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おっちゃんはちょっとオルニスに遠慮するみたいに会釈すると、僕のほうへ近づいてきた。
ブブもおっちゃんの周りをぶぶぶぶぶと忙しそうに飛んでいる。
「お食事の支度がしてあるんですけど。
ここで召し上がりますか?」
「あ。いえ。食堂?に行きます。」
この部屋には寝台があるだけで、テーブルや椅子はない。
きっと食事には食事用の部屋があるんだろうって思った。
寝台に食事を運んでもらわないといけないほどには弱ってないし。
だったら、ちゃんと起きよう。
「じゃあ、ご案内しましょう。」
僕は急いで身支度を始めた。
おっちゃんはそこで待っていてくれるつもりなのか、そのまま説明を始めた。
「ここは村長さんの家です。
この村じゃ、余分な部屋のあるのは、ここだけなんですよ。
普段はわたしが泊めてもらってます。」
「それは、ごめんね。
もしかして、僕、おっちゃんの寝床を奪ってしまったんだね?」
「かまいませんよ。
わたしは野宿も慣れてますしね。
壁と床のあるところで寝られるだけマシってもんです。」
おっちゃんはにこにことそう言ってくれた。
「昨日はずいぶんお疲れのご様子でしたし。
ゆっくり休めましたか?」
「お蔭様で。」
すっきりいい目覚めだった。
「虫たちが治癒術をやってたみたいなんで。
まあ、問題なかろうとは思いましたけどね。」
「あ。あのとき?
あの光る虫、そんなこともできるんだ?」
どうりでふわっと心地よかったはずだ。
倒れ込んだとき、光る虫に包み込まれた。
多分、あのときに、治癒術をかけてくれたんだろう。
「わたしもいつもあの子たちに助けてもらってるんですよ。」
おっちゃんはなんだか我が子を自慢する親みたいな顔をしていた。
「坊ちゃんのことは、使い魔から話しを聞きました。
いろいろとご苦労をなさったようで。
いいえ、もう、坊ちゃんなんて、気安くお呼びしてはいけませんね。
大賢者様、とお呼びしないと。」
僕は思い切り顔をしかめた。
「やめてよ~、僕、そう呼ばれるのイヤなんだ。
どうしてもってんなら、笛使い、って呼んでください。
仲間たちはそう呼ぶよ?」
「お仲間と同じにするのは畏れ多い。
なら、わたしは昔のまま、坊ちゃんと呼ばせていただきましょうかね。」
おっちゃんはそう言って微笑んだ。
支度の済んだ僕をおっちゃんは食堂に案内してくれた。
案内、と言っても、そんなに広いお屋敷じゃなかったから、自分でも行けたかもだけど。
食堂には初老の村長さんと、同い年くらいの村長さんの奥さんが、忙しそうに食事の支度をしてくれていた。
僕らが行くと、ふたりは振り返って笑顔で歓迎してくれた。
「おふたりは、王様の命で王都から来てくださったご使者だそうですね?」
一瞬、オルニスが話したのかなと思ったけど。
オルニスを見ると、オルニスもちょっと驚いた顔をしていた。
あ。そっか。ブブか!
僕はおっちゃんのほうを見た。
「先にお話しするのも、どうかとも思いましたけれど。
みなさんがただの道に迷った旅人じゃないってのは、言ってもいいかと思いまして。」
けど、村長さんの様子を伺うに、ただの道に迷った旅人じゃない、ってこと以上に、いろいろ、もう既にご存知みたいだった。
「王様とは昔馴染みのお偉い大賢者様だとか。
大精霊を召喚し、この世界の滅びをくい止めた張本人だと。
そんな偉い方にわざわざお越しいただけるとは!
こんな有難いこともありません。」
それ、ブブが言ったの?
だけど、ブブは全部知ってるのに、わざわざそんなこと言わないよね?
なら、犯人は、誰?
村長さんはちょっとはにかんだみたいに僕を見た。
「あの。
握手してもらってもいい、ですか?」
「あ…、はい…」
僕が手を差し出すと、村長さんは両手で握ってぶんぶんぶんと振り回した。
「なんとなんと。この手はもう洗いません!」
いや、それ、普通に汚いと思います。
「ほら、みんな。尊い賢者様に握手をしていただきなさい。」
村長さんはドアのところにむかって言った。
そしたら、そこから、ぞろぞろと、大勢の村人?らしき人たちが入ってきた。
いつの間にこんなに大勢人が集まってたんだろ。
村人は、きちんと列を作って、僕の前に並んだ。
みんなちょっとほっぺたを赤くして、にこにこと僕を見ている。
一番前に並んでいたひとりが、丁寧にお辞儀をしてから僕のほうへ恐る恐る手を差し出した。
「あ。あの…」
「あ。はい。」
とりあえず、差し出された手を握ると、村人は両方の手で僕の手を包んで、何度も何度も振った。
「賢者様!お初にお目にかかります。」
「あ。どうも…」
「お目にかかれて光栄です!」
「いや。あの。こちらこそ。」
………僕、実は、こういうの、苦手なんだけど…
ちらっとおっちゃんのほうを見たら、おっちゃんはわざと目をそらして知らん顔をした。
多分、村中から人が集まってたんだと思う。
結局、僕はその全員と握手をして、その間、朝食はおあずけだった。
みんなさ、にこにこと僕を見てくれてるから、おなかすいた、とも言えないしさ。
丁寧にご挨拶してくれてるのに、不愛想に返すのも、なんか悪いって思うし。
とりあえず、なんとか笑顔にだけはなろうとしてたけど。
申し訳ないけど、途中から、頭のなかは、おなかすいた、ばっかり考えていた。




