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そうしてとうとう、ルクスとの食事会の日がやってきた。
あ。食事会って言っても、お茶会なんだけどね。
予定は午後からなのに、朝からオルニスは僕を迎えにやってきた。
「そういえばさ。
オルニスって、戻ってきてから、どこに泊まってるの?」
前は僕と一緒に研究院の客間に泊まってたんだけど。
今はどこか違う宿に泊まってるみたいだ。
っても、毎日、研究院にはやってくるんだけど。
「ああ。踊る仔馬亭だよ?
前に来たときにも、最初、そこへ行ったろ?」
オルニスはこともなげに答えた。
「わざわざ宿をとってるんだ。
ここに泊まればいいのに。
なんなら、アルテミシアに言ってあげようか?」
オルニスに限って、遠慮してる、とかいうことはないと思ってたんだけど。
もしかしてそうなら、僕から言ってあげようと思う。
けど、オルニスはぱたぱたと手を振った。
「ああ、いい、いい。
僕、ここはちょっと、なんだか落ち着かなくて。」
そういえば、と思い出した。
「もしかして、あのときルクスの言ったこと、気にしてる?
実験体、ってのはルクスの言い方に問題があっただけで、僕ら、ここにいても、なにか実験されるとか、そういうことは心配ないよ?」
だけど、オルニスはあっさり首を振った。
「あ。それは、僕には関係ないでしょ。
そういう心配をしないといけないのは、むしろ、君のほうだと思うんだけど。
だけど、君が気にしない、ってんなら、べつに、気にしなくてもいいと思うよ。」
そっか。
それが気になってたわけじゃないんだ。
「けど、宿代とか、かかるよね?」
「それがさ。
ピサンリのおかげで宿代もかからないんだよ。」
へ?ピサンリのおかげ?
僕が不思議そうな顔をしていると、オルニスは僕が持って行こうと思って並べておいた保存食のなかから、瓶をひとつ取り上げた。
「これこれ。このミッドナイトシェード。」
「ああ。それ、美味しいよね。」
それはピサンリの畑になったミッドナイトシェードを油で炒めて、お砂糖と、ピサンリ特製の豆から作った調味料で味付けした逸品だった。
「僕も、これがえらく気に入ってさ。
君へのお土産とはべつに、僕の分もピサンリにもらってきたんだ。」
「そうだったんだ。」
美味しいって、言ったら、ピサンリはきっとたくさん作ってくれたんだろう。
「あそこの宿の主人は、いろんな土地の珍しい料理を集めてるから、これも少し分けてあげたんだよね。」
「確かに。これなら、喜んでもらえたんじゃない?」
「うん。もう本当、大絶賛だった。
そんで、このレシピを教える代わりに、宿代をただにしてくれる、って。
だから、次、行ったとき、ピサンリにレシピ、聞いてこなくちゃなんだ。」
ピサンリのことだから、きっとそう言ったら、喜んでレシピを教えてくれるに違いない。
村にいたときも、近所の人に美味しいって言われたら、ほくほくと作り方を教えていたもんね。
「へえ。それはまた、宿のご主人も太っ腹だね?」
「まあ、あの主人のこだわり、ってとこかな。」
「じゃあ、宿代は心配いらないんだ。」
なんて、もしかしたら、アルテミシアが手をまわしてくれただけかもしれないけどね、って、オルニスはぼそっと言った。
ただ、僕はよく聞き取れなかったから、聞き間違いかもしれない。
「え?何か言った?」
「いや。なんにも。」
聞き返したけど、オルニスはにこっとしただけで、もう一度は言ってくれなかった。
けど、オルニスはあの宿を気に入ってるみたいだし、居心地いいなら、そっちにいたらいいと思う。
僕と違って、オルニスは、余所の人と話すのも苦にならないみたいだし。
「今日は?アルテミシアは?」
オルニスに尋ねられて、僕は答えた。
「朝、木の実のパイを焼くから、お茶会には直接行く、って。」
「ああ、あのパイかあ。
昔、夏至祭りのときにご馳走になったっけ。
すっごく美味しかった。
懐かしいなあ。」
そうだった。
僕らは僕らの出会ったあの夏至祭りのことを思い出した。
あれから、ずいぶん経ってしまったなあ、って思った。
「いろんなこと、あったよ。」
「いろんなこと、あった。」
僕らはお互いそっくりな目をして、ほとんど同時に同じことを言っていた。
そして、顔を見合わせると、ふたり同時に笑い出した。
本当に、いろんなこと、あったなあ。
おしゃべりをしていると、いつの間にか時間は過ぎて、気が付くともうお昼前だった。
まだお茶の時間には早かったんだけど、オルニスは、もう行こうと言った。
ピサンリの保存食は大量にあったけど、僕はそれ全部、持って行くつもりだった。
流石に重くて困ったけど、オルニスは半分持ってくれた。
「お茶会の手土産にしちゃ、ちょっと多いかな?」
「大丈夫だよ。
ルクスはピサンリのお料理、すごくたくさん食べるから。」
だって、どれもこれも、ピサンリの愛情のたっぷりつまった特別な料理ばかりなのに。
どれかを選ぶなんてこと、できなかったんだ。
王宮へ行くと、すぐにテラスへと案内された。
風を感じる屋外でお茶するのも、なんだか素敵だ。
建物のなかには、立派な絵や彫刻、豪奢な装飾もたくさんあるんだけど。
そういう部屋の中にいると、ちょっと、緊張する。
あまり飾り物のないテラスは、むしろ居心地いい。
この場所を選んでくれたのは、きっと、ルクスだと思った。
まだアルテミシアも来てなかったし、僕らはテーブルにずらっと保存食を並べた。
もちろん、アルテミシアの木の実のパイを置くところは、ちゃんとあけておいた。
少しすると、お茶会の準備をするためか、お揃いのお仕着せを着た男女が、ぞろぞろと入ってきた。
彼らは、ずらっと瓶の並んだテーブルを見ると、ひそひそと何か相談して、それから、もうひとつ、同じテーブルを持ってきた。
もしかして、勝手に並べちゃって、迷惑だった?
オルニスと僕は顔を見合わせたけど、どう言っていいか分からなかったし、ただ、様子を見ていた。
すると、お仕着せの人たちは、新しく持ってきたテーブルに、まるで、見たこともないご馳走ののった皿を、次々と運んできては、並べ始めた。
そこには、蒸したり煮たり焼いたり、ときどき、どう見ても生の、鳥や獣や魚の肉もたくさんあった。
なかには、生きていたときの姿のままの鳥や魚も含まれていた。
「なんか、お茶会、って感じ、しなくない?」
僕はひそひそとオルニスに言った。
オルニスも、うんうん、と頷いた。
「真昼間から、酒宴でも始めるのか、って感じだな。」
酒宴。そう、まさに、そんな感じだった。
ずらっと並んだご馳走にちょっと驚いていると、アルテミシアがやってきた。
「これはまた、すごいなあ。」
アルテミシアも、テーブルに溢れんばかりのご馳走に目を丸くした。
「お茶会、って言ってなかったっけ?」
僕は念のため、アルテミシアに確認した。
「まあ、せっかく、君たちを招待するんだから。
ルクスも精一杯、もてなしたかったんだろうよ。」
そう言ってアルテミシアは軽く肩を竦めた。
「僕ら、ピサンリにもらったお料理、持ってきたんだけど。」
「ああ、本当だ。
へえ。これ、懐かしいな。」
アルテミシアは瓶を手に取って眺めると、目を細めて嬉しそうにした。
アルテミシアのその顔を見て、僕はなんだかほっとした。
もしかしたら、すごい大失敗をしちゃったんじゃないか、って気になってたんだ。
「ここに、あたしのパイを置けばいいのかな?」
アルテミシアは、僕らがあけておいた場所に、持ってきたパイをちゃんと置いてくれた。
「やあ、お前たち、ちょっと来るのが早いんじゃないか。」
そこへ陽気な声がして、ルクスがひとりでやってきた。
おつきの人、は今日はいないみたいだった。
服装も、前に見た謁見のときの格好じゃなくて、もっとラフな感じだった。
「王都の名物料理を今日はたくさん用意したんだ。
全部、食べて行ってくれよな?」
ルクスはご馳走の並んだテーブルを指し示して言った。




