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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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その夜。

白い粉のないところまで引き返してから、僕らは荒野で野営をした。

真夜中ごろ、ひどくうなされるピサンリの声に目を覚ました。

けほけほと咳も止まらない。

額に触れるとひどい熱を出していた。


応急処置用の薬は持ってきていたから、とりあえず、熱さましと咳止めを飲ませてみる。

大荷物だ、って文句言ったけど、やっぱり、ピサンリがいろいろと用意しておいてくれてよかった。


やっぱり、あの白い粉を吸い込んだせいかな。

僕もなんだかちょっと、喉が痛い。


だけど、ピサンリは、僕を助けて走ってくれたから。

きっと僕よりもっとたくさん、あの粉を吸い込んでしまったんだろう。


震えているピサンリに、ありったけの防寒具をかける。

寒い寒いと呟くけれど、額はとても熱い。

荒れ野じゃ水は貴重品だけど、熱を冷ますために、使うしかなかった。


森が前の通りの森だったら、水を手に入れるのは難しいことじゃないけど。

今のあの森じゃ、どうだろう。

ここにアルテミシアはいない。


それでも、なんとかしなくっちゃ。

ここにいるのは、ピサンリと僕だけなんだから。

いつもみたいに、誰かに頼ってばかりじゃダメなんだ。


木の歌を聞けば、水の場所も分かるかもしれない。

いつもアルテミシアやルクスがなんとかしてくれてたから。

あんまりやったことはないけど。

きっと、やってみれば、できると思うんだ。


だけど、歌を歌う木は、どこに行けば会えるだろう。

少なくとも、あの白く枯れた森には、歌う木は一本もいなかった。


前に寄った、平原に近い郷には井戸もあったけど。

郷の位置が分からない。

森は視界の左右にずっと広がって見える。

いや、もしかしたら、あの郷は、もう通り過ぎてきたところにあるかもしれない。


ここから郷を探すよりは、森へ行く方がいい。

もっとずっと奥へ行けば、まだ無事なところもあるかもしれない。


一晩中、ピサンリは苦しんでいた。

夢にうなされて目を覚ますけど、その目はぼんやりとして、ちゃんと起きてはいなかった。

僕は、ピサンリの額を冷やすための布を取り替えながら、ずっとピサンリの手を握っていた。

励ます他に、僕にはできることはなかった。


長い夜が明けて、朝が来たとき、これほどほっとした夜明けは初めてだと思った。

ピサンリの熱はまだ下がらないけれど、目はちゃんと覚めて、話しかけたら、返事してくれた。


「すまないのう。こんな迷惑をかけて。」


「迷惑だなんて。

 僕のこと助けてくれたせいなんだから。」


しきりに謝って無理して起きようとするピサンリを、僕は押しとどめた。

それから、これは大事なことだから言っておかなきゃならなかった。


「だけど、ごめん、ピサンリ。

 水を、使ってしまったんだ。」


「…水、か…」


ピサンリは呆然と呟いた。

荒野では水がどれほど貴重かは、僕も身をもって知っていた。


「だから、僕、水を探してくるよ。」


僕は、遠くに見える森の影のほうを振り返った。


「あの、森に?」


そう尋ねるピサンリの声は震えていた。

僕はそんなピサンリを励ますように、わざと笑って頷いた。


「森は僕らの領域だもの。大丈夫。

 昨日は入り口のところで、引き返しちゃったけど。

 もっと奥へ行けば、あの白く枯れた木ばっかりじゃなくて、元気な森もあると思うんだ。」


前に森を旅したとき。

平原の傍の森は荒廃が進んでいたけれど。

僕らの郷のあった、森の奥の方は、まだ、それほどでもなかった。

だから、今も森の奥へ行けば、なんとかなるんじゃないかという期待もあった。


「だからさ、ピサンリ、ひとりにして心細いかもしれないけど、今日はここで休んでいてくれないかな?」


「…それは…しかし…」


ピサンリはどう答えたものか迷っているようだった。

まだ熱の下がらないピサンリは、僕と一緒に行くのは到底無理だ。

だけど、どうしたって水は要る。


「なにかあったら、これを吹いて。

 この笛の音なら、きっと僕に届く。」


僕は、いつも首にかけている土笛を取って、ピサンリに差し出した。

ピサンリは笛を見て驚いた顔をした。


「これは、大事なものじゃろう?」


「だから、預けて行くんだ。

 僕が戻るまで、これを預っていて?」


ピサンリはちょっと情けない顔になって、僕を見た。

今にも泣き出しそうにも見えた。


「僕のこと、頼りないって思ってるかもしれないけど…」


いや、思ってるだろうけど。


「大丈夫だよ。

 森なら、僕には、いくらでもやりようがある。」


するとピサンリは泣き笑いのような顔になった。


「いや、すまない。

 森の賢者様を捕まえて、心配じゃなどと言うのは、失礼なことだと、分かってはいるのじゃが…」


ピサンリは、ずずっと盛大に鼻水を啜ってから続けた。


「今のわしじゃ、足手まといにしかならないことも、自覚しておる。

 水がなくなったのも、わしのせいじゃ。

 それなのに、そのためにお前様を危険な目にあわせるなど…

 情けないにもほどがある。

 申し訳なさで、いっぱいなのじゃ。」


「気にしないで。

 そもそも、ぼんやりしていた僕を助けるために、ピサンリはこんなことになったんだ。

 僕こそ、ピサンリを酷い目にあわせてごめんなさい。」


僕はピサンリに笑ってほしくて、精一杯笑顔になってみせた。


「だけど、謝ってばかりいたって、先には進まないから。

 ちゃんとごめんって言ったら、後は、今のこの困った状況をどうにかすることを考えるべきだ、って。

 ルクスはいつもそう言う。

 …ほら、僕、小さいころから、ルクスにもアルテミシアにも、謝らないといけないようなことばっかり、だったからさ。」


本当、いつも一番情けないのは、僕なんだよね。


「ではせめて、馬を使ってくだされ。」


ピサンリはそう言ったけど、僕はそれには首を振った。


「僕、馬車は扱えないし、馬にも乗れない。

 だから、歩いて行くよ。」


僕は馬の傍に立って行くと、その額に額を押し当てて呟いた。


「君はここにいて、ピサンリのことを守ってあげてね?」


馬はただじっとしていて、僕が額を離すと、分かった、というように頷いてみせた。


ピサンリはそんな僕を見て、また泣きそうな顔をしていた。


「申し訳、ありません、じゃ…」


「だからさ、もう、謝るのはなしにしようって。」


僕はピサンリに思い切り笑ってみせた。


「すぐに戻ってくるから。

 ピサンリは今は休んで、からだを治すこと。

 それに、ちゃんと元気になって、お祭りの木を持って帰らなくちゃなんだから。」


「分かりました、じゃ。」


ピサンリも、僕に合わせて、無理をするように笑ってくれた。


「じゃ。」


このままぐずぐずしていたら、ひとりで行こうっていう僕の決心もぐらぐらになる気がしてきて。

僕は、カラ元気を振り絞って手を上げると、あの森へむかって歩き出した。









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