美味しい。
よく見ると、全部僕の好物ばかりだ。
確かに、ルクスにはちょっと、物足りないかもしれない。
「しっかし、なんだな、この状況。
ちょっと懐かしいな?」
かなりピンチな状況だと思うんだけど、ルクスは全然、気にしてないみたいだった。
むしろ、どこか楽しそうにも見えた。
「俺たち三人揃うと、森のなかで迷う運命なのかな?」
「不吉なことを言うな。
まだそうと決まったわけじゃない。」
「いや、迷ってるだろ。これは完全に。」
顔をしかめるアルテミシアに、ルクスはからからと明るく笑った。
「まあ、大丈夫だ。なんとかなる。
俺たちは森の民だ。
森の中なら、困らねえ。
それに、疑似アマンのことだって、ここには、専門家がふたりもいるんだから。」
え?
その専門家って…、ひとりは、アルテミシアだとして…
「ルクスって、疑似アマンに詳しかったの?」
それなら助かる。よかった。
喜びかけた僕にルクスはけらけらと笑って返した。
「バーカ。お前だお前。」
「ええっ?僕?」
僕、そんなに詳しく、ないよ?
頼りにされても困る、かも。
アルテミシアがため息を吐く。
僕はちょっとからだを縮めた。
アルテミシアは淡々と話しを進めた。
「どこか、途中の疑似アマンの影響を受けて、制御装置に狂いが出たのかもしれない。
進むにも、戻るにも、正しい座標を入れ直すしかない。
しかし、そのためには、この場所の正確な座標が必要なんだ。」
ルクスはうんうんと軽く頷いた。
「その、座標、っての?
どうやって調べるんだ?」
「調べるための専用の装置がいる。」
「今ここに、その装置は?」
「ない。」
ルクスはアルテミシアをじっと見つめる。
アルテミシアもルクスを見つめ返す。
ふたりはしばらくそのまま顔を見合わせていたけど、先にルクスがぷっとふきだした。
「お前、相変わらず強いな、にらめっこ。」
アルテミシアはもう完全にルクスのおふざけは無視すると決めたらしかった。
「あとは、自動操縦を切って、手動で操縦するしかない。」
「お前、道、分かるのか?」
「いいや。
疑似アマンのせいで、地形も刻一刻と変化している。
道、なんてもの、そもそも存在しない。」
ルクスは口をもぐもぐと動かしながら、うーん、としばらく考えていた。
それから、ごくっと口の中のものを飲み込んで、アルテミシアに尋ねた。
「方角は?狂うか?」
「いや、それは、疑似アマンの中でなければ、狂わない。」
「んじゃ、今、だいたい昼だから…王都は、あっちだな。」
ルクスはそう言って指差した。
まあ、そんなものだな、とアルテミシアも頷いた。
「じゃあ、食ったら、あっち目指して、行くとするか。」
「…今できるのは、それしかないな。」
相談はまとまったみたいだった。




