表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

220/241

220

目を覚まして真っ先に思った。

やっぱり、あの道具、なんとしても完成させなくちゃ。


「やあ、目を覚ましたのかい?」


アルテミシアは部屋にいて、僕にそう声をかけた。


「水、飲む?

 からだを起こそう。」


そう言って近づいてくると、僕が起きるのを手伝ってくれる。


すぐ近くにふわっとアルテミシアの香りがして、僕は不必要にどきどきする。

顔がかっと熱くなって、慌てて、ごまかすように言った。


「ピサンリと話せたよ。

 ほんの一言だけだったけど。」


「そうか。

 それはよかったな。」


にこにことこっちを見下ろすアルテミシアは、今にも僕の頭を撫でそうだった。


「だけど、あんまりあっちに長くいられないし。

 言葉だって、短い言葉を選ばなくちゃいけないから。

 言いたいこと、全然、言えないんだ。」


「それは、ちょっと残念だね。」


アルテミシアは僕を慰めるように言う。

僕はそのアルテミシアにむかって宣言した。


「だからさ。

 やっぱり、あの道具、完成させなくちゃ。」


「そっか。

 ああ、そうだ。

 君が魔法に入っている間、リトスは毎日、君の様子を見に来ていたよ。」


「へえ。そうだったんだ。」


「七日は目を覚まさないって、言ったんだけどね。

 今日もそろそろ来るころじゃないかな。」


僕のからだはまだ自由に動ける状態じゃなかったけど。

僕も、早く匠に会いたい、って思っていた。


「ねえ、アルテミシア。

 僕、あと何日くらいしたら、自由に動けるようになるだろう?」


「普通なら回復に七日かかるんだろ?

 その間、ゆっくりしたら?」


「ゆっくり、してたくないんだ。

 苦い薬でもなんでも飲むから。

 少しでも早く、動けるようになりたい。」


力を込めてそう言ったら、アルテミシアは、ふふっと笑って、分かった、と頷いてくれた。


「それならまあ、とっておきのを使うとするか。

 だけど、かなり、飲みにくいよ?覚悟はいいかい?」


試すように僕を見る。

ちょっとぞくっとしたけど、僕は、頑張って頷いた。


「もちろんだよ。

 僕、ピサンリとようやく話せたけど、話してみたら、もっと話したくなったんだ。」


本当は、ピサンリのところへ帰ってしまいたい。

そうしたら、もう、一晩中でも、毎日でも、好きなだけ、話せるんだから。

だけど、そんなふうに逃げ帰ったら、ピサンリはきっと、悲しい顔をするだろう。

自分だけ、ピサンリと話せたらいいなんて、そんなことを考える僕のこと、情けないって思うかもしれない。


遠くにいる人と話したいって思ってるのは僕だけじゃない。

そして、匠も山の民のみんなも、僕の言うその道具を作るために、一緒に頑張ってくれてるんだから。

それだけは、なんとしても完成させなけりゃ。

そしたら、僕は、胸を張って、ピサンリのところへ帰れると思う。


ふと、目の前にカップを差し出されて、僕は我に返った。

カップに入っていたのは、とんでもない色をした液体?だった。

なんか、どろっとしてる。

カップからはもうもうと湯気が上がっていて、とんでもない匂いをさせていた。


「う。なにこれ?」


僕は鼻をつまんでアルテミシアに尋ねた。

アルテミシアはものすごく嬉しそうににっこりと、そのカップを僕に押し付けた。


「さっき、言ったろ?とっておきのやつ、だよ。」


う。これが、とっておきか。

確かに、とっておき、だ。


僕は口元が歪むのをこらえられなかったけど。

なんとか、カップを受け取って、口をつ…

けようとして、傍らのアルテミシアを見上げた。


「…これ、本当に、飲まなきゃダメ?」


「早く、元気になりたいんだろ?」


ぅぅぅ…なんだって、そんな嬉しそうなんだ、アルテミシア…


いやいや。

早く回復したいから、って言ったのは僕自身なんだし。


僕は鼻をつまんで、一息にカップの中身を飲み干した。

う。

けほけほけほ。

味や匂いを感じないうちに、と思って急いで飲んだら、ちょっとむせてしまった。


「…あ、あれ?

 案外、いけた?」


からっぽになったカップを確かめて、僕は、アルテミシアを見た。

アルテミシアはこの上なく満足そうな笑みを浮かべて、そうかい?って言った。


「じゃ、おかわり、する?」


「うげ。おかわりは、遠慮、しておきます…」


正直に言ったら、アルテミシアは、あはははと笑い出した。


「冗談だよ。

 そんなにいっぺんにたくさん飲んだって、効果はない。

 むしろ、毒になるよ。」


「っ、ど、毒?」


「薬と毒ってのは、根っこのところは同じものだからね。」


僕の手からからっぽのカップを取って、アルテミシアは、ふふふと笑った。

ちょっと、怖いよ?


「それにしても、よく飲めたね。

 これで、いちだんと回復は早くなるよ。」


だと、いいなあ…


ちょうどそこへ、トントンと、誰かがドアをノックした。


「あ。来たかな?」


上機嫌のアルテミシアはドアを開けに行く。

入ってきたのは、匠だった。


「よお。笛使い。今日辺り、そろそろ目を覚ますと思っていた。」


匠は何やらがらがらと音をさせて、部屋の中に台車を運び込んだ。

台車には、用途の想像のつかない様々な道具が載っていた。


「ちょっとさ、いろいろと、あんたの寝てる間に作ったんだ。

 今日はここでそれ、見せてもいいか?」


そんなことを言いながら、早速、何か組み立て始めている。


僕は、確認するように、ちらっとアルテミシアを見た。

アルテミシアは腕組みをして顔をしかめていたけど、仕方ないね、ってふうに、ちょっと笑ってくれた。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ