表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

232/238

232

王都から馬で一日ほど行った辺りに、小さな村がある。

その村の近くで、最近、怪異が出るという噂になっている。

ルクスの頼み事というのは、その怪異について調べるということだった。


「かいい、っていうのは、何?」


「誰もいないはずの場所で突然笑い声がした、とか。

 夜中に暗闇の中に何かの気配を感じた、とか。」


「なんか、それって、エエルっぽい?」


だからルクスは僕に行ってほしいのかな?


「まあ、笑い声くらいなら、たいした実害もないからな。

 その程度の報告は、俺も気に留めていなかったんだが。」


ルクスはちょっと眉をひそめた。


「けどそのうちにだんだんエスカレートして、一晩中叫び声をあげたり、夜、暗い道を歩いていたら、後ろから突き飛ばされたりするようになった。」


「それは、困ったね?」


一晩中叫ばれたらよく眠れないだろうし、突き飛ばされたら怪我をするかもしれない。


「だけど、叫び声のするところを探してみても、突き飛ばされたとき振り返ってみても、誰もいない。

 つまり、笑ったり、叫んだり、突き飛ばしたりしているやつは、人じゃない。」


「もしかして、それ、エエルがやってるとか思ってる?」


僕にはちょっと信じられなかった。


「エエルは、そんなこと、しないと思うんだけど…」


「エエル、じゃない、かもしれない。

 だから、怪異、なんだ。」


「怪異、か。」


エエルは確かに悪戯をすることもある。

だけどそれって、ちょっと髪を引っ張ったり、その程度だ。

突き飛ばす、というのには、明らかに悪意を感じるし、そういうことをするエエルはいないはずだ。


「一度、調査隊は送った。

 だけど、何も分からなかった。

 調査隊のいる間は怪異らしきことは何も起こらなかったんだ。

 もしかしたら、村のやつらの気のせいだったのかもしれないと、調査隊はそのまま戻ってきた。

 しかし、その途端に、怪異はまた始まってしまった。

 もう一度、調査隊を送ってほしい、と村からは言ってきているんだが。

 その調査隊に、お前、入ってくれないか?」


「えっ?僕が?」


怪異の調査、なんて、僕、お役に立てるかな…


「お前はエエルの声を聞いたりできるだろう?

 もしかしたら、お前なら怪異の気配も分かるんじゃないか?」


「えっ?

 …怪異の、気配?」


うーん、どうだろう…


自信はない。

だけど、ルクスは、本当に困ってるみたいだった。

それに、その村の人だって、きっと困ってるだろう。


エエルと怪異とは別物だとは思うんだけど。

確かに、僕にはエエルの声は聞こえるわけだし。

もしかしたら、怪異の気配、くらいは、分かる、かも、しれない?


「…分かった。」


僕は頷いた。


「やってみるよ。

 だけど、もし、何も分からなくても、ごめんね?」


「行ってくれるか。」


ルクスはほっとしたように笑った。

そんなふうにほっとするんなら、僕、役に立てるかは分からなくても、行くだけなら行くよって思った。


「お前の安全は保証する。

 王城の親衛隊から精鋭の部隊をつけるから。」


「王城の、しんえーたいの、せいえーぶたい…」


僕はそれを繰り返した。


「って、あの鎧さんたちのこと?」


「鎧さん?」


ルクスは僕の言ったのを真似して、けらけらと笑った。


「あいつらは俺直属の優秀な剣士だぞ?

 お前のことも、絶対に守ってくれる。」


「………あの。悪いけど。

 僕、鎧さんたちは、その、いい、かな?」


僕は恐る恐る言ってみた。


「だって、僕、調査に行くだけなんでしょ?

 だったら、そんなに危険なことも、ないかもだし。」


「だけど、相手は、得体の知れない怪異なんだぞ?」


「いざとなったら、エエルたちも、力を貸してくれると思うし…

 それに、僕、あの、鎧さんたちは、なんとなく、苦手なんだ…」


「苦手?なんで?

 あんなに頼りになるやつらもいないってのに。」


「………僕、怪異より、鎧のほうが、怖い。」


ルクスは目を丸くして僕を見た。


「相変わらず、謎なやつだな。」


「………ごめん。」


「けど、まあ、そうだな。

 確かに、お前の言うことにも一理ある。

 前に調査隊を送ったときには、怪異は鳴りを潜めてしまった。

 なのに、調査隊が帰った途端に、またぞろ、騒ぎだした。

 ということは、だ。

 親衛隊をぞろぞろ引き連れて行けば、また同じことになる可能性もある。」


「っそ、そうだよ!

 それじゃあ、僕の行く意味がないよ!」


僕もこの際とばかりに力説した。


「調査、なんだから。

 目立たないように、こっそり、行くよ。」


「ふむ。なるほど。」


ルクスは真剣に考えてくれているみたいだった。


「あ。だけど、僕もちょっと心細いから、オルニスにはついてきてって、頼んでもいいかな?」


僕は恐る恐る、そう言ってみた。

ルクスは、ちょっと首を傾げて、思い出しているみたいだった。


「オルニス?

 ああ、あいつか。

 あいつ、俺の命令なんて、聞くかな?」


「命令なんてしなくても、僕、頼んでみるよ。

 オルニスは優しいから、聞いてくれるんじゃないかな。」


きっと聞いてくれると思うよ。


「じゃあ、そっちはお前に任せた。

 必要なものがあれば、王宮の兵士に言ってくれ。

 準備させるから。」


「…うん。分かった。

 そんなには、ないかも、だけど。」


オルニスは旅は慣れているし、そんなに遠くじゃないから、荷物だってそんなにはいらないと思う。


「悪いけど、なるべく早く、行ってほしいんだ。」


ルクスは急ぐみたいに言った。


「うん。分かった。

 みんな、困ってるんだもんね。」


僕は頷いて、慌てて席を立った。

















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ