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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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流石にまだ魔法を使うには僕の体力が回復しきってないし。

鐘を鳴らすのは三日後、ってことになった。

その間に、僕も、エエルにどうやって頼むかをゆっくり考えるとしよう。


その翌朝。

いったいどこからその話しを聞きつけたのか、いきなり研究室にやってきたアルテミシアが、鐘を鳴らすなら、見学したい者が大勢いるんだ、と言いだした。


「是非是非、いろいろな現象を測定したいんだ。」


両肘のところをぶんぶん振り回して、そう強く訴えられたら、ダメだとは言いにくい。


「…だけど、うまく鳴るかどうかは…」


自信はないんだけどな。


アルテミシアは何故か自信たっぷりに言い切った。


「大丈夫。君ならやれる。」


いや、だからさ。

その自信はどこからくるんだろう。


「決行は明日なんだな?

 その前に準備しないといけないことが、山ほどあるな。

 じゃあ、頼んだぞ。」


アルテミシアはそれだけ言うと、さっさと行ってしまった。

いやもう、あれは、頼みに来た、んじゃなくて、通達に来た、んでしょ。


「いやあ、いつもながら、あの人はすごいな。」


匠にまで、そう言われてたよ?


これは、いよいよ、ヤバい、って思った。

山の民たちだけなら、まあ、仲間だからさ。

うまくいかなかった~、ごめん~、で済むとも思ってたけどさ。

研究院の人たち総動員して、いろいろやるだなんて…

僕、そんなつもりじゃなかったんだけどな。


なんかおおごとになってきて、今さらながらびびっているんだけど。


だいたい、あの鐘がなんで鳴ったのか、僕にもイマイチ、よく分かってないんだってば。

同じことを繰り返したらいいかな、なんて、単純に思ってたわけだけど。

よくよく考えたら、オルニス、今ここにいないわけだし。

そもそも、同じことを繰り返す、なんてできないじゃないか。

それに、同じこと繰り返しても、必ずしも同じ結果にはならない、って、普段から匠の実験でイヤってほどよく分かってるんだってば。


ううう。いかんいかん。なんか、僕、パニックになってきた。

いったん、落ち着こう。

うん。深呼吸。すーはーすーはー…


僕は中庭に出てちょっと歩いてみることにした。


研究院の中庭は、縦横に格子状に道を作ってあって、その中に整然と木が植えてある。

木と木の間にはベンチもあって、休憩してる人たちも多い。

ベンチの代わりに花壇を作ってあるところもあって、そこには季節の花が咲き乱れている。

中庭の端には、アルテミシアの畑もある。


ここの木は、あまりにも整然としていて、森、ってより、やっぱり、街、なんだけど。

それでも、木があるのは、ちょっと落ち着く。

真っ直ぐな道も、いかにも、街っぽいんだけど。

木の根を踏み荒らすよりはいいかな、とも思う。


その道をゆっくりと歩くと、木漏れ日がちらちらして、そこはちょっと森を思い出す。

だから、僕は、ここを歩くのは、わりと好きだった。


歩きながら、僕は思い出していた。


そもそも、あのときは、何があったんだっけ。

実験がうまくいかなくて、行き詰っていた僕は、オルニスに気分転換をしようって言われて外に行った。

だけどどうせ行くなら、もう一度、基本に立ち返って、エエルたちの観察をしよう、って思った。

けど、王都じゃエエルをたくさん見られる場所はあまりない。

そう言ったら、オルニスは、僕をあの時計塔に連れて行ってくれたんだ。


時計塔の上でオルニスと話した僕は、そのオルニスに祝福を送りたくなった。

僕の呼びかけに、たくさんのエエルたちが応えてくれて、それはそれは大きな魔法になった。

みんな、オルニスを褒め称え、励ました。

そして、あの鐘が鳴った。


あの鐘は、誰かがどうにかして鳴らないようにしてあった、と僕は感じた。

まさか、鐘そのものを失くしてあったとは思わなかったけど。

だけど、無い鐘が鳴ったのは、多分、エエルたちが、あの祝福に、あの鐘の音が相応しい、って思ったからだ。


オルニスは多分、たくさん、辛い思いをしてきただろう。

故郷の森は枯れて、仲間とも離れて。

僕らを探して、長い間、ひとりで旅をしていた。

オルニスの辿った道は、僕の旅より、格段に険しかっただろうって思う。


だけど、オルニスには、その陰がない。

辛いことは、オルニスの心に、暗い影を作ることはなかった。

むしろそれを乗り越えたオルニスの瞳は、明るく清んでいる。

どこまでも自由で、そして強いオルニスを、僕は心から讃えたくなったんだ。

それだけのことを成し遂げながらも、そんなことは大したことないさ、とけろっとしているオルニスを、本当に、すごい、って思うから。


讃歌。


唐突に僕はその言葉を思い付いた。

そうだ、あの歌は、讃歌だ。

歩き続ける者を褒めて励まし、心から声援を送る。


あの歌を、もう一度、歌ってみよう。

オルニスはここにはいないけれど。

この世界のどこかにいるオルニスにむかって。

いや、オルニスだけじゃない。

オルニスみたいに、歩き続けているすべての人たちにむかって。


エエルたちは、きっと、応えてくれる。

そして力を貸してくれる。

これは、鐘の音を鳴らすための実験じゃなくて。

これも、誰かへの、不特定多数の見知らぬ人たちへの、祝福だ。


結局、僕にはやっぱり、これしか、できないんだと思う。

みんなのために、役に立つ道具を作りたいって思うけど。

それができるのは、匠たちなんだ。


匠たちだって、すごいよね。

きっと、僕の知らないいろんなことが、彼らにもあるんだと思う。

彼らが何を思っているのか、まだ、僕にはそんなに分かってないけど。

修復への拘りとか、物を作ることへの誇りとか、まだその片鱗くらいしか見てないことでも、正直、すごい、って思ってる。


そうだ。彼らもまた、褒め称えられるべき人たちだ。


なんだ。簡単じゃないか。


絡まった糸がいきなりするするとほどけるように、ずっと悩み続けたことがほどけていく。

そっか。

僕は、みんなを褒め称えればいいんだ。

だって、褒められるような人ばっかり、だもの。


研究院の人たちも。

王都で暮らすたくさんの人たちも。

みんな。みんな。


淡々と繰り返す毎日のなかに、讃美はたくさんある。

街を歩いていると、すごいなって人たちで溢れている。


結局、僕にはそれしかできないんだから。

だから、精一杯、僕はそれをするだけなんだ。


明日、何をすればいいのか分かった気がして、僕は思わず嬉しくなって、スキップしていた。

ちらちら揺れる木漏れ日が、そんな僕を祝福してくれた気がした。






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