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館の外に出ると、さっきのフォォォォはもっとよく聞こえるようになった。

他にも大勢の声が聞こえるけれど、平原の言葉で、何を言っているのかは分からない。

ただどの声も、ひどく興奮しているようだった。


月明りはじゅうぶんに明るかったし、僕らは夜目も効く。

歩きなれた村のなかをふたりで歩くのに、不安なことはなかった。

僕らは声を頼りに足を急がせた。


近づくにつれて、ますます声は大きくなっていった。

よほどの大騒ぎらしい。

何を言っているのかは分からなくても、その声に、恐怖や怒りは感じられない。

むしろ、それは歓喜の叫びだった。


胸の中に湧き上がる期待を押し殺して、僕らはただ急いだ。

もしかして?と思ったけど、期待して違っていたらがっかりするから。

だから、この目で見るまでは、余計なことは考えないようにしようと思った。


だけど、その場所に近づくにつれて、期待は確信になった。

歓喜の声はもうよほど大きくなって、まるで、時季外れのお祭り騒ぎだった。

村の外のこんな遠い場所なのに。

館で眠っていた僕たちが気付くくらいだから、それはもう、すごい騒ぎだった。


こっそり岩陰から覗いたら、踊り狂う人々が見えた。

この数日で顔見知りになった人たちも大勢いる。

ピサンリや村長さんの姿もあった。


みんな、笑いながら、柄杓で水をかけあっていた。

ざんぶりと桶いっぱいの水を自分の頭からかぶって、大笑いをしている人もいた。

まるで子どものようにきゃあきゃあと楽しそうだった。


井戸の水が出た。

彼らの歓喜の理由は一目瞭然だった。


あんなふうに喜んでいる人たちを見て、僕らもとても嬉しかった。

だけど、僕らはあの人たちの前に姿を表すことはしなかった。

やっぱり、ルクスも起こして一緒に来ればよかったかな。

この歓びは三人一緒に味わいたいと思った。

目と目を見交わしただけで、アルテミシアも同じ考えだって分かった。


僕らは彼らに気づかれないように、そっと身を隠したまま引き返した。

帰り道、アルテミシアも僕も、何も言わなかった。

だけど、嬉しくて、にやにやしてしまうのは、止められなかった。


そうして、終わりの見えない仕事だと思っていた井戸掘りは、ある日、突然、完了した。


翌朝、まだ日の出前に、ピサンリが駆け込んできた。

もちろん、僕らに朗報をもたらすために。

アルテミシアと僕はもう知っていたけど。

今初めて聞いた、って顔をして、思い切り驚いてみせた。


ルクスは飛び上がって喜んだ。

それから、朝食もとらずに、井戸にむかって駆けだした。

もちろん、アルテミシアと僕もそれを追いかけた。


「水はいつ出たんだ?」


ルクスは走りながらピサンリに尋ねた。

ピサンリは僕らよりずっと小柄なのに、走るのは僕らより速いみたいだった。


「昨日、真夜中に。

 すぐに報せに行かんで申し訳ない。

 いやあ、嬉しゅうて水のかけあいになってしもうて。

 とても皆さんの前に出られるような格好じゃなかったもんで。」


うん。見てた。


「いったん帰って着替えてきましたのじゃ。」


「俺たち、そんなこと気にしないのに。」


ルクスはちょっと拗ねた顔をしたけど、まあ、いいや、ってすぐに笑った。


「水はすぐに出なくなるわけでもないだろうしね。」


「そうじゃ。それに、周りを少し片づけてから、皆さんには来ていただきたかったしのう。」


だけど、行ってみると、少し片づける、どころじゃなかった。

井戸の周りには、とても一晩で作ったとは思えないほど立派な囲いができていて、その上には屋根もつけてあった。

屋根を支える四方の柱には、春夏秋冬、それぞれの花が彫りつけられている。

まるで、小さいけれど立派な建物のようだった。


「これ、一晩で作ったの?」


昨夜のあの騒ぎを知っている僕は、とてもあの時刻から朝までに、ここまでの物が作れるとは思えなかった。


「ええ、もう、みんな、嬉しゅうて。

 朝まで徹夜して作りましたじゃ。」


徹夜したって、一晩で仕上がるとは思えないけどね。

本当に、よっぽど嬉しかったんだなあ。


「みなさんには是非、これを一番に見ていただきとうて。

 というても、結局、村中総出で作りましたから、みんな見てしもうたんじゃが。」


あはははは、とピサンリは明るく笑った。


井戸の前には立派な椅子も三つ並べてあって、僕らはそこへ座るように言われた。

僕らが座ると、村人たちは井戸を挟んだところにずらっと全員綺麗に並んだ。

その一番前にゆっくりと歩み出たのは村長さんだった。


村長さんは、朗々と僕らの言葉で言った。


「賢者様の仰った通り、目出度く、こうして水も出ました。

 我ら一同、感謝の念にたえませぬ。

 仕事の捗らぬ我らに、呆れもせず、よくぞここまで、お導きくださいました。」


そこで村長さんがお辞儀をすると、後ろの村人も一斉にお辞儀をした。

いやそんな、呆れるなんてとんでもない。

それどころか、みなさんが僕らを信じて掘り続けてくれたことに、僕はずっと感動してました。


「それに、賢者様御自ら、我らと共に固い土に挑み、また、食事をお作りになり、我らを励ましてくださいましたこと、我ら、その御恩は生涯、いえ、子や孫らにも言い聞かせ、永遠に忘れますまい。」


いや、そんな、むしろ、そのくらいしか役に立てることがなかったから…


ところで、さっきからその、賢者様、って、僕らのこと?

いや、なんかそんな、僕らそういう柄じゃないですけど…

どうやら、聞き間違いではないらしい。

村長さんは、はっきりと言った。


「森の賢者様。

 やはり、みなさま方は、素晴らしい、我らに幸福をもたらしてくださる方々です。

 どうぞ、これからも、末永く、この村にお留まりくださいませ。」


そこまで言うと、村長さんはその場にひざと両手をついて、頭を地面に押し付けた。

後ろの村人たちも、ずらっと同じことをする。

いやだから、それ、やめてください、って。


どうしたもんかな、とルクスを見たら、アルテミシアもルクスのほうを見ていた。

ルクスはしょうがないな、という顔になって、席から立ち上がった。


「村長さんもみなさんも、まずは、その格好はやめて、立ってください。」


そこでちょっと言葉を切ってみんなが立ち上がるのを待っている。

みんなも、ルクスが黙っているからか、急いで立ってくれた。


「俺たちも、お役に立てて、嬉しいです。

 それに、先に俺たちを救ってくださったのはみなさんのほうです。

 あんな立派な家も用意してもらって、食事だって、毎日いただいている。

 俺たちはまだその恩を十分に返せていないって思ってます。

 ずっと、かどうかは、まだ分からないけど、しばらくはここにいますから、また何かお役に立てることがあれば、嬉しいって思います。」


流石、ルクス、こんなに大勢に注目されてるってのに、いつも通り堂々としている。

ルクスが言葉を切ると、一斉に拍手が沸き起こった。


そうやって、森のみなさん、から、森の賢者様、に昇格した僕らは、まだそのまましばらく、その村に滞在することになった。









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