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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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ルクスからの呼び出しがあったのは、その翌朝だった。

例のごとく、いますぐ来い、って言われて、僕は朝食もとらずに、王城へと急いだ。


お腹すいたなあ、ってちょっと思ってたら、今日は謁見室じゃなくて、テラスに通された。

そこにはベリーと新鮮な水と、ちょっと懐かしい、僕らの森風の朝ごはんが準備されていた。


「悪いな。朝から呼び出して。

 朝飯、まだなんだろ?

 一緒にどうだ?」


ルクスはもう席に就いていて、ジャムを塗るナイフを片手に僕に言った。

それから、ベリーのジャムをたっぷり塗ったビスケットを、僕にむかって差し出した。


「お前、こういうの、好きだったよな?」


「うん!」


僕は嬉しくなって、大急ぎでテーブルに駆け寄った。

ルクスのむかい側の席に座ろうとしたら、こっち来いよ、と隣の席を指差された。


「今日は他に誰も来ないし。

 衛兵たちも、ここに来ないように言ってあるんだ。」


それは、助かる、かな。

僕は、あの動くたびにがしゃがしゃと音を立てる鎧さんたちは、ちょっと苦手だ。

多分、人じゃなくて、あの、鎧が、苦手なんだと思うんだけど。


ビスケットを受け取ってから、僕は恐る恐るルクスを見た。


「あの、ルクス…」


「なんだ?」


気安く振り返るルクスは、僕のよく知ってる幼馴染のルクスだ。

だから僕は思い切って言った。


「あの。この間のお茶会は。その。ごめん。」


「あ?

 なんのことだ?」


「僕、その、君の気持、踏みにじっちゃった。」


「そんなのお互い様だろ。」


ルクスはくくっと笑ってから、僕の頭にぽんと手を置いた。


「俺こそ、悪かった。

 お前の気持ち、考えもしないで、ただ、俺の気持ちだけ、押し付けてた。」


「ううん。」


僕はまだ言おうとしたけど、ルクスは、その僕の口に、甘いベリーをひとつ押し込んだ。


「ごめん合戦は、もうおしまい。

 どっちも謝って、どっちも、もういい、って言ったんだから。

 な?」


そういうところも、昔のルクスのままで、僕はちょっとうるっときた。


「なんだ、泣くなよ。

 そんなに俺、怖かったか?

 それとも、そのベリーが泣くほど美味いのか?」


ルクスはからかうように笑うと、僕のほっぺたについてたビスケットの欠片を取って、自分の口に入れた。


「ったく、相変わらずビスケット食うの下手くそだな。

 アルテミシアに叱られるぞ?」


「…今、いないから、大丈夫だよ…」


僕はそう言ってから、ちょっと懐かしいなって思った。

小さいころ、よくルクスとふたりで、ちょっとした失敗をしては、今ここにアルテミシアはいないから叱られない、って言い合ったっけ。


アルテミシアのこと、ルクスも僕も大好きなんだけど、叱られるときは、ちょっと怖い、んだよね。


「よし。

 証拠は俺が隠滅してやる。

 安心して食え。」


「その、証拠隠滅も、懐かしい~!」


僕は声を立てて笑った。

それも、いつも、ルクスの言ってた台詞だった。


ルクスも楽しそうに笑っている。

こんな幸せな時間があるなんて、って思った。


テーブルの上には、かなりたくさんの食べ物があったんだけど。

きれいに僕らのお腹に入ってしまった。

ひととおり食事を済ませたころ、ルクスは僕に言った。


「昨日、時計塔の修理が、完璧に終了したそうだな。」


「そうなんだ。

 とうとう、匠はやり遂げたんだよ。」


僕は自分のことのように誇らしかった。


「昨日は、そのお祝いをしたんだ。

 ルクスもご馳走を届けてくれたよね?

 …本当は、ルクスも来られるとよかったけど…」


残念だよね、ってルクスを見たら、ルクスは、仕方ないさと肩をすくめた。


「俺はなかなか、不自由な立場だからさ。」


「アルテミシアが歌ってくれたんだ。

 すごく、綺麗だったんだよ!」


「アルテミシアの歌かあ。

 俺の竪琴は、どこへやったかなあ…」


「竪琴、なくしちゃったの?」


「いや。

 どこかにはあるだろ。」


僕はすごくショックだったんだけど、ルクスはこともなげに言った。


「最近は、俺の相棒は、竪琴じゃなくて、こっちだからな。」


そう言って腰に吊るした剣をちょっと持ち上げて見せた。

そっか。ご飯食べるときにも、剣を着けたままなんだ、ってちょっと思った。


「…もう、竪琴は、弾かないの?」


「今はそんな暇、ないからな。

 けどまあ、そのうち、気がむいたら弾くかな。」


「そのときは、是非、聞かせてほしいな。

 アルテミシアの歌と一緒に。」


「そいつは、アルテミシアのご機嫌次第だな。」


「アルテミシアは歌ってくれるよ。

 ルクスのためなら、絶対に。」


僕は力説したんだけど。

ルクスはちょっとだけ笑った。


「そのときまでに、もう少し、あいつとの仲は修復しとかないとなあ…」


「ええっ?

 アルテミシアと喧嘩、したの?

 それは、さっさと謝っちゃいなよ。」


昔から、それが僕らの当たり前だった。

アルテミシアと喧嘩するのは、大抵、僕らのほうが悪いんだから、さっさと先に謝ったほうがいい。

謝ったらアルテミシアはいつまでも怒ってることもないから。


だけど、ルクスはちょっと顔をしかめて、僕を見た。


「なんで?

 俺は謝るようなことはしてない。」


「え…

 でも…」


「…ちょっとした行き違いだ。

 まあ、そのうち、なんとかするさ。」


ルクスはちょっとつまらなさそうになって、そっぽをむいた。


「…行き違い、って…

 何があったの?」


「………お前は知らなくていい。」


ルクスは冷たい声でそう言った。


僕はなんだかとても悲しくなった。


「僕、ルクスの力になれるなんて、思ってないけど。

 でも、君の役に立ちたい、とは、思ってる。

 なにか、僕に、できることはない?」


ルクスは僕をちらっと見て、しばらく何か考えていたけれど、おもむろに口を開いた。


「なら、ひとつ、頼み事を聞いてもらえるか?」


「頼み事?

 うん。なんでも言って?」


僕は嬉しくなってルクスの手を握った。

ルクスは、ちょっと困ったような顔をしたけど、手を振り払ったりはしなかった。


「調査に行ってもらえないか。」


「調査?」


「ああ。

 ことによったら、そのままそこで怪異退治、みたいなことになるかもしれないが。」


「かいいたいじ?」


それは、何?


まだよく分かってない僕に、ルクスはゆっくりと説明を始めた。











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