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この辺りは、元々荒れ野で土が痩せていた。
そこに少し離れたところの河の傍の土を運んできて畑を作ったんだ。
アルテミシアの見つけた井戸のないころは、毎日、その河へ水も汲みに行っていた。
往復すると、ほぼ丸一日かかる、かなり大変な仕事だった。
村では、馬、という生き物を飼っていて、この、馬、に車を引かせて、重い物を運んだりしていた。
器用な人は、この、馬、に直接乗れたりもするそうだ。
馬、は、力も強いし、ものすごく走るのが速い。
とっても頼りになる相棒だ。
水は、その、馬、の引く車、馬車、に乗せて運ばれていた。
それから、馬車、は、河原の土も運んでいた。
作物を作っていると、少しずつ、土は痩せていく。
だから、ときどき新しい土を補充してあげなくちゃいけないんだ。
河の傍にはここよりもう少し大きな町があるらしい。
人々は畑の作物の食べきれない分を、その町へ持って行って、売る、そうだ。
そして、その代わりに、自分たちでは作れない物を、買って、くる。
自分たちにとって余分な物と、足りない物とを交換する、というのは、森の民もよくやっていた。
郷のなかのお隣同士でも。近所の郷の人との間でも。
平原に近いところに棲んでいた森の民は、平原の民とも交易をしていたと言っていた。
森でしか見つからない貴重な薬草や石と、平原の民の作った物、あれって多分、畑の作物のことだったと思うんだけど、を交換していたんだ。
だけど、僕らの交易には、使わない物を、平原の民は使っている。
それは、お金、という物だ。
彼らは、自分たちの物を、売って、お金、を手に入れる。
そして、その、お金、で、必要な物を、買って、くる。
お金、ってのは、なかなか便利な道具らしい。
井戸ができてからは、それまで毎日行っていた河原に、ときどきしか行かなくなった。
だから、そのときどきは、ちょっと貴重な機会になった。
誰かが町へ行くことになると、いろんな人が、お金、を渡して、買って、きてほしいものをお願いする。
結構な大荷物になるけど、まあ、馬車、だから、大丈夫なんだろう。
この間、誰かが町へ行ったとき、ピサンリも、何か頼んだらしい。
僕らにも、何かいる物はないか、って聞かれたけど。
そもそも、何を頼んだらいいか分からなかった。
ピサンリの頼んだのは、白い、甘い、粉だった。
ああ、これ、なんか覚えている。
初めて、この村に来たときに、すっぱいベリーにかけて食べさせてくれた、あれだ。
この粉って、こんな貴重品だったんだ。
村には、馬、の他にも、鶏、や、牛、を飼っている。
鶏、は玉子を毎日生んでくれる。
牛、からは、乳、をもらう。
玉子は、森の鳥たちのを見たこともあったけど、あんまり食べたことはなかった。
獣の乳を飲むなんて、それも、かなり、抵抗があった。
ピサンリは、その、鶏の玉子と、牛の乳と、例の白い粉を混ぜて、何やら作りだした。
黄色い汁をカップに入れて、大鍋でカップごと蒸す。
そうやって作った黄色い食べ物を、僕らにふるまってくれた。
最初は、恐る恐る、一口。
そうしたら、目の前で何か弾けたような気がして。
あとはもう、一心不乱に、カップが空っぽになるまで、我を忘れていた。
こんなに、美味しいものが、あったなんて!!!
ルクスもアルテミシアも、物も言わずに、ただひたすら、カップをほじくっている。
美味しい、美味しい、美味しい。
もう、それしか、思い付かない。
本当に。平原の民の食べ物って。なんでこんなに美味しいんだ?
無心に食べる僕たちに、ピサンリは特上の笑顔でにっこにこして言った。
「これが、プリン、じゃ!」
へえ。
プリン、っていうんだ。これ。
また作って、って言いたいけど。
あの白い粉って、貴重品なんだよね。
僕は、おかわりしたいのを我慢して、プリン、を僕の好きな物リストにこっそり追加した。
いつか、お腹いっぱい、プリンを食べたいな。
今度、誰か町へ行くついでがあったら、僕も、あの白い粉を買ってきてって頼んでみようかな。
あ、でも僕、お金、持ってないや。
どうしたら、お金、って手に入るんだろう?
ピサンリにそれを尋ねたら、びっくりした顔をして、賢者様方にご入用な物は、村の皆がご用意いたしますじゃ、と言われた。
いや、それじゃ、気が引けて、頼めないよ…
僕らもどうにかして、お金、になる物を、作れないかなあ?
それで、ルクスとアルテミシアに相談してみた。
ふたりとも、あの、プリン、の味は忘れられないらしくて、僕の意見には大賛成だった。
「売る、物ねえ…」
ルクスはそう呟いて考え込んだ。
ここは森じゃないから、薬草を摘んできたり、石を拾ってきたりすることはできない。
すると、アルテミシアが言った。
「あたしたちも、自分たちで畑を作ってみるのは、どうだろう?」
「あ。それ、いいかも。」
館には、けっこう広い庭がある。
そこの一画を畑にして、作物を育てたい。
早速、ピサンリにそう言ってみたら、滅茶苦茶びっくりした顔をしたけど、すぐに、村の人たちに言って、庭の一画を畑に作り変えてくれた。
いや、あの、僕ら、自分たちでやろうって思ってたんだけどね?
でも、畑に関しては、僕ら素人だし、ここはやっぱり、みんなに助けてもらった方がいい。
そこに何を植えるか、僕ら、ちょっと迷ったけど。
アルテミシアが森から持ってきた薬草を植えてみることにした。
やっぱり、ほら、あの、せっかくやるんだったら、平原の民のみなさんにとっても、貴重だ、と思える物がいいでしょう?
森の薬草が平原でも育つかはちょっと心配だけど。
日陰とか、土とか、水やりとかに気を付ければ、なんとかなるんじゃないかな。
それでも心配だから、最初、僕は畑につきっきりで、彼らの声を聞いていた。
か細い声しか出ない彼らをなんとか応援したくて、横で彼らの歌を土笛で吹いていた。
すると、その笛の音を聞きつけた村の人たちが、そこへ、僕の笛を聞きにやってくるようになった。
この笛の音聞いていると、なんだか休まって、元気になれるんだって。
薬草たちの歌う歌だからね。
もしかしたら、この歌には、そんな効果もあるかもしれない。
「前々から、思っておったのじゃが。
森の民の間でも、その笛は使われておるのじゃなあ。」
あるとき、ピサンリがそんなことをしみじみと言った。
「え?
ああ、これ?
違うよ。
これ、平原の民の笛なんだ。」
その話しをするとなると、すっごく長かったんだけど。
僕は、平原を旅している両親のことと、その両親に習ってこの笛を作ったことを話した。
それからついでに、この笛を忘れて取りに帰ったことも。
それで、郷の仲間たちとはぐれてしまったことも。
なんだか、いつの間にか、全部、話してしまっていた。
ピサンリは、ずっと、なんとまあ、なんとまあ、と繰り返しながら、僕の長い話しを聞いていてくれた。
それから、大変な思いをしなさったなあ、とちょっと僕の肩を抱いてくれた。
なんだろう。
平原の民から、こんなふうに親し気にされるなんて。
前なら、想像もつかなかったかもしれない。
だけど、そうされて、全然、嫌じゃなかった。
むしろ、ピサンリの体温が、あったかい、って思っていた。
ずっと、平原の民は、怖い、って思っていたのに。
森の外で、こんな、友だち、に出会えるなんて、思ってもみなかった。