227
その翌朝。
僕はなんとか起きて、日の出の時間に間に合った。
朝は起きられる自信、なかったから、アルテミシアの隣の部屋に泊めてもらって、アルテミシアに起こしてもらったけど。
時計塔に上ろうとしたら、下で匠が待っていて、一緒に上ってくれた。
讃め歌にエエルたちはいい感じに反応して、鐘もちゃんと鳴らしてくれた。
うん。まずまず。
これなら、大丈夫かな。
朝、鐘を鳴らす、ってのは、アルテミシアと匠以外には話してなかったから、今朝は昨日みたいに大勢の見物人が押しかけることもなかった。
時計塔の上から眺める朝日は格別の景色で、なんだかちょっと得をした気分になった。
それでも、鐘が鳴ると、大勢、研究院から飛び出してきた。
こんなに朝から大勢、働いているんだって思った。
秘密にしてたなんてずるい、って後からずいぶん言われたけど。
これから毎日鳴らすつもりだから、って言ったら、納得してもらえた。
その日の午後、オルニスが戻ってきた。
オルニスはまた、たくさんのピサンリのご飯を持ってきてくれた。
僕はほっくほくになった。
オルニスの留守の間のことを、僕は話した。
毎日、鐘を鳴らすことになったんだ、って話しをしたら、オルニスは驚いていたけど、そういえば、と思い出したみたいに言った。
「旅をしていて、ふと、鐘の音?みたいなのが聞こえたんだ。
あれって、そうだったのかな?」
「うわぁ、すごい。
本当に君にも届いたんだね?」
だって、あのとき、僕、願ったもの。
この祝福がオルニスにも届きますように、って。
「だけど、毎朝毎晩、って大変だな。」
オルニスは僕を見てちょっと眉をひそめた。
「ぜんぜん。
そんなのルクスの大変さに比べたら、ちっとも大変じゃないよ。
それに、アルテミシアだって、匠や君だって、もっといろいろ頑張ってるじゃないか。」
「だけど、魔法を使うとけっこう消耗するだろ?
そんなに毎日やって、大丈夫なのかい?」
オルニスは僕のことを心配してくれているらしい。
僕は、嬉しくなった。
「有難う。
大丈夫だよ。
アルテミシアの特効薬もあるし。
それに、こんなにピサンリのご飯があったら、すぐに回復しちゃうよ。」
オルニスの持ってきてくれたピサンリのご飯は、本当に全部が全部、僕の大好物ばっかりだった。
「あ。これね?
今回は君の好物ばかりだよ。
久しぶりに君の声を聞いたら、君の好物ばっかり作ってしまった、って。」
「本当に、あれもこれもそれも、すっごく美味しいやつばっかだ。
アルテミシアと一緒に食べようね?」
本当はルクスも一緒に食べられたらいいんだけど。
ルクスは忙しいから、無理だよね。
「僕らはいいから、全部、君が食べなよ?」
「なんてこと言うの?
こんな美味しいもの、独り占めなんてできないよ。」
オルニスはちょっと苦笑した。
「分かった。
じゃあ、そうしよう。」
「なんだ、わたしたちには分けてくれないのか?」
横でせっせとさっきから何か作業をしていた匠が、いきなりそう話しに割り込んできた。
「もちろん、一緒に食べよう?」
「匠~、意地悪言ってやるなよ。
それは、笛吹きの故郷の味なんだろ?」
むこうから、誰かがそう言う。
みんな、一心不乱に作業してるように見えて、案外、他人の話し、聞いてるんだよね。
「故郷の味、じゃないけど…
でも、大好物だよ。」
「あんた、わたしの作る朝食も気に入ってるだろ?
あれ、毎日作ってやるから、それも食わせろ。」
「毎日、同じもの食わせるとか、それは拷問だろ。」
「交換条件になってないんじゃないか?」
一斉にあっちこっちからそんなことを言われたけど、匠はけろっとしていた。
「仕方ないな。
じゃあ、塩漬け肉と腸詰は、日替わりにしてやる。」
「そういうことじゃない!!!」
同時に何人も同じことを言って、それから、どっと笑いが上った。
やれやれ、ってオルニスも肩をすくめて笑っていた。
結局、ピサンリのご飯は、山の民の研究室でみんなで分けて食べた。
そのときは、アルテミシアもやってきて、一緒に食べた。
アルテミシアは木の実のパイを作ってきてくれて、それは山の民たちにも大好評だった。
匠は、奮発したぞ、と言って、塩漬け肉と腸詰をたくさん焼いてくれた。
他の人たちも、それぞれお勧めの一品を、作ったり買ってきたりして、持ち寄ってくれた。
結果、すんごく楽しいパーティになった。
それから毎日、朝、夕、僕は時計塔に上って、笛を吹いた。
オルニスか匠が、ときどきオルニスと匠が、僕ひとりじゃ心配だ、って言って、ついてきてくれた。
観測に来る研究員もそこそこいた。
けど、毎日ある、ってなったら、前ほど大混雑にはならなくなった。
朝夕、鐘を鳴らすことを、オルニスは、お勤め、って呼んだ。
すぐにそれはみんなに伝わって、みんな、お勤めって呼ぶようになった。
朝のお勤めの後は、いつも匠の朝食だった。
しばらくは、例の塩漬け肉と玉子をのせたパンだったんだけど、ある日、いきなり、ピサンリの作るような朝ごはんを作ってくれた。
「え?これ、どうしたの?」
目の前に並べられた好物に、僕は目を丸くした。
ちょっと、胸がどきどきしていた。
「…ピサンリってやつの作る料理は、調味料が特殊なんだよな。
それを探り当てるのに時間、かかった。」
匠はこともなげに言った。
「探り当てる、って…」
「二回、食べさせてもらえば、味も覚える。
後は、その完成品を目指して、試行錯誤するだけだ。」
「し、こう、さくご?」
「なかなか苦労したけどな。
一度、コツを掴めば、そう大したこともない。
基本、ホビットの使う食材は、王都なら手に入るしな。
何回かやってみて、まずまずの出来になったから、あんたにも食べてもらおうと思ったわけだ。」
話しながら匠はさっさと朝食を食べ始めた。
あんたも食えと促されて、僕も急いで手を付けた。
うん。完璧だ。
これ、どこをとっても、ピサンリの味そのものだ。
「すごい!」
「…あんたの故郷の味なんだろ?
あんた食が細いからな。
せめて好きなもんなら、もう少し食うだろうと思ってな。」
匠は黙々と食べながらそんなことを言った。
「…心配してくれたの?」
「うちの連中はみんな大食いだからな。
あんたみたいに食わないのを見てると、どうやって生きてるんだろう、って思うだけだ。」
匠はぶっきらぼうに言うけど、耳はちょっと赤くなってる。
「…有難う…」
「そんな礼はいいから。たんと食え。
魔法ってのは、消耗するんだろ?
あんたには大事なお勤めもあるんだからな。」
「こんなに美味しいもの食べたら、すぐに回復しちゃうよ!」
そう言ってから、前にも同じようなことを言ったのを思い出した。
もしかしたら、匠は、それを覚えていて、僕のために、これを作ってくれたのかなって思った。




