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目を覚まして真っ先に思った。
やっぱり、あの道具、なんとしても完成させなくちゃ。
「やあ、目を覚ましたのかい?」
アルテミシアは部屋にいて、僕にそう声をかけた。
「水、飲む?
からだを起こそう。」
そう言って近づいてくると、僕が起きるのを手伝ってくれる。
すぐ近くにふわっとアルテミシアの香りがして、僕は不必要にどきどきする。
顔がかっと熱くなって、慌てて、ごまかすように言った。
「ピサンリと話せたよ。
ほんの一言だけだったけど。」
「そうか。
それはよかったな。」
にこにことこっちを見下ろすアルテミシアは、今にも僕の頭を撫でそうだった。
「だけど、あんまりあっちに長くいられないし。
言葉だって、短い言葉を選ばなくちゃいけないから。
言いたいこと、全然、言えないんだ。」
「それは、ちょっと残念だね。」
アルテミシアは僕を慰めるように言う。
僕はそのアルテミシアにむかって宣言した。
「だからさ。
やっぱり、あの道具、完成させなくちゃ。」
「そっか。
ああ、そうだ。
君が魔法に入っている間、リトスは毎日、君の様子を見に来ていたよ。」
「へえ。そうだったんだ。」
「七日は目を覚まさないって、言ったんだけどね。
今日もそろそろ来るころじゃないかな。」
僕のからだはまだ自由に動ける状態じゃなかったけど。
僕も、早く匠に会いたい、って思っていた。
「ねえ、アルテミシア。
僕、あと何日くらいしたら、自由に動けるようになるだろう?」
「普通なら回復に七日かかるんだろ?
その間、ゆっくりしたら?」
「ゆっくり、してたくないんだ。
苦い薬でもなんでも飲むから。
少しでも早く、動けるようになりたい。」
力を込めてそう言ったら、アルテミシアは、ふふっと笑って、分かった、と頷いてくれた。
「それならまあ、とっておきのを使うとするか。
だけど、かなり、飲みにくいよ?覚悟はいいかい?」
試すように僕を見る。
ちょっとぞくっとしたけど、僕は、頑張って頷いた。
「もちろんだよ。
僕、ピサンリとようやく話せたけど、話してみたら、もっと話したくなったんだ。」
本当は、ピサンリのところへ帰ってしまいたい。
そうしたら、もう、一晩中でも、毎日でも、好きなだけ、話せるんだから。
だけど、そんなふうに逃げ帰ったら、ピサンリはきっと、悲しい顔をするだろう。
自分だけ、ピサンリと話せたらいいなんて、そんなことを考える僕のこと、情けないって思うかもしれない。
遠くにいる人と話したいって思ってるのは僕だけじゃない。
そして、匠も山の民のみんなも、僕の言うその道具を作るために、一緒に頑張ってくれてるんだから。
それだけは、なんとしても完成させなけりゃ。
そしたら、僕は、胸を張って、ピサンリのところへ帰れると思う。
ふと、目の前にカップを差し出されて、僕は我に返った。
カップに入っていたのは、とんでもない色をした液体?だった。
なんか、どろっとしてる。
カップからはもうもうと湯気が上がっていて、とんでもない匂いをさせていた。
「う。なにこれ?」
僕は鼻をつまんでアルテミシアに尋ねた。
アルテミシアはものすごく嬉しそうににっこりと、そのカップを僕に押し付けた。
「さっき、言ったろ?とっておきのやつ、だよ。」
う。これが、とっておきか。
確かに、とっておき、だ。
僕は口元が歪むのをこらえられなかったけど。
なんとか、カップを受け取って、口をつ…
けようとして、傍らのアルテミシアを見上げた。
「…これ、本当に、飲まなきゃダメ?」
「早く、元気になりたいんだろ?」
ぅぅぅ…なんだって、そんな嬉しそうなんだ、アルテミシア…
いやいや。
早く回復したいから、って言ったのは僕自身なんだし。
僕は鼻をつまんで、一息にカップの中身を飲み干した。
う。
けほけほけほ。
味や匂いを感じないうちに、と思って急いで飲んだら、ちょっとむせてしまった。
「…あ、あれ?
案外、いけた?」
からっぽになったカップを確かめて、僕は、アルテミシアを見た。
アルテミシアはこの上なく満足そうな笑みを浮かべて、そうかい?って言った。
「じゃ、おかわり、する?」
「うげ。おかわりは、遠慮、しておきます…」
正直に言ったら、アルテミシアは、あはははと笑い出した。
「冗談だよ。
そんなにいっぺんにたくさん飲んだって、効果はない。
むしろ、毒になるよ。」
「っ、ど、毒?」
「薬と毒ってのは、根っこのところは同じものだからね。」
僕の手からからっぽのカップを取って、アルテミシアは、ふふふと笑った。
ちょっと、怖いよ?
「それにしても、よく飲めたね。
これで、いちだんと回復は早くなるよ。」
だと、いいなあ…
ちょうどそこへ、トントンと、誰かがドアをノックした。
「あ。来たかな?」
上機嫌のアルテミシアはドアを開けに行く。
入ってきたのは、匠だった。
「よお。笛使い。今日辺り、そろそろ目を覚ますと思っていた。」
匠は何やらがらがらと音をさせて、部屋の中に台車を運び込んだ。
台車には、用途の想像のつかない様々な道具が載っていた。
「ちょっとさ、いろいろと、あんたの寝てる間に作ったんだ。
今日はここでそれ、見せてもいいか?」
そんなことを言いながら、早速、何か組み立て始めている。
僕は、確認するように、ちらっとアルテミシアを見た。
アルテミシアは腕組みをして顔をしかめていたけど、仕方ないね、ってふうに、ちょっと笑ってくれた。




