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ルクスはあんなことを言ってたけど、僕はまた研究院の部屋に戻ってきた。
アルテミシアとオルニスも一緒だ。
だけど、オルニスは最低限の荷物だけまとめると、そそくさと出発した。
「またここに戻ってくるから、馬車に置いてある分はそのままにしておくよ。
じゃ。」
なにか言う暇もありゃしない。
ピサンリにはいろいろと伝えてほしいこともあったんだけど。
だけど、いざ、何を伝えるのか言うってなったら、あれもこれも、って、なかなか頭がまとまらない。
それに、オルニスなら、僕の伝えたいことくらい、ちゃんと分かってる気もする。
うまく言ってくれるって言ってたし、まあ、いいっか。
それに、ピサンリには一日も早く、心配しないでって伝えたかった。
だって、もう既に、十日も帰りが遅れているんだから。
だから、せっかちなオルニスも、このときは少し有難かった。
馬術は得意だって言ってたっけ。
じゃあ、ここに馬車で来たのは、僕のためだったんだな。
そそくさとオルニスが出発した後、アルテミシアと僕は、ちょっと呆然と取り残されていた。
「行っちゃったね。」
他に話すことも思い付かないけど、黙ってるのも気まずくて、僕はそんなふうに話しかけた。
アルテミシアはちょっと苦笑して、お茶飲むか?って尋ねてくれた。
それから、僕の答える前に、部屋の隅に置いてあるお茶セットで、お茶を淹れてくれた。
「…なんか、その、いろいろと、ごめんな?」
僕にお茶を手渡しながら、アルテミシアは、どこか気まずそうにそう言った。
「ごめん?
何が、ごめん?」
僕は謝られる理由はないと思って、そう聞き返した。
アルテミシアはますます気まずそうにしながら言った。
「その。
ルクスがなんか、無理、言って…」
「あー…そういえば、ルクスって、こんな感じだったよなあ、って、僕はちょっと懐かしかったよ。」
僕は笑って言った。
「それに、それはアルテミシアの謝ることじゃないよ。」
「…だよね?」
アルテミシアはあっさり頷いてから、ちょっと黙った。
それから、お茶を一口すすって、思い切ったように言った。
「あの、ルクスの言った、実験体、って話し…」
「ああ!
実験体って、僕のこと?
僕、なにかの実験されてるの?」
それはちょっとひっかかってたんだっけ。
「違うよ!
実験なんかしてない!
実験体ってのは、ルクスの言葉の使い方が間違ってるんだ。」
アルテミシアは怒ったみたいにそこまで一息に言ってから、だけど、とちょっと言い淀んだ。
「…だけど、いろんな土地からいろんな力を持った人に来てもらってる、ってのは本当。
その人たちには研究に協力してもらってるんだ。」
「研究って、魔法の?」
「そうだよ。」
アルテミシアはひとつ深呼吸をしてから、ゆっくりと話し出した。
「この世界から魔法が失われてしまってから、もうずいぶん時間が経ってしまってる、ってのは知っているだろう?」
僕はひとつ頷いた。
「だけど、大昔、この世界には確かに魔法があって、それを使いこなす人たちがいた。
その技術は、世界のあちこちに、欠片になって残ってるんだ。」
欠片、か。
「その欠片を集めて、また、いろんな力を復活させらないかな、って。
そのために、あちこちから、いろんな人たちに来てもらって、協力してもらってるんだよ。」
「それは、実験体、ってのとは、違うような…」
「もちろん、違う。
協力者、って言ったらいいかな…
そのままここに残って、研究をしてる人たちもいるから、研究員、か?」
なるほど。そういうことか、と納得した。
「…僕もその、欠片のひとつ、なの?」
確か、研究の役に立つ、とも言ってたよね。
だけど、アルテミシアは、それには首を振った。
「いいや。
君は欠片じゃない。
核、…要、だよ。」
「要?」
「君は、今この世界に溢れている精霊力のその中心にいる人だから。」
「精霊力…?」
「エエルのことだよ。
君は大精霊と交信し、その力を引き出す大切な存在だ。」
それに関しては、前にもアルテミシアにちゃんと説明したはずなのに。
僕はきちんと訂正しておかなくちゃと思った。
「あのエエルはアマンの地からこっちに持ってきてるんだ。
持ってきてるのは大精霊だし、その大精霊をこっちに送ってくれたのはヘルバだよ。」
「だけど今、その大精霊に会うことができるのは君だけだし、あたしたちこっちの世界の人間にとっては、君こそがそのエエルの源なんだよ。」
僕は、うーん、ってちょっと困った。
「…僕は、そんなにすごいものじゃない。
大精霊にだって、会いたいって、思ったら、きっと、誰でも会えると思うよ…」
「それが、できないんだ。
あたしたちも、何回も大精霊との交霊を試みてるんだよ。
だけど、誰も、一度も、成功してない。」
アルテミシアはずいっと僕に迫ってきた。
「どうして、君は、大精霊に会えるの?
そもそも、本当に、その存在は、あるの?」
「あるよ!もちろん。
…だけど、どうして僕が会えるのかは…」
初めて会ったのは、あの、ヘルバの木の再生のときだった。
泉の水が溢れてきて、折れた木を再生して、そこにあの大精霊がいたんだ。
だけど、大精霊はピサンリとは会えなかった。
いろいろとやってみたけど、ピサンリには大精霊の姿は見えなかったんだ。
大精霊の側からは、ピサンリは見えている。
この間、こっちから魔法を使ったときも、僕らからピサンリは見えていた。
だけど、ピサンリにはこっちは見えなかったんだ。
「…エエルを感じる力のある人なら、見えるんじゃない、かな…」
ヘルバは言ってた。
今のこの世界の人たちは、エエルを感じる力を失っているんだ、って。
だけど、ヘルバは昔の人だから、エエルを感じる力を失っていなかった。
そして、多分、僕も、先祖返りで、エエルを感じる力はあるんだ。
「その力はどうしたら手に入る?
どうして君には、エエルを感じる力があるの?」
「え?
…さぁ…
先祖返り?」
「どうすれば、先祖返りを起こせるんだ?」
アルテミシアに迫られて、僕は困った。
「…分からない…僕は多分、生まれつき…」
「そうなんだよ。
君は生まれつき、そうなんだ。
だから、君は、特別な人なんだ。」
アルテミシアはそう断言して、僕をじっと見た。




