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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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その翌朝。

僕はなんとか起きて、日の出の時間に間に合った。

朝は起きられる自信、なかったから、アルテミシアの隣の部屋に泊めてもらって、アルテミシアに起こしてもらったけど。

時計塔に上ろうとしたら、下で匠が待っていて、一緒に上ってくれた。


讃め歌にエエルたちはいい感じに反応して、鐘もちゃんと鳴らしてくれた。

うん。まずまず。

これなら、大丈夫かな。


朝、鐘を鳴らす、ってのは、アルテミシアと匠以外には話してなかったから、今朝は昨日みたいに大勢の見物人が押しかけることもなかった。

時計塔の上から眺める朝日は格別の景色で、なんだかちょっと得をした気分になった。


それでも、鐘が鳴ると、大勢、研究院から飛び出してきた。

こんなに朝から大勢、働いているんだって思った。

秘密にしてたなんてずるい、って後からずいぶん言われたけど。

これから毎日鳴らすつもりだから、って言ったら、納得してもらえた。


その日の午後、オルニスが戻ってきた。

オルニスはまた、たくさんのピサンリのご飯を持ってきてくれた。

僕はほっくほくになった。


オルニスの留守の間のことを、僕は話した。

毎日、鐘を鳴らすことになったんだ、って話しをしたら、オルニスは驚いていたけど、そういえば、と思い出したみたいに言った。


「旅をしていて、ふと、鐘の音?みたいなのが聞こえたんだ。

 あれって、そうだったのかな?」


「うわぁ、すごい。

 本当に君にも届いたんだね?」


だって、あのとき、僕、願ったもの。

この祝福がオルニスにも届きますように、って。


「だけど、毎朝毎晩、って大変だな。」


オルニスは僕を見てちょっと眉をひそめた。


「ぜんぜん。

 そんなのルクスの大変さに比べたら、ちっとも大変じゃないよ。

 それに、アルテミシアだって、匠や君だって、もっといろいろ頑張ってるじゃないか。」


「だけど、魔法を使うとけっこう消耗するだろ?

 そんなに毎日やって、大丈夫なのかい?」


オルニスは僕のことを心配してくれているらしい。

僕は、嬉しくなった。


「有難う。

 大丈夫だよ。

 アルテミシアの特効薬もあるし。

 それに、こんなにピサンリのご飯があったら、すぐに回復しちゃうよ。」


オルニスの持ってきてくれたピサンリのご飯は、本当に全部が全部、僕の大好物ばっかりだった。


「あ。これね?

 今回は君の好物ばかりだよ。

 久しぶりに君の声を聞いたら、君の好物ばっかり作ってしまった、って。」


「本当に、あれもこれもそれも、すっごく美味しいやつばっかだ。

 アルテミシアと一緒に食べようね?」


本当はルクスも一緒に食べられたらいいんだけど。

ルクスは忙しいから、無理だよね。


「僕らはいいから、全部、君が食べなよ?」


「なんてこと言うの?

 こんな美味しいもの、独り占めなんてできないよ。」


オルニスはちょっと苦笑した。


「分かった。

 じゃあ、そうしよう。」


「なんだ、わたしたちには分けてくれないのか?」


横でせっせとさっきから何か作業をしていた匠が、いきなりそう話しに割り込んできた。


「もちろん、一緒に食べよう?」


「匠~、意地悪言ってやるなよ。

 それは、笛吹きの故郷の味なんだろ?」


むこうから、誰かがそう言う。

みんな、一心不乱に作業してるように見えて、案外、他人の話し、聞いてるんだよね。


「故郷の味、じゃないけど…

 でも、大好物だよ。」


「あんた、わたしの作る朝食も気に入ってるだろ?

 あれ、毎日作ってやるから、それも食わせろ。」


「毎日、同じもの食わせるとか、それは拷問だろ。」

「交換条件になってないんじゃないか?」


一斉にあっちこっちからそんなことを言われたけど、匠はけろっとしていた。


「仕方ないな。

 じゃあ、塩漬け肉と腸詰は、日替わりにしてやる。」


「そういうことじゃない!!!」


同時に何人も同じことを言って、それから、どっと笑いが上った。

やれやれ、ってオルニスも肩をすくめて笑っていた。


結局、ピサンリのご飯は、山の民の研究室でみんなで分けて食べた。

そのときは、アルテミシアもやってきて、一緒に食べた。

アルテミシアは木の実のパイを作ってきてくれて、それは山の民たちにも大好評だった。

匠は、奮発したぞ、と言って、塩漬け肉と腸詰をたくさん焼いてくれた。

他の人たちも、それぞれお勧めの一品を、作ったり買ってきたりして、持ち寄ってくれた。

結果、すんごく楽しいパーティになった。


それから毎日、朝、夕、僕は時計塔に上って、笛を吹いた。

オルニスか匠が、ときどきオルニスと匠が、僕ひとりじゃ心配だ、って言って、ついてきてくれた。


観測に来る研究員もそこそこいた。

けど、毎日ある、ってなったら、前ほど大混雑にはならなくなった。


朝夕、鐘を鳴らすことを、オルニスは、お勤め、って呼んだ。

すぐにそれはみんなに伝わって、みんな、お勤めって呼ぶようになった。


朝のお勤めの後は、いつも匠の朝食だった。

しばらくは、例の塩漬け肉と玉子をのせたパンだったんだけど、ある日、いきなり、ピサンリの作るような朝ごはんを作ってくれた。


「え?これ、どうしたの?」


目の前に並べられた好物に、僕は目を丸くした。

ちょっと、胸がどきどきしていた。


「…ピサンリってやつの作る料理は、調味料が特殊なんだよな。

 それを探り当てるのに時間、かかった。」


匠はこともなげに言った。


「探り当てる、って…」


「二回、食べさせてもらえば、味も覚える。

 後は、その完成品を目指して、試行錯誤するだけだ。」


「し、こう、さくご?」


「なかなか苦労したけどな。

 一度、コツを掴めば、そう大したこともない。

 基本、ホビットの使う食材は、王都なら手に入るしな。

 何回かやってみて、まずまずの出来になったから、あんたにも食べてもらおうと思ったわけだ。」


話しながら匠はさっさと朝食を食べ始めた。

あんたも食えと促されて、僕も急いで手を付けた。


うん。完璧だ。

これ、どこをとっても、ピサンリの味そのものだ。


「すごい!」


「…あんたの故郷の味なんだろ?

 あんた食が細いからな。

 せめて好きなもんなら、もう少し食うだろうと思ってな。」


匠は黙々と食べながらそんなことを言った。


「…心配してくれたの?」


「うちの連中はみんな大食いだからな。

 あんたみたいに食わないのを見てると、どうやって生きてるんだろう、って思うだけだ。」


匠はぶっきらぼうに言うけど、耳はちょっと赤くなってる。


「…有難う…」


「そんな礼はいいから。たんと食え。

 魔法ってのは、消耗するんだろ?

 あんたには大事なお勤めもあるんだからな。」


「こんなに美味しいもの食べたら、すぐに回復しちゃうよ!」


そう言ってから、前にも同じようなことを言ったのを思い出した。

もしかしたら、匠は、それを覚えていて、僕のために、これを作ってくれたのかなって思った。









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