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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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ひと休みした僕らは、また道を急ぎ始めた。


「君にあまり無理はさせたくないんだけど。

 暗くなる前に、村に着いておきたいんだ。」


オルニスはちょっと申し訳なさそうにそう言った。


「だけど、気分が悪くなったらすぐに言ってね?」


僕は有難うと頷いたけど。

匠の護符のおかげか、その後、具合の悪くなることはなかった。

オルニスも、少し、馬の速度を遅くしてくれたみたいだった。


そうして、僕らは荒野を馬に乗って駆け続けた。

行けども行けども、目の前にはただ、どこまでも続く荒れ地が拡がっていた。

何故だか、希望だとか夢だとか、そういうものを打ち消されそうな景色だと思った。


オルニスは僕に気を遣ってくれたのか、ときどき、馬を止めて休ませてくれた。

水を飲むだけの小休止だったけど、僕は大いに助かった。


だけど、後から思えば、それは、失敗だったのかもしれない。

無理をしてでも、先を急ぐべきだったのかもしれない。


日が傾きだし、冷たい夜の風が吹き始めたとき、僕は改めてそれに気付いた。


「ねえ、オルニス。

 このまま行って、暗くなる前に、村には着くんだろうか。」


どんなに目を凝らしても、村らしき影はまだ見えない。

なのに、お日様は、まるで誰かと約束のある人みたいに、急ぎ足で立ち去ろうとしていた。


オルニスは、ちょっと困ったみたいに、うーん、と首を傾げた。


「…とにかく、行くしかない、かな。」


それは間違いなくそうなんだけど。


「野営をする、なんてことは…」


「それはダメだ!」


オルニスは即座に断言した。

それから、僕を見てきっぱりと言った。


「悪いけど、ここからはもう休まない。

 苦しいかもしれないけど、我慢してくれるかな。」


「…分かった。」


僕が迷惑をかけているのは間違いないんだから。

少しくらい具合の悪いのなんか、我慢しなくちゃ。

僕が頷くのを見て、オルニスも頷き返すと、最初のころのように、馬を飛ばし始めた。


護符のおかげか、今度は馬に酔うこともなかった。

速い馬にしがみついているのは大変だったけど、少しは慣れたのか、最初ほど辛くはなかった。

オルニスは、それはそれは、馬を急がせた。

馬も疲れているだろうに、頑張って走ってくれた。


だけど。

そのうちに、日はとっぷりと暮れて、後は、前も後ろも分からないくらいの闇夜に、辺りはすっぽりと閉ざされていた。


月もない。

何故か、星も見えない。

ねっとりとした闇が絡みついてくるような夜だった。


普通なら野営をしたほうが安全だと思えるような状況だったけど。

それでも、オルニスは、馬を止めようとはしなかった。

だけど、行けども行けども、人の灯す明かりは見えなかった。

もしかしたら、流石のオルニスも、この暗闇の中じゃ、道を間違えたんじゃないかって、うっすらと思った。


突然、馬が何かに驚いたように、立ち上った。

オルニスが必死に手綱を引いてくれたおかげで、なんとか放り出されずには済んだけど。

馬はその場に立ち止まったまま、一歩も前に進もうとしなかった。


「………オルニス……、何か、いる………」


闇がゆっくりと固まって形を作り始めた。

そっちにも、こっちにも、人よりも大きな闇の塊は、ぬっと立ち上って、それからゆらゆらと僕らのほうへ近づいてきた。


「頭、下げて!」


その声と同時に、ひゅん、という音がした。


僕の後ろから、突然、矢が放たれた。

オルニスだった。

オルニスは短弓に一度に三本ずつ矢をつがえて、絶え間なく放ち続けた。

矢は四方へ飛んでいく。

僕らを取り囲んでいた闇は、矢が当たると少し崩れて小さくなった。


「今のうちに、抜けよう。」


闇の塊の隙間を見つけると、オルニスは馬を走らせた。

今度は馬も走ってくれた。

あの闇たちは、僕らの後ろから追いかけてきた。


昼間、僕を見ていた視線は、あの闇たちだった。

もうずっと前から、闇たちは僕らをつけ狙っていた。

光のあるところなら、護符の力で、僕らはあの闇から見えなくなっていたんだと思う。

だけど、今は、光と闇の力は逆転していた。


オルニスが無理をしてでも急いでいた理由がやっと分かった。

だけど、後悔しても、遅かった。


なんとしてでも、あの闇をふりきらないといけない。


そのとき、小さな希望が見えた。

遠く遠く、かすかに、人の灯す明かりが見えたんだ。


「オルニス!村だ!」


オルニスは黙って、ただ、さらに馬を急がせた。

馬は、一日中走って疲れていただろうに、それでも頑張って走ってくれた。


遠くに見える明かりは僕らの希望だったけれど、それでもあまりに遠かった。

そして、走っても走っても、そこには行きつかなかった。


悪い夢を見ているみたいだと思った。

闇と対抗する術なんて、僕はなにも持っていなかった。

ここには味方をしてくれそうなエエルもいなかった。


馬はとても足の速い生き物なのに。

あの闇は、馬よりも速いらしい。

僕らのもうすぐ後ろまで、闇は迫ってきていた。


そのときだった。


ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶ…


ずっとずっと、ごはんの時以外は置物だったブブが、突然、僕の胸から飛び立った。

そして、あっという間に闇の中へと消え去った。

手を伸ばす暇もなかった。


「ブブ!」


僕はブブの名前を呼んだ。

ブブを探したいけど、馬を止めてほしいとも言えなかった。

ブブの羽音もあっという間に聞こえなくなった。

この闇の中、ブブのほうからこっちに来てくれなければ、もう二度と会えそうになかった。


いや。

僕らもう、絶体絶命なんだし。

ブブだけなら、逃げられる、かもしれない。

無事に逃げてくれたのなら、それでいいっか。


僕は無意識に護符を握って、ブブの無事を願っていた。


その護符を握った掌に、ふわり、と熱を感じた。

あっと思ったときには、護符は眩しい光を放っていた。

光は馬と僕らふたりを包み込むように丸い大きな玉になった。


よく見ると、僕らはもう、四方八方を闇に取り囲まれていた。

ただ、光の届く場所に、あの闇は入ってこられない。

ぬぅと手を伸ばしては、光の中に入ると、闇は、しゅうと消滅してしまっていた。


「何?この光。君の魔法かい?」


オルニスはちょっと嬉しそうに僕に尋ねた。


「いや。僕じゃなくて、護符の力だよ。」


僕はきちんと訂正した。


「どっちでもいいや。

 とにかく、あと少し、村まで、その光を保ってほしいね。」


「…なんとか、やってみるよ。」


エエルのいないこの場所で、僕に何ができるのか、僕にもよく分からなかったけど。

とにかく、やるしかなかった。






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