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僕の予想した通り、オルニスは山の民たちの研究室にいた。
本当、ここの研究室って、楽しいからね。
僕がお買い物に付き合ってほしい、って頼んだら、二つ返事でいいよって返ってきた。
「僕もちょうど市場へ行きたいなって思ってたんだ。
ピサンリに、いろいろと買い物を頼まれてさ。」
「へえ。ピサンリに?」
「すごく珍しいスパイスらしいんだけど。
ここの市場にならあるんじゃないか、って。」
「へえ。珍しいスパイスかあ。」
そうか。次のお土産はそれもいいなあ。
「君も、何か、ピサンリに作ってほしい物あったら、その材料を買うといいよ。
僕が持って行くから。」
「そんなにすぐにピサンリのところへまた行くの?」
「ああ、ちょっとね。
今回はピサンリに頼まれごとをしていてさ。」
頼まれごとって、なんだろう?
ふとそう思ったとき、横から匠が僕らの話しに割り込んできた。
「市場へ行くのか?
ちょうどいい、わたしも市場には用事があったんだ。
一緒に行こう。」
すると、そこへわいわいわらわらと他の山の民たちも集まってきた。
「なんだ、市場へ行くのか?
それならついでに、買ってきてほしいものがあるんだ。」
「なんだなんだ?
市場へ行くって言ったか?」
「そりゃあ、お前、忙しい皆のために、一肌くらい脱ぐよな?」
「助かるよ。もうずっと前に壊しちゃって、困ってたんだ。」
なんだって、みんな、そんなに買い物をためてたんだ?
ってくらい、僕らはお使いを頼まれてしまった。
「………しまった。
市場に行くなんて、皆の前で言うんじゃなかった。」
匠はちょっと後悔してたみたいだけど。
「まあまあ、いいじゃない。
うちの子は人見知りで、市場でまともに買い物したことないからさ。
今回は、特訓するのにちょうどいいよ。」
オルニスはお買い物のメモを見て楽しそうに笑ってる。
って、ちょっと待って?
うちの子?
その特訓って、もしかして僕がやらされるの?
すっかり他人事だと思ってたらこっちに降ってきて、あたふたしている僕と、ちょっとむっつりしたままの匠を引っ張って、オルニスは陽気に笑いながら出発した。
この間、市場に来たのは夕方だったけど。
今日は、真昼間。人通りはあのときの倍、いや、三倍以上だった。
「はぐれるなよ?」
オルニスはにこにことそう言ったけど。
僕は必死になってオルニスの袖を掴んでいた。
「こんなところではぐれたら、君たちとは、二度と再び会えない、って自信があるよ。」
「その自信はいらないだろ。」
匠は呆れたように肩を竦めてから、いきなり、僕の腕になにか金属でできた腕輪をつけた。
「念のため、これ、つけてろ。」
「これは?」
なんだか厳めしい色合いの分厚い金属の輪っかに、複雑な紋章みたいな模様が彫りつけてある。
ずしりと重たくて、気が滅入りそうだ。
「わたしから一定の距離以上に離れたら、大声で叫び出す。」
「え?叫ぶ、って誰が?」
「腕輪。」
「え?僕、叫ぶ腕輪、つけられたの?」
僕は慌てて腕輪を外そうとしたけど。
それはぴったりと僕の腕にはまっていて、どうやっても外せなかった。
「こんなの、嫌だよ。」
「今ここには鍵がないから外せない。
帰ったら、外してやる。
諦めてつけてろ。」
「そうそう。
要ははぐれなきゃいいわけだし。
さ、ぐずぐずしてたら、お使い全部、買いきれないよ?
さあさあ、行こう行こう。」
オルニスはぐいぐいと僕らの手を引っ張って人の波のなかを進んでいった。
いくつかの屋台で、買い物をした。
お茶の葉、だとか。
ちょっとしたお菓子、だとか。
そういう物は、僕も問題なく買い物できた。
手こずったのは、作業に使う何かの道具だった。
ずらっといろんな道具の並ぶ店先で、僕はどれを買ったらいいのか分からなくて呆然とした。
一応、お買い物メモには、買ってくる物の絵?が描いてあったんだけど。
下手くそ過ぎて、何の絵なのか、さっぱり分からなかったんだ。
「ねえ、これ、どれ買ったらいいんだろ?」
お店の主人は表情が完全に髭に埋もれた山の民だった。
顔のむきからしたら、多分、じっとこっちを見ている。
僕は、隣にいた匠に、ひそひそと相談した。
「さあなあ。
この絵じゃ、わたしにも、分からん。」
ええーっ、匠に分からないものが、僕に分かるわけないよ!
店の主人は怖いし、匠はあてになんないし、僕はもう泣きそうになったんだけど。
「え?どれどれ?」
オルニスが反対側からその絵を覗き込んだ。
「あ。これ、まんじゅうお化けの注文でしょ?
それなら、これだな。」
そう言ってオルニスは迷うことなく道具をひとつ手に取った。
けど、それはまた、思ってもみない道具だった。
「え?本当に、それ?
なんか、それ、絵に似てなくない?
その絵なら、むしろ、こっちなんじゃ…?」
僕はなるべく絵にそっくりそうな道具を取ってオルニスに見せた。
けれど、オルニスは、きっぱりと首を振った。
「いいや。こっちだよ。間違いない。
あ、ご主人、これ、いくら?」
そう言うと、さっさとそっちを買ってしまった。
本当に大丈夫かな。
腕輪に叫ばれないように、はらはらしながら、僕はなんとかみんなとははぐれずに、お買い物を進めていった。
結果から言うと、結局、僕の腕輪は一度も叫ぶことはなかった。
だけど、一日経ってから、ちょっと、叫ぶ腕輪ってのも見たかったかな、って思った。
まあ、多分、それも、実際に叫ぶところを見なかったから、なんだろうけど。
木の実のパイの材料は、わりと簡単に手に入った。
その店の主人は、なんと森の民だった。
「王都には森の民も多いからね。
森の民の好きな食材を売る店もたくさんあるんだよ。」
オルニスはいつの間にかすっかり王都に詳しくなっていて、そんなことを教えてくれた。
順調に買い物は進めていったけど、なにせ買う物が多い。
買い物の終わることには、すっかり日が暮れていた。
ほんのりとあの魔法の灯りが街に灯る。
何回見ても綺麗な景色だ。
「この灯りを見たときに、わたしも、ここへ来て一緒に何かを作りたいって思ったんだ。」
匠はまるい灯りを見ながら、ぽつりと言った。
その気持ちはなんか分かるなあ、って思った。




