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鎧さんたちに取り囲まれていると、流石に誰も寄ってこなかった。
なんだか物々しい行列に連れられて、僕は隣の王城へ行った。
ルクスは例の謁見室にいた。
控室には、部屋の前まで、順番待ちの人たちが溢れかえっていたけど、僕はその人たちをすっ飛ばして、すぐにルクスの前に連れて行かれた。
「やあ。
無理言って悪かった。」
ルクスは気安くそう言うと僕にむかって手を上げた。
僕の周りにいた鎧さんたちは、それを見ると、少し後ろに下がって床にひざまずいた。
「さっき、鐘が鳴っただろう?」
ルクスは何の前置きもなしに言った。
「あれは、お前がやったのか?」
「僕、ってより、僕と一緒に歌っていたエエルたちが鳴らしてくれたんだよ。」
僕は訂正しようとしたけど、ルクスは、ふうん、と気のない返事をした。
「お前、エエルたちに命じて、鐘を鳴らさせること、できるんだな?」
ルクスはちょっと言い方を変えたけど、僕としては、それもちょっと違うなって思った。
「命じて、ってことはない、かな。
それに、エエルたちは気がむかなければ鐘の音はさせてくれないかもしれない。」
エエルってのは気紛れなんだ。
僕の笛に応えて、いつも同じことをしてくれる、とは限らない。
そのあたり、紋章術だと、ほぼ確実に同じ魔法を起こしてくれるんだけれども。
僕の魔法はいつもとっても不安定だ。
ルクスはもう一度、ふうん、と言ってから、突然、少し厳しい声を出した。
「おい、お前たち、少し外せ。
俺はこいつとふたりきりで話しをしたい。」
がしゃっ。
いきなりたくさんの鎧が揃った音を立てると、鎧さんたちは綺麗に揃った行進をして、謁見室を出ていった。
それを見届けると、ルクスの左右にいた兵士も、すたすたと部屋を出て行った。
「悪いな、立たせっぱなしで。
けど、この部屋には、客用の椅子もないんだ。」
ルクスは王座から立つと僕の傍に歩み寄ってきた。
「けど、昔はよく、こうしたよな?」
そう言うと、いきなり僕の前の床に直に座った。
だけど、床が冷たかったのか、うひっ、と奇妙な声をあげた。
「石の床は冷たいな。
まあ、お前もよかったら座れよ。」
僕は恐る恐る真似をした。
予想はしていたけど、床は思ったより冷たくて、思わず、僕も、ひゃっ、と声が出てしまった。
それを聞いて、ルクスは、くくく、と笑い出した。
僕もおかしくなって、一緒に笑い出した。
ふたりしてだだっぴろい部屋の中で冷たい石の床に座って笑ってる。
なんか、すごく愉快じゃないか。
「こんなこと、あいつらのいるところでは、できないからな。」
ルクスはちょっと眉をひそめて見せた。
「そっか。王様ってのも大変だね。」
僕はちょっと同情した。
ルクスはちょっと目を丸くして僕のことを見返した。
「お前だって、これからは、そうなるさ。
なにせ、大賢者様だ。」
そう言えば、さっき迎えに来た鎧さんたちも、僕をそう呼んだなと思い出した。
「その大賢者、ってのは、僕のこと?
その呼び方はやめてほしいな。」
「いいじゃないか。少しは箔をつけないと。
呼び方ってのは、なかなか大事なんだぞ?」
ルクスはやめてくれる気はなさそうだった。
「なあ、覚えてるか?
ピサンリのやつ、俺たちのこと、賢者様、って呼んでたろ?」
「ああ。
あの辺の平原の民は、森の民ならみんな、賢者様、って呼ぶんだよ。」
いまだにピサンリは僕らを賢者様って呼ぶ。
けどそれは、ピサンリにとっては森の民の総称だから仕方ないかなって諦めてた。
森の民様、って呼ばれるよりはましかなって、ちょっと思ってたし。
「なら、お前は大賢者様だ。
賢者のなかの賢者、って意味だな。」
「その名前は僕に相応しくないよ。」
なんて、抵抗しても無駄なんだろうなあ。
「で、その大賢者様に、頼みがあるんだ。」
ほらね。
言い争う時間ももったいないから、僕は先に話しを聞くことにした。
「頼み、って?」
「あの鐘を復活させてくれないか。」
「鐘を復活?」
「あの鐘は、昔、毎日、日の出と日の入りに鳴っていた。
お前の力で、明日から、日の出と日の入りの時刻に、あの鐘を鳴らしてもらえないか。」
「それは…できないことも、ないかもしれない、けど…」
つまり、日の出と日の入りに合わせて、時計塔で讃め歌を吹けばいい、ってことだよね。
「頼むよ。
あの鐘は俺にとっても特別なんだ。」
ルクスは僕の手を取って握った。
「あの時計塔は、千年の間、ずっとこの王都の時を刻んできた。
だけど、前の王は、ここを去るとき、あれを徹底的に破壊して行きやがった。
この王都の時間を、永遠に止めてやる、というつもりだったんだろう。
時計はドワーフたちに頼んでなんとか動くようにはなったが。
鐘は永遠に鳴らないと、俺も諦めていた。」
そのあたりの経緯は僕も知ってる。
「あの鐘は、ここの連中にとっちゃ、祝福の鐘だ。
すごく大事なものなんだ。
時計も動いたし、鐘も元通り、鳴るようになった。
それは、この王国の時間が、再び動き出した、ってことになる。
この俺も、ようやく、この都に、王として認められたことになる。
そのくらい大事なことなんだ。」
なるほど。そういうことか。
ルクスが王様としていろいろと苦労しているらしいってことは知っていた。
ルクスのために、なにか力になりたい、とも思っていた。
僕は頷いた。
「分かった。やってみるよ。」
毎日笛を吹くくらいなら、全然、大変じゃない。
あとはエエルたちがちゃんと応えてくれるかどうか、だけど。
今日もなんとかなったことだし、多分、大丈夫なんじゃないかな?
ルクスはぱっと明るく笑った。
「助かる。
やっぱり、昔馴染みの友だちってのは、いいもんだな。」
ルクスは僕の肩をぽんと叩くと、先に立って、手を差し出した。
僕がその手を掴むと、力強く引っ張って立たせてくれた。
ルクスの掌は大きくてあったかかった。
立ち上った僕に一歩近づいて、ルクスは言った。
「なあ、お前、もうどこにも行かないで、ずっとここにいないか?」
「僕は…この街はちょっと棲みにくい、かな…」
早くピサンリのところに帰りたいし、もし叶うなら、その後は、森に帰りたい。
だけど、ルクスは納得しないみたいだった。
「なら、どうしたら棲みやすくなる?
なんでもしてやる。
だから、ずっと、ここにいてくれよ。」
「…ここは何をしたって、森じゃないもの。」
「森かぁ…
とりあえず、木をたくさん植えるとしようか。」
そういうことじゃないんだけどな。
だけど、多分、どう言ったって、ルクスは納得しないんだろう。
僕のこと、大賢者、って呼ぶみたいに。
ただ、それを今言っても仕方ない。
僕は控室の外の廊下にまで溢れだした謁見の順番を待つ人たちのことを思い出した。
王様の時間は、ずっと僕ひとりで独占してるわけにもいかない。
「考えておくよ。」
僕がそう言うと、ルクスはぱっと分かりやすいくらい嬉しそうな顔になった。
「確かに、今すぐ言えと言われても、お前も困るよな。
だが、遠慮せず、なんでも言ってくれ。」
ルクスは王様らしく鷹揚に笑うと、僕の背中を押して出口へむかわせた。
ずっとここにいる、かどうかは分からないけれど。
まずは、明日から、早起きして、笛を吹かないと、だ。




