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あの後、アルテミシアは村人に頼まれて、あと二つ井戸を見つけた。
どこも土も固く水が出るにはかなり深く掘らなくちゃいけなかったけど。
誰一人、文句も疑いも口にはせずに、せっせと掘った。
そうして、アルテミシアの言った場所からは、必ず、水が出た。
ルクスは村人にまじって一緒に土を掘った。
僕は、アルテミシアと一緒に、そんなみんなのためのご飯を作った。
毎日、料理をしていると、畑の作物にも少しずつ詳しくなっていった。
森にいたころは、作物を作るということはなくて、森から食べ物を分けてもらっていたけど。
僕らも、森の木々のために、枯れ枝を払って風通しをよくしたり、密集して日当たりの悪いところは植え替えたりして、世話をしていた。
実や葉っぱや新芽をもらう代わりに、種を植えて世話をし、子孫を残す。
恵みを受けて、恩返しをする。
そう思えば、畑仕事も似ているのかもしれない。
畑の作物は森の木々に比べると柔らかくてか弱い感じ。
守ってあげなければ、すぐに弱ってしまう。
日当たりとか、水のやり方とか、土の配合とか。
なかなかに繊細で敏感なようだ。
調子のいいときの彼らは、優しく、ハミングするように歌っている。
だけど、なにか調子が狂うと、彼らの歌もおかしくなる。
来たばっかりの頃は、聞き慣れない彼らの歌に、そういうものかと思っていたけど。
慣れてくると、いい感じの歌とそうでもない歌が分かってきた。
あるとき、あんまり調子外れの歌を歌っているから、気になって見に行ってみた。
そこには燦燦と真夏の太陽が照りつけていた。
「あのう…この子たち、ちょっと、暑すぎるって言ってるんで、日除けかなにか、してやってもらえませんか?」
近くで働いていた村人に、僕は恐る恐る、声をかけてみた。
けれど、村人は僕が何を言っているのか分からないみたいで、きょとんと首を傾げるばかりだ。
僕は急いでピサンリを探しに行った。
ピサンリはアルテミシアと村長さんと一緒に、井戸の場所を探していた。
「あの。
ピサンリ、ちょっと借りるよ?」
アルテミシアには村長さんがいれば大丈夫だろう。
僕はピサンリの腕を掴んで、さっきの畑に引き返した。
ピサンリは僕の話しを聞くと、それを村人に通訳してくれた。
それから、村人の言うことを、僕にも通訳してくれた。
「お日様の光には、なるべくたくさん、当たった方がいいじゃろう、と言っておるがのう。」
「あ。確かに、お日様の光は必要なんだけど、多すぎるのは苦手なのもいるんだ。
ほら、森の民は、平原の民よりも、お日様が苦手でしょう?」
僕はいつも被っているマントをひらひらさせながら言ってみた。
これ、暑いんだけど、僕らにとっては、日中歩くときには必需品だ。
確かに、とピサンリは頷くと、それを村人に言ってくれた。
「それじゃあ、どうすればよいのかのう?と言うておる。」
「日除けの囲いをするのがいいと思う。
ちょっとやって見せるから。
干した草と蔓はあるかな?
あと、柱にする棒と。」
説明するより、やって見せたほうが早い。
僕は自分で日除けを作ることにした。
干した草を蔓で編んで囲いを作り、柱を立てて、そこへくくり付ける。
まずは、草を蔓で編むところから。
僕のやることを見ていた村人は、すぐに真似をして、一緒に作り始めた。
分からないところは、実際に目の前でゆっくりやって見せたり、ピサンリに通訳してもらって、説明したりした。
器用な彼らはすぐに要領を掴んでしまった。
彼らと一緒にやると、みるみるうちに大きな囲いが完成した。
あとは大槌で杭を打って柱にした。
丸一日経つころには、言葉は通じなくても、すっかり気心は通じ合った気になった。
いっせぇのせ、で、日除けを広げて柱につけたら、立派な囲いになった。
僕らはなんだか嬉しくなって、声を合わせて笑っていた。
その日はもう夕方だったから、翌日、様子を見に行ってみた。
不協和音で叫んでいた野菜たちは、今日は優しく歌っている。
よかった、と思ったのも束の間、今度はまた次の不協和音が聞こえてきた。
水をやりすぎて、お腹いっぱい、と泣いている畑やら。
土の味が気に入らないで、ぶつぶつ文句言ってる畑やら。
気にしだすと、次から次へと気になってくる。
そのたんびにピサンリを呼びに行っては、通訳をしてもらった。
「賢者様は、野菜の言うてることが分かるのかのう?」
村人たちを代表して、ピサンリは僕を見て不思議そうに尋ねた。
「言ってることが分かる、わけじゃないけど…
歌が、狂う、よね?」
僕がそう言うと、ピサンリはますます首を傾げた。
「歌?とは、いったい、誰が歌っておるのかのう?」
「歌ってるでしょう?
森の木々も。畑の作物も。道端の草花も。」
「はて。それは、わしらの耳には聞こえんのう…」
「ええっ?
みんな歌が好きだから、あんなに花を植えてるんじゃないの?」
この村にはよく世話をされた花壇がたくさんあって、その花々はこれでもかってくらい高らかに歌いあげている。
だから、この村にはずっとすごい歌が鳴り響いている感じ。
「お前様のお耳には、歌が聞こえておるのかの?」
「うん。ずっと。
たとえば、こんな感じ。」
僕は首にかけた土笛を取り出すと、すぐ近くの花壇の花の歌に合わせて吹いてみた。
すると、花たちはますます張り切って、僕の笛に合わせて歌い出した。
それは、僕が今まで聞いたことのなかった歌だった。
なんて、楽しいんだろう。
森にいたころも、木々の歌に合わせて吹いていたけど。
花たちの歌は、なんだかすごく華やかで、ころころと調が変わっていく。
すると、周りにいた草木も、その歌に合わせて歌い始めた。
どこからか小鳥たちも飛んできて、ぴぴぴぴ、と声を合わせ始めた。
まるで、突然始まった楽しい音楽会のよう。
こんなのは初めてだ。
あまりにも楽しくて、我も忘れて吹き続けたけれど。
とうとう、吹き疲れて、そのまま倒れてしまった。
だけど、すっごく、気持ちいい。
僕は地面に大の字になって、息を切らせながら大笑いした。
いつの間にか村人たちが大勢集まって、僕と花と鳥たちとの饗宴を見物していた。
僕は別に誰かに見せるためにやってたわけじゃなかったけど。
辺りに一斉に沸き起こった拍手に、びっくりして起き上がった。
鳥たちはびっくりして逃げて行ってしまったけど。
花たちは嬉しそうにますます胸を張っている。
周りにいた村人たちも、その花たちと同じ顔をしていた。
「素晴らしい。
それが、花の歌ですかのう?」
ピサンリに尋ねられて、僕は、そうだよと頷いた。
「賢者様には、その歌がいつも聞こえておられるのか?」
「みんなには、聞こえない、の?」
どうやら平原の民には聞こえないらしいって、そのとき、気づいた。
確かに、森の民にも、歌の聞こえ方には個人差があった。
ルクスもアルテミシアも、聞こえないことはないけど、僕ほどには聞こえないって言う。
だけど、僕は、アルテミシアほど、水の気配に敏感じゃないから。
そういうのって、人それぞれの、得意不得意みたいなものかなって思ってた。
でも、全然聞こえないのは、ちょっと寂しいかな、って思う。
でも、彼らは花を植える。
花は彼らには聞こえなくても、ずっと歌を歌っている。
その歌は、辺り一帯に幸せをふりまいている。
もしかしたら、聞こえなくても、彼らには、花の力はちゃんと分かってるのかもしれない。
聞こえる、というのとは、違う感覚で、彼らもちゃんと、その幸せを感じ取っているのかもしれない。
そうでなければ、花を植える理由が分からない。
そんなことがあってから、僕は、ちょくちょく、畑に呼ばれるようになった。
作物の歌を聞いて、元気に育っているか、どこか調子が悪いところはないか、もっと喜ぶにはどうすればいいか。
そういうことを村人たちに伝えるようになった。
いつの間にか、ルクスは村人たちに混じって、アルテミシアは村長さんと、僕はピサンリと一緒にいることが多くなった。
夜はいつも三人一緒だったけど。
昼間はそれぞれ別々に、村の人たちと過ごすようになっていった。