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小さな護符の光に護られて、僕らは一歩ずつ、村へと近づいていった。
この一歩。そしてまた次の一歩。
少しずつだけど、それでも、確実に安全な場所には近づいているはず。
いっこうに明かりは近くならないけれど。
闇の塊は、いっそう濃くなり、僕らの周囲は十重二十重に取り囲まれていたけれど。
それでも、そう信じて、進むしかなかった。
「その護符って、どのくらいもつんだろ。」
オルニスに言われて、途端に、その可能性も考えた。
「…半永久的に?」
は、もたないかも。
だけど、今はこれが僕らの頼みの綱だ。
これが、僕らの安全を、なんとか護ってくれている領域だった。
オルニスはへへっと笑った。
「せめて、村までもってくれるといいけど。」
「…そう、だね。」
これは匠の大切な物だ。
ちゃんと無事なまま返したかったんだけど。
もしかしたら、この状況だと、僕らも、無事なまま、帰れるかどうか分からない。
闇の塊は僕らをどうするつもりなのかは分からないけど。
どう見たって、あれに捕まったら、無事には済まないだろう、ってことは分かった。
「ねえ、その光、もうちょっと大きく、とかできないの?」
「え?」
僕はちょっと考えてから答えた。
「分からない、けど。
それは、やらないほうがいい、んじゃないかな。
多分、護符に負担をかけるだろうし。
無茶をして、護符を壊すことになったら、どうにもならない。」
「確かに。」
オルニスは神妙にそう言ってから、はははと笑い出した。
「こいつはまいったなあ。
君のことは僕が守る、なんて、大口叩いたくせに。
なんだ、このザマは。」
「そんなことないよ。
君がいなかったら、とっくに僕は闇に捕まってたと思う。」
「そっか。
まだそんなふうに言ってくれるんなら、せめて、僕は、この命に替えても、君だけは逃がすよ。」
「そんなこと言わないで。
僕ら、きっと、一緒に逃げられるよ。」
オルニスは笑ってたけど、いつになく弱気なことを言うのはすごく不安だった。
だから、僕だって、守ってもらってばっかりじゃなくて、なんとかしてこの危機を切り抜けなきゃって思った。
笛を、吹いて、みようか?
だけど、ここにエエルはいないし…
それに、笛を吹くためには、護符から手を離さないといけない。
手を離しても、この光は継続してくれるのかどうか、イマイチ、自信もない。
もしも手を離した途端に光が消えてしまったら…
何か、他にいい手だてはないだろうか。
必死に考えを巡らせた。
だけど、何も思い付かず、ただ、じりじりと迫る闇の塊に怯えながら、一歩ずつ進んで行くしかなかった。
闇のむこう側から、その音が聞こえたとき、はじめは、そら耳かと思った。
だけど、それは幻の音なんかじゃなかった。
どこどこどこどこ…どこどこどこどこ…
聞き覚えのある太鼓の音に、僕は思わず大声で返事した。
「ここ!ここ!ここ!
ここだよ!ここ!」
どこどこどこどこ…どこどこどこどこ…
「ここだって!ここ!ここ!」
太鼓の音に混じって、ぶぶぶぶぶ、というブブの羽音も聞こえ始めた。
「ブブ!ブブ!ここだよ!ブブ!」
帰ってきてくれたんだ。
助けを呼びに行ってくれたんだ。
そう気付いた途端に、嬉しさが僕のなかに膨れ上がって、そのせいか、護符の光が勢いを増した。
「あ!」
明るく輝いた光に驚いた闇の塊たちがほんの少し退散したそのむこう側に、ランプの明かりと、それから夏の水辺のようにきらきらと輝く虫たちの姿が見えた。
「おっちゃん!」
どこどこどこどこ…どこどこどこどこ…
太鼓の音は、僕の声に答えるようによりいっそう高く鳴り響いた。
ぶぶぶぶぶ
ぶぶぶぶぶ
虫たちの羽音も近くなってくる。
僕は護符を握ったまま両手を振りまわしてさらに大声をあげた。
「ここだよ!ここ!ここ!」
オルニスも一緒に叫んでくれる。
「ここ!ここ!ここ!」
どこどこどこどこ…どこどこどこどこ…
ぶぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ…
光の虫たちは、闇の塊にもおかまいなしにつっこんでいく。
むしろ、闇の塊たちは、光の虫に恐れをなして、逃げだした。
虫たちのむこうから、太鼓を叩きながら現れたのは、とても懐かしい人だった。
「やあ。坊ちゃん。お久しぶりです。」
「虫使いのおっちゃん!」
何年ぶりだろう。
おっちゃんは僕を見上げて、明るく笑った。
「ずいぶん、ご立派になられましたな。
もう、坊ちゃんとも、呼べません。」
「僕も、おっちゃん、だなんて、いつまでも失礼だよね?
でも、おっちゃんは、全然、変わらないね?」
「若い人と違って、年を取ると、あまり変わらんもんです。」
おっちゃんは僕に笑いかけてから、オルニスを振り返って、そちらは?と尋ねた。
「オルニス。
僕の友だちだよ。」
「そうでしたか。
わたしのことは…
まあ、話すと長くなりますからね。
しかし、こんな場所に長居も無用。
先に村へ行くとしましょうか。」
おっちゃんはそう言うと、太鼓の音を少し違うふうに鳴らした。
すると光る虫たちは一面に集まって広い布みたいになり、その上にひらりとおっちゃんは飛び乗った。
「すごい!
格好いい!」
僕が感嘆の声を上げると、おっちゃんは、にやっと笑った。
「わたしも、少しレベルアップしましたかねえ?」
ぶぶぶぶぶ…
用事を済ませた、とばかりに僕のところに戻ってきたブブは、胸の定位置について、置物に戻る。
僕らは光る虫に護られながら、村へと急ぎ走った。




