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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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あの白い粉はなるべく吸い込みたくなくて。

僕はマントをかきよせて、口元を覆った。

強い風が吹くと、白い粉はもうもうと舞い上がる。

そのたびに僕は立ち止まって、マントを被ってやり過ごした。


昨日は風がなかったけど。

今日は少し、風があるみたい。

風に吹き散らされていく白い粉は、元は全部、森だったものだ。

舞い上がり、視界を真っ白に染める粉のむこうに、幻の森が見える気がした。


ようやく、昨日、森に入った辺りに辿り着いたときには、もう、お日様は高く昇っていた。

僕は白く枯れた木には触れないように、慎重に森へと足を踏み入れた。


立ったまま枯れている木を見るのは、本当に悲しかった。

たった一本でいいから、生きている木がいないかと、辺りを見回した。

木の歌を聞くために、耳をすませた。

だけど、ここは、しんとした、歌のない世界だった。


森へ入ると、少し、風はおさまったみたいだった。

慎重に足を下ろせば、足元の粉を舞い上げることもなかった。

僕は、そっとそっと歩きながら、マントの中で小さな声で歌い始めた。


歌はやっぱり、アルテミシアがすっごく上手いから。

普段は僕は、あんまり歌わない。

だけど、歌えないわけじゃない。


しんとした森の中、自分の声がいやになるほどよく響いた。

やっぱり、僕、自分の声はあんまり好きじゃないなと思う。

アルテミシアやルクスの声は好きなんだけど。

僕はやっぱり歌より笛のほうがいいな。


だけど、黙っているよりも、歌っているほうが元気が出る。

どうせ誰も聞いていないのだし。

僕は自分を励ますために歌い続けた。


森はどこまで行っても白く枯れていた。

いつのまに、こんなことになってしまったんだろう。

森は確かに最近元気がなかったけど。

前は、ここまで酷い事にはなっていなかった。


歌は聞こえないけど、それでも、森のなかなら、道に迷うことはなかった。

枯れていても、木の姿は見分けられる。

僕は奥へ奥へと森を進んだ。

ここまで来たら、なんとしても、水を見つけて戻ろうと思った。


ピサンリは大丈夫かな。

こんなところで病気になるなんて、さぞかし不安なことだろう。

本当なら、傍についていてあげたかったけど。


僕は耳をすませた。

何かあったら吹いてと預けてきた笛の音が、聞こえないかと思った。

もちろん、聞こえない方がいいんだけど。

何もなくて、ピサンリもゆっくり休めて、そして帰るころには元気になっていてくれればいい。


水はどうしても必要だ。

そして、今、水を汲みに行けるのは、僕だけ。

ピサンリを助けるためにも、ここは頑張るしかないんだ。


ひとつ、深呼吸をした。

じっと、目を閉じて、音を聞くことに集中した。

静かに吹く風の音だけ聞こえてくる。

風は、白く枯れた森にも、吹いている。


と、ふと、風の音に混じって、懐かしい木の声が聞こえた気がした。

僕はもっとよく聞こうと集中した。

間違いない。

とてもか細くて元気もないけど、確かにこれは木の声だ。


僕は木の歌に合わせて、小さく歌ってみた。

すると、少しずつ少しずつ、木の声がよく聞こえるようになってきた。


応えて、くれてる!


僕は駆けだした。

うっかり白い木にぶつかったり、足元の粉を巻き上げたりしないように気を付けながら。


そうして、ようやく見つけた。

まだ白くなっていない森を。


森はひどく元気がなかった。

それでも、静かに、歌っていた。

僕は葉っぱを一枚もらって、木の歌に合わせて鳴らした。

歌うよりは、いい音だと思った。


森の木々たちは、はっとしたように一瞬、静まり返った。

けれど、それから、さっきより、もっと深く大きな声で歌い始めた。

この森は、僕の暮らしていた森ではないけれど。

それでもやっぱり、森は僕の故郷だと思った。


はじめまして、こんにちは

これでも僕、森の民です

みなさんに、何かしてあげられることはありますか?


森は怯えていた。

白くなって枯れることを、ここの森はもう知っているみたいだった。

もうすぐ近くまで、それはきている。

だけど、森は、僕に助けてほしいとは言わなかった。

森の民にはどうすることもできないって、森は知っているみたいだった。


森は、歩いて逃げることはできないから。

食い止める術も持ってないから。


水をわけてもらえませんか


僕は申し訳ないと思いながらも、自分の要求を先にした。

森はそんなことでは怒らない。

ざわざわと、風もないのに、葉が揺れた。

木の歌の音色が、こちらからあちらへむかって高くなっていく。

方角を教えてくれているようだった。


木々の歌を辿って行くと、小さな泉があった。

本当に小さな小さな、湧き水だった。

水は小さな水たまりを作っていたけれど、どこへも流れて行かずに、地面にしみ込んでいる。

そうしてこの辺り一帯の森を支える大切な水になっているんだ。


貴重な水をわけてくれて有難う


僕は心の底から感謝して、水袋に水を汲んだ。

なるべくたくさんほしいけれど、これはこの森を支える大切な水だ。

欲張るのはいけない。


水を確保して、戻ろうとすると、木々の歌がまた大きくなった。

そうだ。せめて、お礼に一緒に歌おう。

僕は葉っぱの笛を鳴らして、森と一緒に歌った。

森たちが喜んでくれているのが分かった。


この森も、もう直、白く枯れてしまうんだろうか。

唐突に悲しみが込み上げてきた。

大切な水を分けてくれる。優しい優しい森。

なんとか、できないものかな。


エエル、を知りませんか


僕は森に尋ねてみた。

けれど、やっぱり答えは帰ってこなかった。

森もエエルについては何も知らないようだった。


エエルさえあれば、あんなふうに森も枯れたりしないだろうに。

やっぱり、そのエエル、を何とかしないと。

だけど、そのエエルの正体も分からない。

どうすればいいんだ。


悔しい。

悲しい。

なんだって、僕はこんなに、役立たずなんだろう?

ぽろぽろと涙が零れた。


だけど、今は水を持って行かなくちゃ。

役立たずの僕だけど。

せめて、ピサンリのことは助けないと。


僕は水袋をしっかり背負うと、笛を吹きながら歩き出した。

ごめんね。ごめんね…

心のなかで謝りながら、ピサンリのところへと戻っていった。







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