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ルクスとアルテミシアは何も持たずに来たんだけど、幸い、ピサンリが食材は多めに持ってきていたから、三人、たっぷり朝食を摂ることができた。
温かいものをお腹に入れると、不思議に、不安だとか心細いだとかが減って、じゃあ、どうしよう、じゃあ、何ができる?って考えられるようになる。
そうなってから、おもむろに、ルクスは口を開いた。
「それは、やっぱり、やるしかないんじゃないかな。」
何を、やるしかない、のかは、言わなくても分かった。
アルテミシアが重々しく頷く。
僕も、微かに小さく頷いた。
「大丈夫だ。
森はこんなことじゃ死なない。
悪いところを取ってやれば、あとは自然に回復する。」
ルクスは僕を励ますように言った。
僕は、さっきよりもうちょっと、はっきりと頷いた。
「けど、そうだな。
やるなら、慎重にやるべきだ。
火ってのは恐ろしい。
余計なところまで拡げたりしないように、よくよく手を打っておかないとな。」
もっともだ。
僕はルクスを見あげて、今度は力強く頷いた。
ルクスはちょっと笑って僕の頭に手を置いた。
「実はな、俺、あの旅のやつらから、森を焼いた、って話しを聞いていたんだ。」
やっぱり。あの人たちも、森を焼いたんだ。
それはどんなに辛かっただろうと思うと、涙が零れそうになった。
「無事な森との境目は、先に木を全部、伐っておく。
それからそこに溝を掘る。
可能なら、その溝に水を流す。」
僕はルクスの言う手順をひとつひとつ想像して確認した。
木を伐る仕事は大変そうだ。
あの粉は絶対に吸い込んじゃいけない。
溝を掘るのだって簡単じゃないだろう。
それに、水はどこから確保しようか。
「水場はあたしに任せておいて。
どこからか引いてこれないか探してみる。」
そっか、ここにはアルテミシアがいる。
それはすっごく心強い。
ルクスもアルテミシアにむかって、おう、頼んだ、と頷いた。
「木を伐るのは、案外簡単だそうだ。
手をついただけで、ぼろぼろと崩れるらしいからな。
雨の日を選べば、粉が舞い上がることもない。」
そっか。雨の日にやればいいんだ。
「だけど、それにしたって、俺たちだけじゃ、圧倒的に手が足りないよな?」
「村の皆に話してみよう。
なあに、賢者様たちには、いつもお世話になっておるもの。
皆、喜んで、手を貸しましょうて。」
ピサンリがどーんと自分の胸を叩いた。
「それは、助かる。」
ルクスはにこっと笑って、頼む、と言った。
僕はなんだか目が熱くなって、鼻を啜ったら、ずびっと変な音が出た。
涙、出てたみたい。
「もう大丈夫だ。
俺もアルテミシアもピサンリもいる。
村のやつらだってみんないる。」
ルクスは笑いながら、僕の頭をぐりぐり撫で回した。
このまま一度、四人で引き返すことになった。
馬車だと一日半くらいかかる道のりだ。
水がちょっと心配だったけど、アルテミシアが水場は見つけてくれた。
ルクスとピサンリは狩りもしてくれた。
僕は、ただみんなの用意してくれたご飯を食べただけだけど。
そりゃあ、これじゃあ、いつまでたっても、僕は子ども扱いされるよなあ、って、ちょっと思った。
野営のご飯は、アルテミシアとピサンリがふたりがかりで腕をふるってくれた。
懐かしい森の民のご飯と、平原の民の凝ったご飯、どっちもありの晩御飯だ。
びっくりするようなご馳走だった。
これから、僕ら、とっても大変な仕事があるんだ。
辛くて嫌だけど、やらなくちゃならない。
気持ちはとても重いんだけど。
そのご飯はとても美味しかった。
翌日には村に着いた。
村の人たちは総出で僕らを出迎えてくれた。
僕は、お祭りの木を取りに行ったのに、お役目を果たせなくてごめんなさい、って謝ったけど。
村長さんは、そんなことより、みんな無事でよかった、って言ってくれた。
「森の賢者様が、突然、お仲間とピサンリが危機にさらされている、とおっしゃいまして。
村で一番足の速い馬を貸してほしい、と。
これはまたいったいどうしたことか。
わたしたちも追いかけようと、準備をしていたところでした。」
村人たちは、みんなして、うんうんと頷いた。
なんかみんな、本当にいい人たちだよね。
僕はすっごく嬉しくなった。
そのみんなの前に進み出て、ピサンリは平原の民の言葉で何か言った。
すると、みんな一斉に深刻そうな顔になって、僕らのことを気の毒そうに見つめる人もあった。
それから、口々に、何か言って、励ますように拳を握って見せたり、自分の胸を叩いて見せたりした。
「皆に、あの白く枯れた森のことを話しましたのじゃ。」
ピサンリは僕らを振り返って説明した。
「皆、喜んでお手伝いしますと申しておりますじゃ。」
すると、ルクスも進み出て、何か平原の民の言葉で言った。
それを聞いて、村人たちは、口々に、何か叫びながら、手を高く振り回した。
「賢者様が、この村の者を、大切な仲間、と言ってくださったので、皆、喜んでおります。」
この事態をピサンリはそう説明してくれた。
そっか。
ルクスが、みんなを、大切な仲間、と言ったことも。
みんなが、それをとても喜んでくれたことも。
どっちも、とても嬉しかった。
平原の民って、もっと怖い人たちだと思ってたのに。
全然、怖くない。
むしろ、すっごく頼りになる人たちだ。
平原の民にとって、森の病なんて、あんまり関係ないことだろう。
寒くなる前に、保存食の準備や、家や衣の冬支度、やらないといけないことは山のようにあって、今はものすごく忙しい時期だ。
そんなときに、迷惑そうな顔ひとつしないで、二つ返事で力を貸してくれるなんて。
本当に、本当に、有難い。
これからやるのは、とても辛い仕事だけれど。
村のみんなの力を借りることができれば、なんとかやり遂げられる気もした。




