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その足で工房に行ったら、みんなもう来ていた。
オルニスに話してみたら、思った通り、ふたつ返事で、いいよ、って言ってくれた。
「もう毎日鐘を鳴らす必要もないしね。
そろそろ一度、ピサンリのところへ帰ろうかと思ってたんだけど。
その前に、その調査、一緒に行くよ。」
「有難う。」
僕はオルニスに抱きついて感謝を示した。
「怪異の調査か。
興味はあるが、わたしは今、これを優先したい。」
匠は何か作りかけの装置を示してそう言った。
「それは、何を作ってるの?」
「遠くの相手と話せる道具。
そうだな、いい加減、そう呼ぶのも長いから、遠話装置、でどうだ?」
「うん。いいね、遠話装置!」
なんか、その名前、格好いい。
「その遠話装置、までは至らないんだが。
とりあえず、まずは、声をエエルに記憶させる装置、を作れないかと思っている。」
「声をエエルに記憶させる装置?」
「それも長いな。
そうだな…声記録装置、にしよう。」
「声記録装置。」
「ほら。
あの鐘の音。
あれは、正確には、鐘を鳴らしているのではなくて、エエルたちの記憶している鐘の音が聞こえるだけだろう?」
「…うん。」
「つまり、それを、声、でできないか、ってわけだ。」
横で一緒に聞いていたオルニスは、ん?って首を傾げた。
「???でも、あの鐘の音って、千年、毎日、エエルたちの聞いていた音だから、エエルたちも憶えていたんだよね?
それって、声を記録するのにも、千年かかっちゃうんじゃ?」
匠は、あはは、と笑い出した。
「千年もかけてたら、実用にはならないだろ?
だからだ。ほんの一瞬で、エエルに記憶してもらう。
その方法を考えている。」
オルニスも僕も、同時に同じ言葉を叫んでいた。
「そんなこと、できるの?」
匠は僕らの顔を見回して苦笑した。
「少なくとも、エエルには、音を記憶する能力はあるわけだから。」
へえ~。
「匠の思い付くことって、すごいね?」
「わたしは、あんたのやらかすことも、すごいと思ってるけどね。」
やらかす、って…
僕が複雑な顔をしたら、匠は、くくくっと笑った。
そのときだった。
ばんっ、と乱暴に扉が開いたかと思ったら、いきなり、アルテミシアがつかつかと入ってきた。
「あ、アルテミシア?おはよう…」
僕は声をかけたんだけど、アルテミシアは、挨拶も返さずに、いきなり僕の両肘をがしっと掴んだ。
それから、僕の目をじっと見つめて言った。
「怪異の調査を引き受けたって?
冗談じゃない。
そんなの、今すぐ、断るんだ!」
へ?
そこへ、開けっ放しの扉から、ぞろぞろと鎧さんたちが入ってきた。
なんだなんだ?って、みんなが様子を見ている間に、工房の中は鎧さんたちでぎっちぎちになっていた。
鎧さんのひとりがアルテミシアに言った。
「アルテミシア様。
王様の命により、あなたを連行します。」
「え?へ?アルテミシア?」
王様の命、って、どういうこと?
なんで、アルテミシアが、鎧さんたちに連れて行かれるの?
鎧さんたちはアルテミシアの両側から肩を掴むようにして、無理やり連れて行こうとした。
「ちょっと待って!
アルテミシアに乱暴しないで!」
僕は慌てて止めようとしたけど、鎧さんたちに無造作に押し退けられた。
けど、そんな彼らも、扉のところにどっしりと立っていた匠の前では足を止めるしかなかった。
「ちょっと、あんたたち。
研究院の実験室で、それはあまりに無作法なんじゃないか?」
両足を肩幅に開き、腕組みをして立つ匠は、岩のように強かった。
「王様の命により…」
鎧さんのひとりが言いかけたけど、じろっと匠に睨まれて、その先は言えなかった。
「ここじゃあ、研究員の言葉が最優先されるんだよ。
危険な物が多いし、安全を確保するためには、王様にいちいちお伺いは立ててられないからな。
王様の親衛隊ともあろう者が、そんなことも知らないなんてことはないだろう?」
匠の周りには、他のドワーフたちも集まってきて、みんなして、人の壁のように鎧さんたちの前に立ち塞がった。
「あんたら、俺たちの研究室で、いったい何をしようってんだい。」
「とにかく、アルテミシアの腕を放してもらおう。」
「ここでそんな暴挙は見逃せないね。」
みんな鎧さんたちを睨みながら、口々に言った。
鎧さんたちは、お互いに顔を見合わせててから、仕方なく、アルテミシアから手を離した。
けど、アルテミシアに近づこうにも、鎧さんたちは厚い壁になっていて、近づけなかった。
鎧さんのひとりが、なにやら、アルテミシアにひそひそと話す。
するとアルテミシアは、目を見開いて、それから悔しそうに唇を噛んだ。
「アルテミシア?大丈夫?」
僕は鎧さんたちの壁のむこうから、アルテミシアに呼びかけた。
アルテミシアは、こっちを振り返って、僕の顔をじっと見つめた。
「頼まれた怪異の調査って、もしかして、トゥーレの地の噂のこと?」
僕の隣でオルニスがそう言った。
その土地の名前を聞いたアルテミシアは、はっと息を呑んだように見えた。
「君がそんなに必死になって止めようとしているくらいだろうし。
やっぱり、そうなんだね?」
オルニスはひとり納得したみたいに頷いた。
「あそこには、僕も、行ったことある。
大丈夫。調査だけなんだろ?
だったら、安全は僕が保証する。」
どういうこと?
僕はオルニスを振り返ったけれど、オルニスは僕じゃなくて、アルテミシアをじっと見つめたままだった。
「それとも、もしかして、君は、単に、真実を知られたくないだけなんじゃないの?」
アルテミシアは大きく目を見開いた、そのままオルニスを見ている。
だけど、その目には、オルニスは映っていないみたいだった。
オルニスはひとつため息を吐いて、首を振った。
「いい加減、君たちの夢の時間も終わりなんだよ。」
アルテミシアの見開いた目から、突然、涙が溢れだした。
「え?アルテミシア?」
おろおろする僕には何も言わず、アルテミシアは、うなだれて、自ら出口にむかって歩き出した。
ドワーフたちも、アルテミシア自身がそうすることは止めようとはせずに、道を開けて通した。
鎧さんたちもアルテミシアの後ろからぞろぞろとついていった。
「オルニス?」
僕は何か事情を知っていそうなオルニスを見つめた。
オルニスはただちょっと軽く僕に笑いかけた。
「心配はいらないよ。
そんなに遠くでもないし。
調査だけなら、ちょっと行って、ちょっと帰ってくればいい。
他には誰もついてこないんだろ?
ならもう、さっさと行こうか。
早く戻って、僕もピサンリのところへ行きたいしさ。」
そうだね。
そんなに大変なことじゃないなら、さっさと済ませてしまおう。
オルニスは軽く付け足した。
「君のことは、僕が守るよ。」
確かに馬に乗るのもオルニスのことあてにしてたわけだし。
心細いからついてきてほしいってお願いもしたし。
僕は、よろしくお願いします、と頭を下げた。




