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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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202

謁見の申し込みはちゃんといきていて、翌朝、僕のところに謁見の赦しが出たという連絡がきた。

オルニスと僕はアルテミシアに用意してもらった新しい服を着て、ルクスに会いに行くことにした。


時間がきて、僕らは王城へとむかった。

っても、王城は研究院のすぐ隣なんだけど。

隣とは言っても、どっちもすごく大きな石造りの建物で、ぐるっと回ると、結構遠かった。


アルテミシアは今日は仕事に行っていて、そっちから直接、来るって話しだった。

僕らは謁見の順番を待ってる人たちの控室に通された。

あのとき、同じ列に並んでいた見覚えのある人たちがけっこういた。


普段は少しも黙っていられないオルニスだけど、流石に緊張したのか、控室では妙に大人しかった。

僕は心配になって、ひそひそと話しかけた。


「どうしたの?お腹でも痛い?」


「いいや。大丈夫だ。」


オルニスはこっちを振り返りもせずに、真っ直ぐ前をむいたまま固まっていた。


「もしかして、緊張してる?」


「そりゃ、王様に会うんだからな。」


「王様って、ルクスだよ?

 それに、君は前にも一回、会ったんじゃなかったっけ?」


それで僕の居場所を聞いたって、言ってたと思う。

だけど、オルニスは深いため息を吐いた。


「あのときはさ、ルクスがあんなに立派になってるとは思ってなくて。

 なんか、気楽に会いに行ったんだよね。

 つくづく、知らないってのは最強だったと思うよ。」


僕はちょっと笑ってしまった。


「僕、君って、もっと、怖い物知らずだと思ってたよ。」


「ふん。それ本当は、身の程知らず、って言いたいんだろ?

 いいよ、分かってるから。

 確かに、僕にはそういうとこあるかもだけど。

 身の程くらいはね、一応ね、弁えてるんですよ。」


ふん、と、オルニスはもう一度、鼻を鳴らした。


「誰も、そんなこと言ってないって。」


オルニスってば緊張し過ぎて、ちょっといつもと性格が変わっちゃってるかもしれない。


僕も、目を覚ましたとき、ちらっとだけ会ったルクスが、すごく変わってしまってたから、今日会うのは、ちょっと怖いなって、思ってたんだけど。

このオルニスを見ていたら、なんだか、自分の緊張のほうは、薄れてしまったみたいだ。


謁見が始まると、するすると順番は進んでいった。

呼び出しの人が来て、順番に謁見の場所へと連れて行ってくれる。


見ているとひとりで来ている人はあんまりいなくて、ほとんどの人たちは何人かずつのグループのようだった。

どこかの町や村の代表、って感じなのかな。

僕らみたいなふたり連れは、むしろ、少人数なほうだ。

たったふたりだけなのに、他の人と同じだけの時間をもらえるなんて、贅沢だなって思った。


朝いちばんに仕事を済ませてから来るって言ってたアルテミシアは、まだ来ていなかった。

このまま順番が来ちゃったら、ちょっと困るなって思った。

アルテミシアも、あんまりルクスとは話せないみたいだし。

ちょうどいい機会だから、この時間を有効活用すればいいって思ってた。


僕は、懐に大事に抱えてきたルクスへのお土産を確認した。

あの、大精霊にもらった、願い事の叶う木の実。

これは僕が持ってるより、ルクスに使ってもらったほうが、絶対にいいって思ったんだ。

ルクスなら、きっと、本当に大切なことに使ってくれると思うから。


元気だ、ってのは、風たちも教えてくれてるし。

大活躍だ、ってのも、もう知ってる。

だから、この木の実だけ渡したら、僕の用事はおしまいだった。


無言のオルニスと、なかなか来ないアルテミシアに、僕ひとり気をもんでたけど。

アルテミシアはちょうどあと何組かで僕らの順番だ、ってころに、まるで、ちゃんと時間を見計らっていたみたいにやってきた。

いや、ちゃんと見計っていたのかも。


アルテミシアが来るとすぐに、僕らの順番がやってきた。

僕らは三人連れだって、謁見の間へと連れて行かれた。


見上げるほど大きな扉の前に立つと、まるで魔法みたいに扉が開いた。

ルクスはうんと遠くの王座に座っていた。


それはとてもとても大きな部屋だった。

天井は見上げるほどに高いし、壁もすごく遠い。

天井にも壁にも、きれいな絵が一面に描かれていた。


音が反響してわんわんと大きく聞こえる。

部屋の真ん中には、まるで道を示すように、長い敷物が敷かれていた。

敷物は柔らかくて、靴の音を吸い取ってくれるみたいだった。


僕は思わず走り出しそうになったけど、隣のアルテミシアがゆっくり歩いているのに気づいて、慌てて、アルテミシアに速さを合わせて歩いた。

オルニスはものすごく緊張していて、右手と右足を同時に動かしていた。


「やあ、悪いな。食事の約束、守れなくて。」


僕らがまだ半分くらい行ったところで、ルクスは気安くそう声をかけてきた。


「いいんだ。

 それはまた今度ね。」


僕も、小さいころ、雨が降って森に行くのを延期した、ときくらいの返事をした。


「なんだ、アルテミシア、お前も来たのか?」


ルクスはちょっと意外そうに言った。


「最近じゃ、あたしもなかなか、君に会えないからね。」


アルテミシアはちょっとため息を吐いて言った。


「いや、悪いな。

 俺も、もうちょっとなんとか、とは思ってるんだけどな。」


ルクスはあんまり、悪い、とは思ってないみたいに軽く言った。

そんなことを話しているうちに、僕らは、ルクスの顔がはっきり見える辺りまで近づいていた。


ルクスは全体に刺繍を施した立派な服と、金の糸で結んだ鎧を着ていた。

額には金色の王冠も着けていた。

とても立派な王様の姿だった。


ちょうどその辺りには、左右に長い槍を持った兵士がふたり、立っていた。

僕がもう少し近づこうとすると、それ以上は行くな、と言うように、槍に通せんぼされた。


「あ。」


僕は懐のなかでぎゅっと木の実を握った。


「ルクス、あの、お土産を渡したいんだけど。」


それから、ちょっと遠いルクスにむかって言った。


「土産?」


ルクスは王座から立ち上ると、僕のほうへ近づいてきた。

ルクスの腰帯には、大きな剣が下がっていた。

ルクスは、左右の兵士にむかって、軽く手を振った。

すると左右の兵士はすっと槍を持ち上げてルクスを通した。


「これだよ。」


僕は三つの木の実を取り出して目の前に来てくれたルクスに渡した。


「これは、なんの木の実だ?

 見たことないな…」


ルクスは木の実を振ったり中の音を聞いたりした。

僕は、あああ、と慌てて引き留めた。


「この中には精霊がいるんだ。

 木の実を割って願い事を言うと、なんでも叶えてくれるんだよ。」


「なんでも願い事の叶う木の実?」


不思議そうにそう言って、ルクスは木の実をしげしげと観察した。


「これが?」


「大精霊にもらったんだ。

 すごく強力な木の実だから、願い事はよくよく気をつけてしてね?」


ルクスは軽く首を傾げた。


「どんな願い事でも、叶う、か…」


すると、いきなり、ルクスは木の実をひとつ割って言った。


「なら、願おう。

 この世界の全ての民の言葉が互いに通じるようになることを。」


「ええっ?!」


僕ら全員、びっくりしていた。

まさか、いきなり目の前で使うとは思ってなかった。


ルクスの大きな手は、易々と木の実を割っていた。

割れた木の実は眩しい光を放って、光はみるみる大きくなっていった。


広い謁見の間の隅々まで、その光は照らした。

天井に届くほど大きくなった光のなかに、大精霊にそっくりな少女がひとり現れた。


少女は目を閉じて両手を胸のところで組み合わせていた。


「その願い、聞き届けましょう。」


声も大精霊にそっくりだった。

まるで、大精霊が、木の実のなかにそのまま閉じ込められていたみたいだった。


大精霊はそれだけ言うと、すぐに姿を消した。

何か話しかける暇もなかった。


そして、光もまた、ゆっくりと消えていった。


「い、今のは、いったい…」


そう言った人を、僕はまじまじと見つめた。

それは、槍を持った右側の兵士だった。

そして、彼は、平原の民だった。






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