218
そんなことがあってから、数日後。
僕はそろそろ次のエエルを送らなくちゃなあって思ってた。
オルニスは毎朝、僕を迎えに来てくれる。
そうして、一緒に山の民の研究室に行っていた。
「ねえ、オルニス。
そろそろ、僕、またあの魔法、やらなくちゃって思ってるんだけど。」
ルクスに会う予定とか、その後、ちょっと落ち込んじゃったりとか、いろいろあって、なんだか延ばし延ばしになっちゃってたけど。
もっとも、前みたいに、切羽詰まってる状況でもないから、まあ、べつに、そんなには問題もないんだろうけど。
オルニスは僕の顔を見て、それはちょうどいい、って言った。
「僕も、そろそろ、一度、ピサンリのところへ戻ろうって思ってたんだ。
宿の主人とのレシピの約束のこともあるし。
ピサンリに頼まれた物もあるしね。
魔法の間の君のお世話は、まんじゅうお化けに頼めるってもう話しはしてある。
行ってきても、構わないかな?」
「それは、もちろん。」
眠ってる間のことまで手回ししてくれるなんて、流石オルニスだ。
「で、さ。
それなら、ちょうどいいって思ってさ。」
「ちょうどいい?」
何か楽しいことを考えててるときの顔をするオルニスに、僕は恐る恐る尋ねた。
「何がちょうどいい?」
「君、あの魔法使うんなら、また大精霊のところへ帰るんだろ?
なら、また、ピサンリに話しかけてもらえないかな?」
「ピサンリに?
だけど、あれは、あんまりうまくいかなくて…」
ピサンリは僕に話しかけらたこと、夢かなにかだと思ってるみたいだし。
「大丈夫。
今度は僕がいるから。」
オルニスは自分を指差して言った。
「だからさ、僕があっちに着いたころを見計って、魔法を使ってほしいんだ。」
「なるほど!」
僕はオルニスのアイデアに感心した。
「つまり、君がピサンリに、今、僕が話しかけてるんだよ、って言ってくれるってわけ?」
「そうそう。
それなら、もしかしたら、会話も成り立つんじゃないか、って思ってさ。」
「ピサンリ!
君ってなんて素晴らしいんだ。
それは素敵な考えだよ。」
僕はピサンリに抱きついた。
「そんな手間をかけてくれるなんて。」
「手間ったって、どのみち、行くついでだからね?」
ピサンリはちょっと笑って肩をすくめた。
「まあ、これも、僕らの実験?になるんじゃないかって、思ってさ。」
「そうだね!
それは是非、一回やってみたいよ!」
こうして僕らはその、実験、をやってみることになった。
その日の昼にはオルニスはもうそそくさと出発してしまった。
いつものことだけど、旅の準備、とか、しなくても大丈夫なのかな。
ピサンリに頼まれた買い物とかあるって言ってたけど。
そういうのは、もう、早々に用意してあったらしい。
僕も、なんとか大急ぎで、スパイスをいくつか買ってきて、それを持って行ってもらうことにした。
オルニスの出発がお昼過ぎになったのは、それを待っていたせいかもしれない。
それがなかったら、さっさと朝には出発していたのかも。
前に借りた伝令用の早馬を、今回も借りることができた。
そういう根回しも、さっさと済ませてあった。
馬は研究院の厩舎に繋がれていて、すぐさま出発が可能だった。
「三日あれば着くと思うんだけど。
念のため、四日後に、あの魔法を始めてくれるかな?」
「あの魔法、始めてすぐに、大精霊のところへ行けるわけじゃないかもしれないけど…」
「構わないよ。
そのまま、君が現れるまで、僕はピサンリのところに留まっているから。
そうだ、合図を決めておかなくちゃ。」
オルニスは、うーん、と腕組みをして考え込んだ。
「合図?って、なんの?」
「君がさ、話しかけてる、って合図。
何かさ、合言葉を言って、それが合ってたら、間違いなく君だ、って分かるじゃないか。」
「………そんなこと、しなくても、分かる、んじゃないかな……」
「いやいや。
こういう秘密作戦には、合言葉、大事でしょ。」
オルニスは人差し指を立てて振ってみせた。
…秘密作戦、って…
なんかオルニス、楽しそうだね。
「そう?
じゃあ、何か、決めておこうか。」
「山!川!とか、当たり前過ぎて面白くないよね?」
いやいや。それでじゅうぶんだと僕は思うよ?
「やっぱさ、僕らだけのオリジナル、って必要だよね。
そうだな…
木の実、ときたら、パイ、ってのはどう?」
なんか、こだわってるね?
「あ。うん。いいと思う。」
答え方がちょっと適当過ぎたのか、オルニスはじろっと僕を睨んだ。
「って、何、そのやる気のなさは。
じゃあ、それに、追加。
ミッドナイト、と、シェード。
いいかい?」
「分かった。ミッドナイトシェードね。」
「全部言ったらダメだよ?
ミッドナイト、って言ったら、シェード、ね?」
「分かったよ。」
「なんか楽しいな。わくわくしてきちゃった。」
オルニスはすごく楽しそうで、それならまあ、いいっかって思った。




