表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

212/239

212

お茶会も済んだことだし。

予定なら、ピサンリのところへ帰るはずだったんだけど。

僕はもうしばらく、王都に残ることにした。


匠と一緒に作ろうとしていた、遠くに声を届ける道具は、まだできていなかった。

匠はいろいろと方法を思い付くんだけど、いざそれを実行しようとしても、なかなか思った通りにうまくいかない。

何か、もう少し何か、工夫が必要なんだと、僕らは考えていた。


だけど、この道具があれば、僕だけじゃなくて、いろんな人にとってすごく便利だ。

それは僕にも容易に想像できた。


山の民の研究員たちも、故郷の山に、親や、きょうだいや、大切な人がいる。

その人たちと直接話せたら、ってみんな思ってる。


手紙を書いて届けてもらうことも、不可能じゃなかったけど。

王様の伝令をみんながみんな使えるわけじゃないし。

普通は、そっちの土地へ旅をする人に託すことになる。

だけど、何日かかるか分からないし。

それどころか、無事に届くかどうかも分からない。

知人に託せれば、まだましだったけど。

見も知らない人にしか託せないことだって多い。

相手からの返事なんて、まず、期待できないし。

届いたかどうかの確認すら、できない。


だからこそ、みんな、この道具の完成を本当に期待していたんだ。


僕はまだ、大精霊のところに戻れば、一方的にだけど、ピサンリの様子を見ることはできた。

オルニスにピサンリのところへ行ってもらうことだってできる。

それって、ものすごく恵まれてたんだって、そのときになって気づいた。


僕がピサンリのところに帰りたいみたいに、みんなにだって、会いたい人がいる。

せめて、声が聞こえたら。こちらの声を届けて、相手の返事も聞くことができたら。

きっと、幸せになれる人はたくさんいるんって、思ったんだ。


ピサンリに会いたい。帰りたい。って気持ちは強かったんだけど。

その気持ちが強いからこそ、この道具だけは、なんとか完成させたかった。


それに。

せっかく王都にきたんだもの。

なんだか、変わってしまったルクスのこと淋しいって思った、って。

それだけじゃ帰れない、って気もしていたんだ。

オルニスのまったく似てない物真似の、何事も、お前様の納得のいくようにしたらよい、って言葉。

今はまだ、何も納得いってないのに、このままおめおめ帰れない。

美味しい瓶詰を作って届けてくれたピサンリに、会わせる顔がない。


だけども。

実験は毎回失敗で、いろいろと煮詰まってしまって。

こういうときは、気分転換も必要だ、ってオルニスに言われて。

僕は広い場所に出て、もう一度、音のエエルたちのことを観察してみようって思った。

ほら、あの、困ったら原点に戻れ、ってやつだよ。

きっと、なにか、見落としていることもあるんじゃないかな。


「僕も一緒に行くよ。

 なんだか今日は風を感じたい気分なんだ。」


いつも自由なオルニスは、そう言って僕についてきた。


「わたしは、ここにいてもいいか?

 この装置に、もう少し、改良できるところがありそうなんだ。」


匠はそう言って、部屋に残った。


エエルたちの観察をするには、人の気配の少ない、広い場所がよかった。

人ってのは、絶えずいろんな音をさせているから、人が多いと、その音に紛れて、エエルの歌が聞こえにくくなるんだ。

それに、狭いところでは、そこにいるエエルたちも限られていて、観察しにくい。


だけど、王都に、人の少ない場所なんて、ほとんどなかった。

広い場所、ってのも、案外、少なかった。


「いっそ、街から出て、平原にでも行ってみる?」


オルニスのことだから、もし、僕が、うん、って言えば、すぐにでも馬車を用意しそうな勢いだったけど。

そこまでするのはおおごとだし、だいたい、ちょっと気分転換に、って出てきたのに、帰りが遅くなり過ぎたら、余計な心配をかけてしまう。


いや、いっそ、そのために、何日かかけて、外へ行くか?

けど、わざわざそんなことをしても、何か、収穫があるとは限らないし。

ぐるぐる考え始めた僕の横で、くすくすとオルニスの笑う声がした。


「ときどき、君はもっと自由に、思うままにやればいいのに、って思うよ。

 もっとも、そんなふうに君が優しい人だから、僕は君のこと、放っておけないんだけど。」


は、い?


「…僕は優しいってより、決められないんだ。

 それって、僕が弱いからだよ。

 本当に優しい人は、もっと強いものだと思う。」


そう。ヘルバや、ピサンリみたいに。

それから、ルクスや、アルテミシアみたいに。

僕には、あのみんなの強さは、ない。


「だから、君のほうが、僕の何倍も優しい人だよ。」


オルニスは、ちょっと驚いた、みたいに、目をまるくしてから、ふふっと肩を竦めた。


「まあ、いいや。

 君に優しいって思われてるなら、そう思わせとくとしよう。

 そのほうが、僕にとっては都合いいから。」


なんかね、わざとそういう言い方するところも、実はオルニスの優しさなんじゃないか、って、最近、思うようになったよ。


「しかし、広いところ、かあ…」


僕は手を庇にして、ぐるっと上を見上げた。


「街ってのは、建物がぎっしりだからね。

 ここにいても、街のエエルたちの歌しか聞こえないんだよね。

 いっそ、この建物の上に抜けてしまえば、広いのかもしれないけど。」


「建物の上?

 屋根の上ってこと?」


「屋根の上?

 いやいやいや、そんなとこ、上ったら危ない、よね?」


なんとなく嫌な予感がして尻込みする僕に、オルニスは特大の笑みを浮かべた。


「いやいやいや。

 大丈夫、大丈夫。」


「何が大丈夫?

 大丈夫じゃないよね?」


「大丈夫。大丈夫。」


オルニスは大丈夫と繰り返しながら、僕を連れて研究院に引き返した。

それから、山の民たちに、例の奇妙な棒を借りてきた。


「このスティックはさあ、彼らのすごい発明品だと思うよ。

 軽いし、長さも形も自由自在に変えられるんだから。」


それは以前、王都に入るための行列に並んだときに、山の民たちが取り出して、椅子からテーブルやらに作り変えていた棒だった。


オルニスはそのスティックを何本か抱えて、僕と一緒に研究院の階段を上り始めた。


「まさか、研究院の屋根に上るつもり?」


「この街で一番高いところって言ったら、王城か研究院でしょ。

 だけど、王城の屋根に上ったりしたら、なんか、兵士に追いかけられそうだし。

 でも、ここなら、追っかけてくるやつらもいないよね。

 後でアルテミシアに言っとけば、大丈夫でしょ。」


「あ、後で、って…

 後で言ったら、きっと、怒られるよ?」


「先に言ったら、ダメだって言われるかもだし。」


「き、君は、怒ったアルテミシアの恐ろしさを知らないから。

 だから、そんなこと、簡単に言えるんだ…」


「怒りやしないよ、もうアルテミシアも。」


オルニスはちょっと僕を見て、にこっと笑った。


「君は、わざと危ないことをするために、屋根に上るんじゃない。

 これは立派な研究活動なんだから。」


「っけ、けんきゅーって…

 いやいや、それなら、っへ、平原に、行こう?

 うん。馬車に乗ってさ。」


「そんな手間かけなくても、こっちのほうが早い。」


「って、手間、かけさせるのは、申し訳ない、けど…

 けど…けど…」


反論できなくなってるうちに、僕らは研究院の最上階の、階段の突き当りまで来てしまっていた。


そこには、外に出られそうな小さな扉があった。


「こんなところに、戸がある。」


僕は扉のノブに手をかけて、ゆっくりと押してみた。

扉に鍵はかかってなくて、それは簡単に開いた。


途端に、強い風がびゅうと吹き込んできた。

びっくりして扉をもう一度閉じようとしたけど、風にあおられてなかなか閉まらない。

すると、オルニスは、僕より先に、その扉から外に出てしまった。


「ちょ!オルニス?」


僕は慌ててオルニスを追いかけた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ