表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/237

26

森へ帰るとなったら、ルクスもアルテミシアもきっと一緒に来ると思ってたんだけど。

その話しをしたら、どっちも一緒には行かないって言った。


ルクスはここのところ、例の本の解読の調子がいいから、この勢いを止めたくないらしい。

アルテミシアは、村の人たちと一緒に、冬の保存食を作る約束をしてしまったそうだ。


……仕方ない、かな?


それに木を伐るだけなら、森の入り口のところで済む話しだし。

僕らの郷まで帰るってわけでもないし、ね…


ちょっと寂しい、って気もしないでもなかったけど。

でも、ピサンリと一緒だから、まあ、いいっか、って思えた。


馬車には往復の食料やら水やら、野営のための薪やら防寒具やら、どっさりと荷物が積んであった。

その準備はピサンリが全部やってくれたんだけど。

荷物を山と積んだ馬車を見て、僕はひどく驚いた。


「二人だけなのに、食料って、こんなに、要る?」


「このくらいは、必要じゃろう。」


「木を載せてこないと、なんだよ?

 ちゃんと載るかな?

 それに、あんまり重いと、馬が可哀そうじゃない?

 僕らも馬車に乗るんだよね?」


「大丈夫、だいじょーぶ。

 お前様は、背は高いが、そんなにひょろひょろじゃし。

 わしは、みっちりつまってはおるが、背はないからのう。

 それに、食料も水も、帰りまでにほとんどなくなる。」


確かに食料や水は途中で消費するだろうけど…


「だいじょうぶ、だいじょーぶ。」


なんか、だんだん、大丈夫、がいい加減になるなあ…


心配はしたけど、いざ、出発してみると、案外、大丈夫だった。


「この馬は、村で一番力持ちなのを借りてきたんじゃ。

 なにせ、今年は一段と立派な木を持ち帰らねばならんからのう。」


ピサンリはもう本当に張り切ってしまっている。

でも、僕もわくわくしてきてしまうのを抑えられなかった。


森との間に広がる荒れ野に道はない。

ごろごろと石ころの転がる荒れた土地だ。

草もあんまり生えていないし、木はもっとない。

冬にむかう今は、少ししかない草もほとんど枯れて、どこまでも茶色い地面しか見えなかった。


そんなところをどうやって進むんだろうって思ったけど。

ピサンリはお日様の方角と、あと、いくつか目印になる岩を使って進む方法を教えてくれた。


「日の出と日の入り、そうして、お日様が一番高くなる時刻。

 ここにこうして棒を立てて、この棒の影がここの印と重なるように進むのよ。」


なるほど。

馬車には方角を知るための棒が立ててあって、その周りにはいくつか印がつけてある。

それはまるで、あの本に描いてあった不思議な絵に、どこか似ている気がした。


「この印って、たくさんあるね?」


「あちこち、行先によって違う印を使うのじゃ。

 こっちのは、ほれ、河へ行くときに使う印じゃ。

 それに、季節によっても、見る印は変わる。

 もっとも、森には一年に一度、今の季節しか行かんから、印はひとつしかない。」


ピサンリは印を指さしながら教えてくれた。


「どうして森には一年に一度しか行かないの?」


「森は森の民の大切な住処。そうおいそれと行ってよいものではないからのう。

 ただ、一年に一度、新しい年の生まれ変わりを祝う木は、特別な森の木をいただくのじゃ。」


冬至が新しい年の生まれ変わりの特別な日だと思うのは、平原の民も僕らも同じようだった。


「もらってきた森の木も、無駄にはせんぞ?

 翌年に家を建てる予定があれば、その家の一番大切な柱にする。

 小さな枝は削って家で使う道具を作る。

 葉は土に梳き込み、畑の肥料にする。

 隅から隅まで、余すところなく、使わせていただく。」


平原の民の家は、土を捏ねてお日様に干した煉瓦を積み重ねて作ってある。

けれど、家の中には柱もあるし、匙やらお椀やら木製の道具もよく使っている。

あれって、お祭りに使った木で作ってあるんだ。


「いくつか、目印になっとる岩もある。

 ほれ、あそこのは、鶏岩、と言うて、朝、鬨を告げる鶏に似とるじゃろう?

 そういう目印を辿っていけば、まず、迷うことはない。」


なるほど。平原の民には平原を旅する方法がちゃんとあるんだ。


「あとは、夜になれば、星を見る。

 星と星を線で繋ぎ、その線をまっすぐ地面に下ろして測れば、どのくらいの距離を進んできたのか分かる。」


すごいなあ。

話しを聞きながら僕は感心するばかりだった。


「平原の民は物知りだね。」


「平原で生きる者が、平原での暮らし方に詳しゅうなるのは、当然と言えば当然じゃ。

 しかし、わしは、もっとすごい物知りを知っておる。

 わしに森の民の言葉を教えてくれた森の民のじいさまじゃ。」


「ご老人から言葉を習ったんだ。」


だから、ピサンリの言葉はおじいさんみたいなのかな?


「わしが幼いころ暮らしておった街の家の近所にの、そのじいさまは住んどった。」


ピサンリは懐かしそうな目になった。


「平原の街に住んでいる森の民なんて、いるんだ?」


「じいさまは、自分はもう森の民ではない、と言うておった。

 とっくの昔に、街の民になっておる、と。

 だから、いつか命尽きるときまで、この街にいる、と。」


そっか。そういう森の民もいるんだ。


「わしは、初めは、森の民、というより、そのじいさまのことが好きじゃったのだと思う。

 物知りで、笑うと顔がしわくちゃになって。

 酒が好きで、そのために平原の街に移り住んだと言うとった。

 森には、街のような酒はないらしいの?

 いったいどのくらい長生きしとるのか分からん、古い大きな木のような人じゃった。

 近所の子どもらは、じいさまのことは気味悪がって、あんまり近づかんかったが。

 わしは、毎日のようにじいさまのところへ行って、遊んどった。

 じいさまには、言葉だけじゃなくて、いろんなことを教わった。

 森の民というものは、なんとも不思議な人たちじゃと、つくづく思ったものじゃ。」


「え?

 それじゃあ、僕のことも不思議だと思う?」


「不思議じゃろうよ。

 草が歌うと言うてみたり。

 笛を吹いて、鳥を集めてみたり。」


あれは集めているわけじゃなくて、勝手に寄ってくるんだけど。

草の歌は、人によって聞こえ方が違うってだけなんじゃないかなあ。


「人なんてものはのう。

 自分にはない力を持つ相手のことは、みぃんな不思議に思う。

 と、これは、じいさまの受け売りじゃけど。

 森の民にとっては、平原の民こそ、不思議な人々じゃ、と。」


「うん。

 それは僕もそう思うよ。」


大きく頷いてみせると、ピサンリは、くっくっと笑い出した。


「じいさまは、そんなに森の民ことが知りたければ、もっと森に近いところへ行けと言っての。

 村のことを教えてくれた。

 自分はもう正確には森の民ではないから。

 本物の森の民を直にその目で見てこいと。

 だからわしは、村にやってきたのよ。」


本物の森の民かあ。

それって、僕らもそうなのかな?


「じゃあ、じっさいに僕らと出会って、どう思った?」


「いや、やっぱり不思議な人々じゃったと、つくづく思ったのう。」


ピサンリはそう言ってからからと笑った。


「けど、思ったより、不思議ではない、とも思うた。」

 

「そっか。

 うん、それ、僕も、ピサンリのこと、そう思ったよ。」


僕はずっと平原の民は恐ろしい人々だと思っていた。

でも、ピサンリのことは、全然恐ろしくない。


「本物を直に自分の目で見て、そのときに自分の頭で考えたことを大切にしろ、と。

 じいさまは、よく言うとった。」


ピサンリは、多分、老人ではないし、生きている時間も僕らとそう変わらないと思う。

それでもどこかお年よりっぽいのは、その言葉を教えてくれたおじいさんの影響なのかもしれない。

なんだか、面白そうなおじいさんだなあと、僕も思った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ