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遠く、地平線から、しらじらと夜が明け始めた。
夜の色はみるみる淡くなって、明るい太陽が顔を出す。
と、その眩しい光のなかに、なにか影が見えた。
おお~い…おお~い…
風に乗って、そう叫ぶ声がする。
「ピサンリ、あれ、なんだろう?」
僕は隣にいたピサンリの腕をゆすぶって、むこうの影を指さした。
「はて?
おう。確かに。
誰か、馬に乗ってくるのう。」
ピサンリは額に手をあててそっちのほうを眺めながら言った。
「あれは、誰じゃ?」
顔は見えないけれど、その声には聞き覚えがあった。
「僕らを追いかけてきたのかな?」
「かもしれんのう。」
そうしている間にも、人影はますます大きくなっていく。
はっきりと姿が見えるようになって、それはやっぱり、僕の思った通りの人だった。
「ルクス?…と、アルテミシアだ。」
二人は僕らに合図をするようにぶんぶん手を振り回しながら、おお~い、おお~い、と叫び続けていた。
しかし、ルクスはいつの間に馬になんて乗れるようになったんだろう。
本当に、なんでもできちゃうんだ、ルクスって。
馬の脚はすばらしいほどに速くて、二人はみるみる間に近づいてきた。
ルクスは見事に馬を操っていて、アルテミシアはその後ろに乗って背中にしがみついていた。
「よう、大丈夫か?」
近くまでやってくると、ルクスは馬を飛び降りて僕らのところへ駆け寄ってきた。
それから、挨拶もそこそこに、いきなり僕の顔を覗き込んだ。
「顔、見せてみろ。
舌出して?
熱、はないな?」
僕は言われるままに口を開けたり舌を見せたりしたけど。
こつんと額を合わせたルクスに、恐る恐る言った。
「僕じゃなくて、熱を出したのはピサンリだよ?」
「おう。あんたか。」
ルクスは僕から手を離すと、ピサンリのほうを振り返った。
「そんで、具合は?」
「あ。
いや、もうわしも、大丈夫じゃ。」
ピサンリは何故か腕をぐるぐると回してみせた。
「昨夜、君が大泣きしてる、って、突然、ルクスが言い出してさ。」
ようやく馬から下りたアルテミシアが、追いついてきてそう言った。
「助けに行かなくちゃ、って言うから。
急いで馬に乗ってきたんだ。」
「一晩中、星を見ながら走った。
星読みってのは、初めてやってみたけど。
聞いた通りやったら、まったく迷わなかった。」
ルクスは星を読む術もいつの間にかすっかり身につけていたみたいだった。
「それにしても、一晩でここまで来られるとは。
ルクス様は馬の扱いにも長けておられるのう。」
ピサンリは感心したように言った。
「なあに。俺の友だちがピンチなんだ。助けてくれ、って、正直に頼んだだけだ。
なあ、相棒!」
ルクスはそう言って馬の首を優しく抱き寄せた。
馬はそんなルクスに応えるように鼻づらを寄せた。
「すごい。いつの間に、馬とも仲良しに。」
僕は目を丸くした。
「まあ、ルクスだから。」
アルテミシアは、ふぅ、とため息をついた。
「ということは、お二人は夜通し駆けてこられたのかの?」
ピサンリは感心したように二人を見た。
「それはさぞかしお疲れじゃろうて。」
「なあに。
お前らの元気な顔を見たら、疲れなんか吹っ飛んじまった。」
ルクスは豪快に笑ったけど、アルテミシアはそんなルクスを、やれやれって顔で見ていた。
「…だけど、泣いてる、って、どうして分かったの?」
僕はちょっと恥ずかしいなって思いながらも、そう尋ねてみた。
するとルクスは、あっけらかんと聞き返した。
「なんだ。本当に泣いていたのか?」
「ちょっと、ルクス…」
流石にアルテミシアも迷惑そうにルクスを見る。
ルクスはまた豪快に笑い出した。
「いや、悪い悪い。
実は、夢を見たんだ。
お前が真っ白い森ん中で、泣いている夢だ。
そうしたらもう、いてもたってもいられなくなって、アルテミシア叩き起こして、馬に乗ってた。」
「…確かに、その夢は見たけど…」
まさか、僕ら、夢のなかで繋がってる?
って、そんなこと、ないよね?
「ルクスはね、君のこと、いつまでも自分たちのところに引き留めておいちゃダメだ、って。
君だって、君の意志で、俺たち以外の誰かともやっていかなくちゃ、って。
そんなこと言ってさ。
ピサンリと二人、送り出したはいいものの。
その後も、君のこと心配で仕方なかったみたいなんだ。」
アルテミシアは苦笑しながらそう説明した。
「子離れできてないのは、俺のほうだな!」
子離れ、って…
僕はけらけら笑うルクスを見てちょっと苦笑いした。
そりゃ、僕は、二人にとったら、いつまでも、下っ端、半人前かもだけど。
「せめて、弟、くらいにしておきな。」
アルテミシア、それ、そんなに意味、変わらない…
「けど、泣いてた、ってのは、本当だったんだな?」
ルクスは聞いていないようで、ちゃんと僕の話しを聞いている。
僕はますますきまり悪くなったけど、ルクスやアルテミシア相手に無理したって仕方ないと思って、正直に打ち明けた。
森が、白く枯れてしまっていること。
その白い粉を吸い込んだピサンリが病気になったこと。
白く枯れる病は、森に拡がっていくこと。
それを止めるには、枯れた森を焼くしかないこと。
「森を、焼く?」
ルクスもそれを聞いてひどく動揺していた。
そりゃそうだ。森の民なら、動揺しないなんてことない。
アルテミシアも、うーん、と低く唸った。
「それは、辛い思いをしたね。」
そう言って、アルテミシアは僕の背中を撫でた。
アルテミシアも、いつまでも僕のこと子ども扱いだよなあ、ってちょっと思ったけど。
やっぱり優しくされると嬉しいから、黙っていた。
すると、何を思ったのか、いきなりルクスは焚火の火を掻き立てて、鍋をかけた。
「とにかく。
腹が減ってるときには、ろくなことを思い付かねえ。
まずは、たっぷり朝飯だ。」
誰もそれに異論はなかった。




